第5話 作戦会議その弐

 弦斎げんさい正次まさつぐと別れた後、入れ替わるようにして一人の男がやってきた。


「どうですか? あの二人は?」

「正樹……見ていたのか?」

「ええ、遠くからこっそりとね」


 そう言って、にこりと笑う正樹。

 日本カリュウド軍の総司令官を勤める帝原家の当主。そして正次の親でもある彼は、息子とその友人を見ていた。

 ああでもない、こうでもないと言い合いながら、歩いて行く二人の姿を見て、マタが懐かしい物でも見ているかのような眼差しを向ける。


「若いというのは、良いものだな。歳をとるにつれ、忘れてしまった大切なことを思い出させてくれる」


「そうですね。あの二人を見ていると、若かりし頃の私たちを思い出しますよ。あの頃はむちゃくちゃしていましたから」

「へ、よく言うぜ! 今も昔もオマエたちは対して変わってないっての!」


 そうして、昔の思い出にふけっていると、背中から太い声がかかる。


「うむ、わしらのような老体をこき使っている時点で、既に無茶苦茶であるしな」


 背後を振り返ると、そこには壮年のカリュウドが2人。

 がっちりとした身体の貝瀬雄作かいせゆうさくとメモ帳を片手に愚痴をつぶやく浅倉弘道あさくらひろみちがいた。

 

「雄作、弘道、情報は集ったか?」

「うむ」

「ばっちりだぜ!」


 弘道が、手に持ったメモ帳をマタに手渡す。

 彼らには予め、現場に到着したら情報を集めてもらうよう頼んでおいたのだ。

 丸められた用紙を広げ、内容に目を通すマタと正樹。

 そこには、Sランク魔獣についての調査結果が書かれていた。


「……Sランク魔獣を見た者は、いないのか?」

「聞いた噂によりゃ、見たものは全員おっ死んだってよ」

「実際のところ、生き残りはいるらしいが、情報が回っていないようじゃ」

「この、『アメリカ陸軍元帥は、Sランク魔獣という情報を隠している』というのは?」

「ああ、これはアメリカ以外の兵士に聞いたんだが、フランスとソビエト連邦が情報の開示を求めているようだ。彼の国は他の国々よりも遅い到着だったらしい」

「ということは、直接は見ていないと。他の国々は?」

「……それが、どの兵士に尋ねても教えて貰えなくての。軍に関係することは、流出しないように厳命されておるそうじゃ」


 一通り確認したたマタが顔を上げた。


「わかった。ありがとう。おかげで会議の前に生の声を聞くことができた」


 二人の顔を見て礼を言うと、照れているのか弘道が頬をかく。


「う、うむ……そう言ってくれると頑張った甲斐があるのぉ」

「ガハハハハ! まあ、オレたちに掛かればこんなもんよ! ちょっと身なりを整えて、堂々と話しかければ他国の兵士もそれなりに敬意を示してくれるからな!」


 ドンッ! と鈍い音を立てて厚い胸板を叩く雄作。

 雄作は、生まれついた時より、恵まれた体格を持っている。彼の身長は日本人の平均的な身長と比べて頭ふたつ分、飛び抜けている。

 鬼のような顔立ちに、筋骨隆々としたその身体は、見る者が見れば怖いと感じるだろう。彼に尋ねられた他国の兵士は、さぞかし驚いたに違いない。


 雄作は豪快に笑うと、腰に手を当てて続けて口を開く。


「ま、通訳相手に二人ほど若いもんを連れて行ったがな。あいつらがいなければ、こうも情報は集められなかっただろうよ」


 マタたちが正次たちと交流を持つように、どうやら古参の隊員たちも若者達との仲を深めているようだ。

 そのことにどこか浮かれた心地を覚えたマタは「何かお礼をしないとな」と嬉しそうにつぶやいた。

 それに、「おいおい」と、呆れた表情を見せる雄作。


「それはオレたちの役目だろうがよ。さすがのオレらも、お前さんの一言には負けちまう。ここはオレたちから何かさせてくれなきゃ、格好がつかねぇぜ」

「うむ。全くもって、ユウサク殿の言う通りだ」


 その言葉にぱちくりと目を瞬かせるマタ。そんな鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情に、ツボに入ったのか、正樹がクツクツと笑い始めると、雄作と弘道も釣られて笑い始める。

 徐々に大きくなっていく笑い声に、マタも「なるほど道理だ」と納得すると、今度は皆で笑いだした。

 戦友たちとこうして話す時間は楽しい。まったく、いい歳の取り方をしたものだ。

 ひとしきり笑い合った後、息と整えた雄作が、蓄えた髭を弄りながらぽつりと呟く。


「さて、どうお礼をしたものかな……酒か……肉か……やっぱり女か……あ、いや女はここにはいねぇか……」


 ぶつぶつと呟く彼が、やがて一つの結論に行き着く。


「ここは……やはり酒だな!」

「そのことなんだが、すこし良いか?」

「うん? なんだ?」

「実はな、折り入って話があるんだが……」


 マタはさきほど正次たちと話していた作戦の内容をかいつまんで話す。


「そこで、出来れば、力を貸しては貰えないだろうか?」


 そう尋ねるマタに彼らが、返事をする。


「ガハハハハ! オモシレぇじゃねーか! 酒しこたま持ってきてるしな!」

「うむ、我もゆかいな祭りごとは好きなのである」

「僕としても異論はありませんよ、先輩」


 その言葉にホッと息をつくマタ。

 あの『歓迎』の後だ。反対だと言われたらどうしようかと思ったが、意外にもここにいる戦友たちは、他国に対して、身を削ってでも協力して貰うための心の余裕をもっていてくれているようだ。


 大きな手で、背中をバシバシと叩く雄作を他所に、マタは空を見上げる。

 日が暮れ始めている。

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