夢魔の子孫!?

 元の人間の体に戻ってお互いしりもちをついて見合っていた。夢の中だからというばっさり割り切った考えでは処理できなかった。どこまでか夢でどこまでかが現実なのか。頭がパンクしそうになりながらひねり出した言葉は、白澤君が私に言った『夢魔』という単語だった。


「夢魔って何?」

「夢の中に入れる夢の一族のこと。夢の一族は人間の夢の中に生きる種族なんだ、普通の人は夢の中に入ることはないからおかしいと思ってた」


 夢の一族? またも知らない単語が出てきてハテナマークでいっぱいになりそう。

 するとぐちゃりと地面がチーズのように溶けだした。目の前にいる白澤君の体がぐるりとうずを巻き始めていく。まるで世界が解体されていくようだ。


「夢から目覚める。間さん、起きたら図書室の前まで来て。僕は間さんの味方だから」


 その言葉を残して全身がすべてうずに飲まれていくと机の冷たく固い感触がほほにはりついていた。


「はい、間さんもようやく起きたようね。また寝ていたのね間さん、私が気づいていなかったら放課後まで寝ていたかもよ。ほかの子も最後の授業だから気を抜いている子が多いわよ。気をつけなさい」


 担任の先生に怒られながら、にじむ目をこすって顔をあげると背中を指でツンツンと有紀につつかれた。


「私も眠っちゃてたみたい。共犯になっちゃったね」


 ふひひとハニカム有紀。教室を見渡すとあくびをしたり目をこすっていたりと私や有紀以外の子が眠っていたようだ。そして後ろにいる白澤君の席は空っぽになっていた。


 終わりのチャイムが鳴った後、図書室へ急いだ。

 あの後有紀にどんな夢を見ていたか聞いたけど、何も覚えていなかったらしい。けど私はさっき見た夢の一部始終をやっぱり覚えていた、もちろん白澤君の約束も。

 ガラリと図書室の扉を乱暴に開ける。授業が終わったばかりでこの時間に図書室に来る人がいないはずだった。夢の中で会う約束を交わしていた白澤君を除いては。

 ゆっくりと図書室の扉を閉めると白澤君は今朝とは違い、眉の間を険しくして私の前に向き直った。


「やっぱり覚えていたんだね間さん」

「夢の中でシロワシになっていたんだよね」

「うん。そして間さんはネズミになっていた」


 お互いが夢の中で何になっていたかを確かめると私たちは迷いなくその名前を答えられた。

 夢の話は有紀としたことはあったけどそれは現実ではない話としてだ。けど今白澤君と話す夢の話は夢だけど本当にあったこと。現実感がなくて怖い。


「私が見ていた夢は夢だけど現実に起きたことなんだよね」

「ややこしいけど、そう。夢の一族は夢の中も現実の一つとするからその認識で間違っていない。間さんが夢の中で図書室で会うことを覚えていたのも、夢魔の子孫だから覚えていたんだ」

「ということは白澤君も夢魔なの」

「違う。僕は『悪夢払い』人の夢の中に巣食う悪い夢の一族、悪夢を払っている。悪夢を見ている人から良き眠りを守るのが僕の一族の役目なんだ」


 悪夢と聞くとさっきのドードー鳥に無理やり走らされていたのが悪夢なんだろうと直感で分かった。あんな苦しいのが普通の夢であってほしくない。


「じゃあ私が悪夢を見ていたから助けにきてくれた」

「いや、そうじゃないんだ。間さんが見ていたのは他人の夢の中なんだ。夢の一族の中でも夢魔は他人の夢の中に潜り込む種族で、間さんが居眠りしているときほかの眠っている人の夢の中に入っていたんだ」


 白澤君から告げられた内容に頭に雷が打たれたような衝撃が襲った。じゃああの時のアリスとドードー鳥の夢は誰かが見ていた悪夢だったの。そしていつも居眠りをしている私を呼び出して、誰も来ない図書室で二人っきり。…………もしかして私、白澤君に悪夢を見せた張本人だと思われて「この悪夢め、永遠にこの世から消え去れ!」って消されちゃうの!?


「あ、あの。違うの、私悪夢を見せてない。いつも居眠りしているのは本当に寝不足のせいで。夢魔の一族だって知ったの白澤君から言われて初めて知ったの。来週友達の誕生日会もあるしそれまでまだ生きていたいし」

「落ち着いて、呼び出したのは間さんをこらしめるためじゃないから、ね。落ち着いて。悪夢はあのドードー鳥が原因だから間さんは全く関係ないから」


 本当に?

 白澤君がなだめながら、持っていたハンカチで怖気づいたせいでこぼれ出た涙をふいてくれた。濡れてしまったハンカチは私が洗濯して返そうとしたけど「泣かせてしまったのは僕のせいだから自分で洗濯するよ」と遠慮された。勘違いしたのは私の方なんだけどなぁ。


「今まで自分が夢魔の子孫だって知らなかったんだよね。もしかしてそれまで夜中に自分が中心でない夢を見ていたんじゃない?」

「うん」

「やっぱり、間さんの居眠りが多い原因が夢魔の力で無意識に夢の中に潜り込んでいたんじゃないのかと思ってたんだ。それで放課後に呼び出したんだけど、見当違いだったらどうしようかと緊張して」


 さっきの怖い顔をしていたのはそういう事情だったんだ。クールな王子様と思ってたのに内心ひやひやしていたなんて、ちょっと驚き。


「じゃあ私が寝不足なのもなまけているわけじゃなくて」

「うん。夢魔の性質に引き寄せられ過ぎで生活に支障をきたしていたのなら、手助けしたい。ちゃんと寝られるように助けてあげるのも悪夢払いの使命だから」


 ぽんと白澤君が自分の胸を軽くたたくと、肩にのしかかっていたものがようやく落ちてくれた。よかったぁ。自分がダメな人間じゃなかったんだ。今まで有紀や委員長に迷惑ばかりかける役に立たないモブだと思っていた。ようやくお荷物にならない方法が見つかったんだ。


「それで、どうすればちゃんと寝られるようになるの」

「まずは今日の夜ぼくといっしょに寝よう」

「ふぇ!?」

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