第2話 太平洋上空
太平洋上空。日本カリュウド軍が乗っているその飛行機は、色々な声に溢れていた。
「ったく、老骨を労らないとはこのことだぜ……」
機内後方。首の付け根に手を当てながら、首をパキポキと鳴らす男がいた。がっしりとした体躯の持ち主で、伸びきった髪と髭が特徴的な人物だ。すると、隣で男の様子を見ていた別の人物が、男に話しかけてくる。
「おまえさん、最後は嫁の不味い飯で天国に旅立つって言っていたもんな」
「おおう? それじゃなんだ、逆に死が遠のいたってか!」
そう言って、ガハハと馬鹿笑いするのは今作戦の最年長、
御年58歳の明るい性格が持ち味の男性だ。
最近の悩みは、嫁の作る飯が年々雑になってきて、味がすこぶる悪くなってきていること。
味噌の入ってない味噌汁を出されたときは、思わず自分の目を疑ったとかなんとか……。
機内中央。ベテランエリア。
「なぁ、おまえらの身体……最近思うように動くか?」
ここでは、後方の吹っ切れた会話と違い、しんみりとした会話が繰り広げられていた。
「実をいうと、最近、朝起きても疲れていることが多い……」
「俺は、嫁からのガミガミ言われすぎて心が……」
「馬鹿やろう! そんなことを今言うな!」
「……やべ、俺家出るとき、ちゃんと鍵閉めたっけな? あれ、どうしよう。もしも、閉めてなかったら、終わる……常子に俺の人生が詰ませられる」
今作戦に参加する100名の隊員の内、実に35人が40代以上の男性で構成された日本カリュウド軍。
特にここ、中央に集った人物達の平均年齢は44歳。そんな子どもや妻がいる彼らが話すことと言えば、家庭(家族)への愚痴と、徐々に動かなくなってきた身体への不満などが中心だった。
しかしながら悲しいかな。話が進むにつれて、気分が落ちてしまっているのが大変残念であった。
なお、最後の男性は、どうやら記憶の中で閉めていなかったことを思い出し、頭を抱えている模様。
場所が変わり、機内前方。若者エリア。
ここでは後方や中央とは打って変わり、若者たちの意気込みが語られていた。
「活躍して一気に出世してやるぜ」
「救国の英雄と一緒に作戦に参加できるなんて……なんて光栄なんだ!」
「おれ、この戦いが終わったら結婚すんだ! だからさっさと魔獣討伐して帰る!」
などと、鼻息荒く語る彼ら。
そんな中でもとりわけ異質な者が二人。
帝原正次と四方堂弦斎。
今作戦の中で最年少の17歳の隊員だ。
最近、若い女性を中心に流行りつつある玩具を片手に、興奮した声をあげる青年――正次が、隣で寝ている青年に話しかける。
「おい、弦斎見てみろよ! だっこちゃんっていう玩具、空気を吹き込むと、腕にくっつくぞ!! おもしれぇ!」
一方、座席に背中を預け、目元を布で覆い隠していた弦斎は、少しも身体を動かすことなく正次に返事を返していた。
「うるさいぞ正次。作戦はもう始まっているんだ、遊んでいる暇があるなら貴様も大人しく寝ろ」
「んだよ、つれねぇな……これ、カエルみたいな魔獣の皮で作られているってのによぉ……」
そう言って、少しふて腐れた態度を見せる
好きなもの人間観察、夢大勢の女性にちやほやされること。
その正次が、じっと隣の青年を見つめていた。やがて、何かを思いついたのか、にやけ顔を浮かべながら、そーっと弦斎の目元に手を伸ばす彼の手を弦斎が掴み取る。
「貴様……今何をしようとしていた?」
掴んでいない方の手で布をあげた青年が、ギロリと正次を睨み付ける。
――
好きな言葉、計画通り、嫌いな人物『正次』の彼はイライラした様子で、正次に説教を始める。
正次とは訓練生時代からの同期であり、正次同様、カリュウド界で大いに期待されている新人である。
このように、ガヤガヤとあちこちで盛り上がる隊員たち。
とてもこれから戦場に向かうとは思えないほど明るい声に満ちた飛行機は、次第にゆっくりと降下を始める。
そして機内最前列。
通路を挟んで、左右に一席ずつある席に座るのは――救国の英雄と呼ばれているマタと、正樹の二人であった。
「先輩、少し老けましたか?」
「おまえもな、正樹」
約2年ぶりに再開をした彼らは、その空いた時間を埋めるかのように、話し合っていた。
先輩と後輩。その関係は、正樹が取り逃がした魔獣を追い、マタの故郷へと向かったのがきっかけだったが、その話はまた今度。
左の席に座っているマタが、正樹に訊ねる。
「そういえば正次は、最近どうだ? おまえの後継として考えているのだろう?」
四人いる子どもの中で、唯一の息子。自分とは違い、賢く聡明で、それでいてお調子者の末っ子のことを正樹は頭に思い浮かべる。
以前、同じようなことを別の人から言われたことを思い出して、正樹が苦笑めいた笑みを浮かべる。
「あいつにその気はありませんよ。正次が憧れているのは『あなた』ですから」
帝原一家とマタの交流は深い。それこそ正次にとって、マタは第二の父であると言っても過言ではない。正次は幼い頃より、「大きくなったらマタのおっちゃんのようになる!」と言って、よくモノマネをしていたのだから。
すると、腕を組み、眉間にしわを寄せるマタ。うーんと何か考えているような声を上げるが、やがて「分からないな」と言い、目を開けると、正樹に向かって聞いた。
「俺のどこに憧れているのか、さっぱりだ」
「ははは! そういう所ですよ、先輩」
通路を挟んでの会話。物理的な距離は少し遠いが、そんなものは二人には関係がなかった。
そうして、楽しい会話をする一方、彼らは今回の合同作戦について話し合う。
「先輩は今回の作戦。本当にSランク魔獣がいると思いますか?」
「どういうことだ?」
「私たちが魔獣から東京を奪還する際、我が国は他国に対して多額の借金をしています。今回の作戦、Sランクがいるかついてはまだ分かりませんが、少なくとも『特大ミステールの破壊』が出来れば、入ってくる報酬金はかなりの額になるかと思いまして」
ふむ、マタが頷く。
「しかし、各国の先行部隊が壊滅したのだろう?」
そう、壊滅した。だが、ミステールを求めての争奪戦は日本人が思っているほど生やさしいものではない。
日本は世界でも有数の地震国家だ。
地球本来の活動、プレートによる地震の回数は年間最低1000回以上。さらに『ミステール単体』で発生する回数も含めると、その数は広大な領土を持っているアメリカや中国、ソビエト連邦(ロシア)にも引けを取らないほどだ。
そのため、日本は今回のような例外を除いて、遠征に行く必要が全くなかった。そして立場上、外国にいったことのある正樹は、各国がどれほどこのミステールを求めて争ってきてきたのかをよく知っていた。
いまや『ミステール』は世界にとって、必要不可欠となった貴重な資源なのだ。
その説明を聞かされたマタは、再び考え込む仕草を見せる。
彼は今回の合同作戦が一筋縄では行かないことを理解すると、正樹に向けて一言。
「よくこれまで我が国は攻め込まれなかったな……」
それに対して正樹がふっと笑う。
「ええ、全くです」
マタが影で人々を支えていたとするならば、彼もまた、裏の舞台で日本を守ってきた人物であろう。正樹は照れた笑みを浮かべると外の景色を見る。
窓から覗く先、大陸が見えてきた。
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