第3話 歓迎と拒絶

「……おいおいおいおいおい、なんだこの人集りはよ」


 飛行機が着陸し、機内から出てきたある隊員は、一面を埋め尽くすほどの兵士たちに肝を抜かれていた。


「あ、おい! 出てきたぞ!」

「あれが、東京を奪い返したと言われる日本の兵士達か」

「思ったよりも小さいんだな。英雄はどこにいるんだ?」


 彼らは日本のカリュウド軍を、そして『英雄』を一目見ようと集まった者たちであった。中にはサイン色紙をその手に持つ者までいる。

 あまりにも突拍子もない光景に、唖然と口を開く日本カリュウド軍の戦士たち。

 すると、他の兵士達とは出で立ちの違う、黒の軍服に、四つの星が横並びになっているワッペンを胸に掲げた、貫禄のある男性が歩み出てくる。


「This is U.S. Army Lt. Gen. Mike Woll Luster. Where is your representative?(アメリカ陸軍中将マイク・ウォル・ラスターだ。代表者はどこに?)」


 話しかけられた若者が眉を下げ、困惑した表情を浮かべる。


「え、ええっと……どうしよう! 俺英語とか喋れないんだけど!」

「ちょっ、おい、俺に振るなよ! 俺だって何言ってんのか分からねぇっての!」


 と、助け船に入る形で弦斎が横から入る。


「It's a pleasure to meet you, Mr. Jack. I am Shikodo Gensai, a low-ranking member of the Japanese Caliphate.(会えて光栄ですミスター・マイク私は日本カリュウド軍下級、四方堂弦斎です)If you are a captain, you can go to (隊長ならば……)」

「I'm here.(ここにいる)」


 弦斎が居場所を指さそうとする方向から、マタが出てくる。彼は正樹と共に、まっすぐこちらに向かってくると、「ありがとう」とお礼を言い、マイクを見上げた。

 立派な体格をした50代の男。マタが抱いた第一印象はそれだった。上背があり、肩幅も広い。黒い軍服に、くすんだ金髪をかき上げてセットしているマイクはいかにも外国の上官という出で立ちをしている。

(しかし、ひどいクマだな……)

 色が青を通り越して黒く変色している。よほど忙しいのだろうか、それともなんか別の理由があるのか……どちらにしよ、あまり眠れていないことは確かなようだ。

 マイクが手を差し出してくる。


「日本カリュウド軍隊長のマタだ。よろしく頼む、マイク殿」


 握手に応えながら、意外にも流暢りゅうちょうな英語を話すマタを、目を丸くして驚くマイク。


「驚いた、英語が話せるのですね?」

「少しだけ、な……。なにぶん、私に勉強をしろと言ってうるさい者がいたのでな」

「……先輩、それは私のことではありませんよね?」


 遠い目をしながら、答えるマタに、「とんでもない」そう言わんばかりの顔をした正樹が合流する。腰に手を当てながらふぅと息をつく彼は、およそ雄々しい顔から想像の出来ない、インテリの顔を覗かせる。


「私はただ、先輩のことを思って教えただけですよ。現に、こうして役に立っているでしょう?」

「ハハハハハハ! なるほど、良い友人をお持ちのようだ」

「ええ、全くです……」


 軽快に笑うマイクと微苦笑を浮かべるマタ。

 和やかなムードで挨拶を交わす一方、ここは既に戦場。次の瞬間には、マタと正樹の間にピリッとした緊張が走る。

 Sランク魔獣について訊ねようとした時だった。


「その前にちょっとよろしいか?」

「? 何でしょう」


 質問をしようとする彼らを手で遮り、マイクが上空を見渡しながら質問を投げかける。


「未だ本隊の姿が見えないのですが、あと何時間ほどで来ますか?」

「「……」」

「……この場にいる者たちで全員だ」

「ハハハハハ! ……冗談でしょう?」

「冗談ではない。後続はこない、この場にいる者たちが日本カリュウド軍の全軍だ」

「oh――……」


 すると、先ほどの友好的な姿勢から一転、見る見るうちにふて腐れた態度になっていくマイク。彼の目に軽視の色が感じられたと同時、周囲にいる他国の兵士達にもそれが伝わった。


