第4話 作戦会議その壱
太平洋を渡り、チリに着陸した日本カリュウド軍。
彼らが着陸した地点は、チリの首都サンティアゴ、その跡地だ。
地震と魔獣によって崩壊し、荒れ果てた街の中に、ぽつんと作られたこの駐屯地は、恐らく先に来ていた国の兵士達が、瓦礫を退かして作り上げたのだろう。
乱雑に積み重ねられた瓦礫の山があちこちに見受けられる。
日本軍が案内された場所は、そこから西に少し進んだ、小川が流れている所だった。
まだ積み上げられている途中なのか、瓦礫を運んでいる兵士たちが目に入る。
「二時間後に合同会議を行う予定ですので、時間になったら本部まで足を運んでください」
そう言い残し、引き下がるアメリカの兵士に敬礼をしたマタは、隊員たちに野営の準備に取りかかるよう支持すると、荷物を下ろした。
作戦開始は明日の早朝から。
目標地点まで、複数の拠点を作りつつ海を渡って進軍する予定だ。
無論、アメリカを含む他の有力国は、ミステールに近い位置に布陣を構えるだろう。
マタはバックの中から、縄で括られた地図を取り出す。
それは今回の作戦舞台となる地点が拡大されて写された代物だ。
彼は、総理より予め受け取っておいた書簡に目を通すと、地図に直接、円を書き加える。ミステールから北東に川と海が合流する地点。そこが日本カリュウド軍の出発地点だ。
その地図を地面に広げ深慮をめぐらす彼の元に、二人の青年がやってくる。
「マタのおっちゃん!」
「貴様、隊長に対してなんて口の利き方を……!」
帝原正樹と四方堂弦斎だ。
「久しいな、正次」
地図から視線を外し、柔らかい笑みを浮かべながらそう挨拶すると、正次が「へへへ」顔を綻ばせる。と、隣の弦齋がまるで小鹿のようにぷるぷると身体を震わせている。
「……おい、弦斎」
正次が肘で弦斎をつつくが、まるで反応がない。なにやら様子がおかしいと思ったマタが声をかける。
「……具合でも悪いのか?」
心配になり、弦斎の元に歩み寄るマタ。しかしながら可笑しなことに、マタが近づけば、近づくほど、弦齋の体の震えが大きくなっている。
「?」不思議に思うマタ。手を伸ばせば、届く間合いに入ったその瞬間――ビシッ! 弦齋が『石』のように固まった。
「はぁ〜〜~~」
深いため息をつく正次。その顔にやれやれと言った感情が浮かび上がる。
「あー、すまねぇな。マタのおっちゃん。こいつ、おっちゃんの大ファンでさ、どうしても話したいって言うから連れてきたんだけど、緊張のしすぎで固まっちまったみたいだ」
「ふぁ……、……それはどういう意味だ?」
「ファンな、うーん、なんて言えば良いかな。憧れている……いや、違うな、崇拝しているって言えば伝わるかな?」
……崇拝。その言葉を耳にしたのはいつだろうか。
あれは確か幼い頃……父がまだ生きている時に山の神様に向かって言っていた気がする。
自然はいつだって神秘的な存在。
そのことを延々と聞かされて育ってきたマタは、その存在と自分を重ね合わせ、首をひねった。
「……俺は、人間だぞ?」
「――ぷっ!」
神妙な顔つきをして人間発言をするマタを見て、正次が吹き出す。
「ブハハハハハハハハハハハハハハ!」
お腹を抱えて笑う正次を、目を丸くして見つめるマタ。
(……なにがそんなに面白いのだろうか?)
あごに手を当てながらそう考えていると、目の前にいる弦斎が復活する。
「貴様、それ以上隊長を笑ったら、息の根を止めるぞ」
「……」
物騒すぎる発言に、それまでの笑いが嘘だったかのように、スン……と静かになる正次。
これまた予想外の出来事にマタは目を見開いた。
何者にも縛れない自由人の正次が、ここまで従順になるなんて初めて目にした。
これは、少し面白いな……。
危うく笑いそうになり、んん、と咳払いをするマタ。
すると、タイミングを窺っていたのか、やっとの思いで弦斎が話しかけてくる。
「ああああ、あの! ししししし、四方堂弦斎と言います! こ、この度は隊長殿と同じ任務に参加できて光栄です!!!」
「マタだ。こちらこそ。入隊したばかりだろうに、ここに来るなんてよほど優秀なのだな」
「そんな、滅相もないことでございます! ここにいる馬鹿共々精いっぱい頑張らせていただきます!」
ふんすと鼻息荒くそう宣言する弦斎。
正次の頭を掴み取り、自分の頭と共に下げる彼の様子を見て、マタがふっと笑う。
「もう少し肩の力を抜け。俺はただの人間だぞ」
「は、はい!」
ピシッと直立不動になって返事をする弦齋。
(……まぁ、良しとするか)
身体の固さはまるで取れていないが、いきなり力を抜けと言っても難しいだろう。
正次と行動を共にしているならば、自分への接し方も次第に分かってくるだろうし、慣れるのを待つ方が良いだろう。
一方、頭を押さえつけられたままの正次が「うーん」と何か考えている声を出しながら、弦斎に問いかける。
「なぁ、馬鹿って俺のことか?」
「貴様以外、誰がいる?」
「いや、ほら、マタのおっちゃんとか?」
その時、プチン! 正次の耳に弦齋が精神的にキレた音が聞こえた。
まずい、長年の勘がこう言っている。……逃げろ、と。
正次はその場から急いで脱出し、顔を上げる。
額に怒りのマークが浮かび上がって見えるのは、何も自分だけではないと思いたい。
「貴様、本気で私に殺されたいのか?」
「じょ、冗談だって……。謝るからさ、その拳を降ろそう、な?」
拳をパキパキと鳴らしながら詰め寄ってくる弦齋と、両手を前に差し出し、距離をとる正次。
弦斎が一歩を踏みしめ、近付いてくるにつれて、正次の顔がどんどん歪んでいく。
(マタのオッちゃん助けて!)
