図書室の居眠り姫
今朝の夢がまだ尾を引いて、眠い。目覚ましの針はまだ六時を回ったばかりで早く起きてしまった。寝足りないけどあの夢をまた見てしまうと思い布団の中に入りたくなかった。
またあそこで寝るしかないか。
図書室の鍵を開けると、出てきたばかりの朝日が光を遮る窓ガラスによってふんわりとした優しいものとなって部屋を包んでいた。
私の学校の図書室は本の数が少ないからか、本を借りる人がほとんどいない。だから図書委員の仕事はもっぱら本棚の整理整頓か座って待つかしかない。本棚の整理は昨日のうちに終わらせているし、うちの生徒は朝から本を読む人がほとんどいないから図書委員の私にとってここは寝るのに最適だ。
教室の角張った木の椅子と違い、背もたれと腰掛にやわらかい布張りがされているから体が痛くない。
変な夢や怖い夢を見て寝足りない日はこの椅子に座りながら図書室に入ってくる日差しを浴びながら目をつむるとすぐ気持ちよく眠れる。家では寝る前にホットミルクを飲んだり、本を読んだり、睡眠導入ソングをかけながら目をつむっても、いつも夢を見ては寝足りなくなる。ここで眠ると不思議と夢も見ることもなく、静かに眠れる。
ろうかに誰も来ていないのを確認して椅子に座って目を閉じる。
目の前にあるのは真っ暗暗闇、というか私のまぶたの裏だ。
以前テレビで見たけど睡眠不足の人は目を閉じるだけで寝不足を補えると言って何度も試したけど、結局教室で居眠りばかりだ。そんな偽物の眠りじゃなく安心して熟睡して自分が中心となる夢を見たい。
いろいろ考えこんでいると頭がさえてきた。やっぱりこれ効果ないのかな。目を開けるとカウンターにひじを置いてにこりと楽しそうに私を見つめている友達の
「図書委員の仕事をサボって悪い子」
「今日当番のはずだった有紀が遅れるのも悪いよ」
「いやいや、七時にはもう図書室を開けていた
「そんなことないもん」
クスリと有紀は口に手を当てて笑う。
同じクラスメイトで同じ図書委員の
「今日も変な夢を見て眠れなかったの?」
「そう、今日は舞踏会で王子様とダンスを眺めていたら、グルグル回るのが止まらない夢」
「面白そう」
「よくないよ。巻き込まれた女の子にどうしようと困ってたんだよ」
私の寝不足の原因である夢のことを有紀だけには話している。寝ているのに夢のせいで寝不足なんておかしいと信じてくれない話なのに、有紀だけは私の話を信じてくれている。
有紀と授業が始まる前まで誰も来ない図書室で、居眠りをしつつのんびりと朝を過ごすのが日課なんだけど、その日は珍しくカウンターの前に本が置かれた。
「これ貸出お願いします」
息が止まった。この時間に本を貸し出す人がいることが珍しいというのもあったけど、同じのクラスの白澤君が目の前にいたのもあって手が止まってしまった。
「叶夢ちゃん図書カードの提出」
「あっ、ごめんなさい。カードお願いします」
有紀思わずどわすれしちゃった。丸眼鏡の奥に少し垂れた優しい眼を持っている白澤君はやわらかい顔立ちからクラスの女子から人気のある男の子。物静かだけど意外と図書室に来ることはなく今日が初めてのことだ。
「返却日は二週間後の六月六日までです」
「うん。ありがとう間さん」
白澤君の図書カードを返して、貸し出す本を手渡した。えーっと『不思議の国のアリス』白澤君アリスを読むんだ。遠い存在と思って話しかけることもなかった白澤君の趣味がちょっと知れてちょっとうれしくなった。
「白澤君に相談をしてみたらどうかな」
「相談?」
「白澤君ね、夢占いが得意らしいの。去年まで私と同じクラスだったけど白澤君に相談したら、次の日から運がよくなったって評判だったの。叶夢ちゃんの居眠りも解消できるかも」
そんなもので解消できるのなら苦労しないんだけどな。だって私の夢、いつも変なものばかりだし。それを白澤君を前にして口にするのなんて。
「白澤君、あそこの図書委員の間さんが夢の相談をしたいらしいの」
!? 私、相談するなんて一言も言ってない!
なんでそんなことをと有紀に詰めかけると、こそこそと耳打ちをした。
「白澤君の夢占いは本当に効き目あるから、試しにやってみようよ。それにやぶさかでもないんでしょ白澤君といるの。顔でわかっちゃったもん。そうだ私今朝友達と用事があったんだ。じゃあね図書委員さんがんばってね」
含んだ言葉を残して、自分も図書委員なのに有紀はそそくさと図書室から出て行った。
「じゃあさっそくだけど間さん、最近見た夢のこと覚えている限りでもいいから教えてくれないかな」
「最近、今日や昨日見た夢でもいいのかな」
「うん。ある程度のことで判断するから」
今朝見た夢のことを初めて有紀以外の人に話した。
「いつも自分が夢の中心にいなくて、いつも誰かの夢を眺めている感じを見ているんだけど、これって変なのかな」
「変じゃないよ。夢は人それぞれの形があって、決まったものなんて存在しないんだ。こういう他人視点から見ている夢に出てくる人は、自分の意識を投影したもので、間さんがそれを客観的に見ているという視点から見る夢だよ」
こんな詳細に夢のことを分析してくれるんだ。占いというから「その夢は悪夢の一種、あなたの心が汚れている証だ」と思っていた。白澤君物腰丁寧で、やっぱりかっこいい。
けどそれじゃあ今朝の夢は私はお姫様になりたいということなのかな。でも王子様ぐるぐる目を回れたいなんてされたくないし。
「あと倒れた王子様が「夢を書き換えた」と言ってたけど、これも何か意味があるのかな」
白澤君の持っていた鉛筆がコロリとカウンターの上に落ちて、表情が驚きに満ちたものになっていた。
「夢を書き換えた? 本当にそう言ったの」
「う、うん。今まで見た夢全部起きた後でも全部覚えているから間違いないし」
「夢の内容を全部? ふつうの人は夢のことはほとんど忘れるものだよ」
え? ふつうは、忘れる。
だんだんと空気が悪くなり、せっかくの有紀が用意してくれた舞台をつぶしてしまったのが感じてくる。そのタイミングを見計らったように予鈴の鐘が助けてくれた。
「ご、ごめんなさい! 予鈴が鳴ったから朝の図書の時間は終わりです」
顔中が火照るのを感じながら、白澤君から逃げるように図書室を出て行った。
ごめん、やっぱり何も解決しなかった。
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