「……なんだ? もう終わりなのか?」

「いやいや、何かの冗談だろ? たったこれだけの兵士で何が出来るって?」

「おい、見てみろよ、中に老いぼれがいるぞ? あれで本当に戦闘になるのかよ」

「英雄と聞いていたから見に来たけど……なぁんだ、期待外れも良いところだな」


 それは日本軍をバカにした心無い言葉だった。

 英語に対して学のある弦斎は、そのことに反論しようとするが、正次によって止められる。

 ちっ、舌打ちをする弦斎。


「邪魔をするな正次! 奴ら、何も知らないくせに偉そうに……!」


 彼の怒りは心からの言葉であった。かつて、魔獣によって奪われてしまった東京府。それを奪還するために命を懸けた『英雄たち』を、日本にとっての『誇り』を馬鹿にされて、冷静でいられるはずがなかった。


「仕方ないだろう。お前の言うとおり、あいつらは、マタのおっちゃんたちのことをほとんど何も知らないんだ。言いたい奴には言わせておけばいい。どうせすぐに、おっちゃんたちの凄さを思い知ることになる」

「だが……くそ、手をはなせ!」


 正次になだめられ、反論したい衝動を抑え込む弦斎。

 その一方、マタと正樹は、マイクにSランク魔獣のことについて話を聞こうとしていた。


「Sランク魔獣はいつから出現したのか教えてはくれないだろうか?」

「Sランク? ははは、そんな魔獣の存在を本気で信じているのか? 滑稽こっけいだな」

「……いないのか? だとするならば一体どの魔獣が各国の先行部隊を壊滅させたんだ?」

「いるはずがないだろう! そんなもの!」


 すると突然、顔を真っ赤にさせ、怒鳴り散らすマイク。怒声がマタと正樹の耳をつんざく。


「大体、他の国々が我々の邪魔をしなければこんな大掛かりなことにはならなかったんだ! それをはまるでしていない、こんな老いぼれ共を応援に寄越すなど、気が狂っているとしか言いようがない!」

「……」


 怒るマイクを前に、静かにアイコンタクトをする二人。我々が、ここに来るまでの間に、何かしらの事情があったのだろう、とてもじゃないが冷静とは言えない状態だ。理性の伴わない会話は無意味。

 これ以上彼に話しを聞こうとしても、時間の無駄だろう。


「すまないが、駐屯地に案内してはくれないだろうか? いや、なに長旅で身体が凝ってね。歳は取りたくないものだ」

「ふっ……そうか、そうだな。おい、ピーター!」

「お呼びでしょうか、マイク大将」

「彼らを駐屯地へ案内して差し上げろ。ああ、そうだ、後ででも派遣してやれ、身体が凝っているようだ(笑)」


 結局、話し合いはそこで終了した。

 彼らはピーターと呼ばれるアメリカ陸軍二頭軍曹に案内されるがまま、群衆の中の中を歩いて行く。

 その際、通り過ぎる他国の兵士達からのブーイングを前進に浴びながら。


 *



「――もう我慢の限界だ、正次、おれは動くぞ」


 その後方、ブーイングを浴びせられる先達を見ていた弦斎が、こめかみに青い血管を浮かべながらそう言った。

 ぐつぐつと腸が煮えくりかえる思いだった。


「だめだ」

「なぜだ、正次!」


 しかし、それでもなお、反論を口にしていけないという正次。身体の前に差し出された正次の腕を、無理やりどかそうとする弦斎だったが、正次は「大丈夫」と確信めいた口調で彼をなだめる。


(……くそ! 何が大丈夫なんだ)


 正次を睨み付ける弦斎。それとは真逆の楽しそうな顔をしている正次。そのふざけた顔にイラッとする弦斎だったが、「見てみろよ」と正次に言われ、マタ達がいる場所へと目を向ける。


「あの中を笑いながら、歩いてやがる」


 そう言われて、初めてはっとする。

 顔は見えない。しかし、時折聞こえてくる馬鹿みたいな笑い声と、それから一切落ちることのない軽い足取り。

 マタを先頭に、後ろに続いていく古参メンバーたち。

 その後ろ姿に、弦斎の目が大きく見開いた。


 ――批判の嵐の中、ケラケラと笑いながら堂々と歩いている……。


 その先輩たちの【背中】を、若者たちはしっかりと見ていた。

 正次がポツリと、その言葉をつぶやく。


「能のある鷹は爪を隠す。なら老いぼれた爺は、一体、何を隠しているんだろうな?」


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