正次から、助けを求めるような視線を向けられたマタが、苦笑しながら止めに入る。
「まぁまぁ、二人ともそこまでにしておけ」
「はっ! 隊長がそうおっしゃるのならば!」
途端、向き直ってシュパッとマタに敬礼をする弦斎。
正次がそれを見て、胸を撫で下ろした。
目の前で、楽しそうにじゃれ合う若者たちを、マタは、目をすこし細めて眺めていた。
性格はずいぶんと違うが、自分と正樹のような関係に近いものを感じる。この二人ならばきっとこの先も互いを信頼し合っていけるだろう。
確信めいた頷きをしていると、落ち着きを取り戻した正次がマタに話しかけてくる。
「それで、マタのおっちゃんは何をしていたんだ?」
「ん、ああ、ちょっと今回の配置についてな。色々と考えていた」
「なるほど、ミステールがある地点を拡大した地図ですか。流石、用意周到ですね」
地図を見下ろしながら会話をする三人。
「しかし」とマタが呟く。
「いかんせん、古い
「たしか、我々が配置されるのは目標(ミステール)から北に進んだ……」
「このアンダリエンと呼ばれる大きな川に沿った地点からだ」
ふむ、と口元に手を当てて考えをめぐらせる弦斎。そのなめらかな額の中に何が考えられているのか、興味を持ったマタがじっと言葉を待つ。
と、地図を見ていた正次が、思ったことを口に出す。
「定石通りに行くならこの川に沿って、進軍するのがいいんじゃねーの?」
「いや、それではダメだ」
「なんでだ?」
正次の言葉に弦斎が答える。
「川の近くというのは、何かと水分が溜まりやすい地質だからだ。ついでに言えばこの間の震災によって津波が本土に来ている。波が押し寄せる時も同様だが、波が引き戻る時、恐らくこの川には大量の水が集中したと考えられる。これはあくまで予想に過ぎないが、この川の近くの地盤は、他の地点と比べるとかなり緩んでいると思われる」
ふーん、とうなる正次。
「なるほどな、そういうことも考えないといけないのか」
「ああ、出来れば、内側の、それもなるだけ、ぬかるみや沼などの障害物の少ない道が好ましい」
トントン、と地図を叩き、そこからスーッと地図をなぞる弦齋。
と、頷きながら説明を聞いていた正次が次の瞬間、とんでも発言をする。
「それじゃ、隣の軍と協力して進軍するしかないな!」
「……」
「……なんだ? 俺、いま変なこと言ったか?」
弦斎はこのとき、正次の厄介な性質が発動したことを感覚的に察した。
(先ほどの批判の嵐を、もう忘れたのか?)
先ほど、心のない言葉を掛けられていたにもかかわらず、あっけらかんと協力などと、言ってのけるこの楽観さ。
正次は気づいていないが、この楽観的な考えのせいで、いつも苦労するのは作戦を立案する者たちなのだ。
名門の生まれで、同期の中でも間違いなく一番の逸材。
才能に溢れるこの男の隣に立とうと、一体どれだけの訓練生が膝を折ったことか。
頭が痛くなる衝動を覚えた弦斎。正次に進言をしようとする。
「これはそんな単純な――」
「いや、それで良い」
驚いた表情をする弦斎の目に、マタの真剣な顔が映り込む。
彼の目には、戦略の道筋が見えている。
地図を食い入るようにして見ていたマタが、その瞳に面白い色を浮かべて、二人を見上げた。
「お前たちにひとつ頼みたいことがある」
そう言って、彼らの耳元になにかを囁くマタ。
その内容を聞いた弦斎と正次が、衝撃を受けた顔を見せる。
「ぷ、くくく……。おもしれぇ、俺は全然いいぜ! マタのおっちゃん!」
「……隊長がそう命令するのであれば、私も、協力させていただきます」
深く頷くマタ。
「頼んだ、この作戦はおまえたちの『力量』に掛かっている」
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