反撃のカリュウド―零― 第1章 英雄への依頼
第1話 英雄への依頼
西暦1960年5月23日。
その日、世界に衝撃が走った。
「バァガアアアアンン!!!!」
まるで、爆発をしたかのような地揺れがチリの中部を襲った。
M(マグニチュード)9.5の大地震。それは人類史上、最も大きな地震だった。
大きくヒビ割れる地割れに、押し寄せてくる津波。崩壊する建物に潰される動物たち。
一瞬にしてそこに住む生物たちを恐怖へと叩き落した大災害は、しかし、それは序ノ口だった。
――光を宿した赤色の石が宙に浮かんでいる。
まるでルビーのように美しく輝く双六角錐の巨石が、くるりくるりとその場を回っている。『ミステール』と呼ばれるその石を、空中より視認していたアメリカ空軍のパイロットは、その大きさに何度も目をこすっていた。
「なんなんだ、これは……」
それは、高さ50mを超えるほどの大きさを持っている『特大ミステール』だった。
――【ミステール】
それは魔力(謎のエネルギー)を宿した石のことを指している言葉だ。
地震と共に発生するこの石は、異世界から魔獣を『呼び寄せる』がしかし、その有能性は凄まじく、工夫しだいで電気にも、水にも、火にもなる『万能エネルギー』として活用できる。
地震を観測してから十数時間。すぐに視察に来た彼らはその情報を軍本部へと伝えた。その時の上層部の喜びようは、どれほどのものだったか。
日本でそれを知る術はなかったが、ひとつ、確かなことがある。
それは彼らがチリへと向かせていた陸軍、空軍、海軍の足をさらに急がせたということだった。
しかし、彼らはまだ知らない。
この『ミステール』という特異点が、どれほどの絶望を振りまく存在であるのかを……。
*
その指令がマタの元に来たのは、五月末の頃だった。
日本政府から呼び出しを受けたマタは、来るように言われた会議室へときていた。
コンコン、扉を叩きドアを開けた彼を出迎えたのは、内閣総理大臣とその秘書、そして『カリュウド軍総司令』の
部屋の中央に幅広の長机が置かれた会議室。窓際に向かって総理、その側面につくように正樹が座っている。
入室早々、重苦しい空気が会議室に漂っていた。
マタは、席に向かう途中、横目でチラリと正樹を見やる。がっしりとした体をした壮年の雄々しい顔つきの男だ。と、視線が合い、わずかに会釈をする正樹。その目にわずかな動揺が滲み出ている。
(手紙が来たときから思っていたが……ただ事ではなさそうだな)
視線を戻し、空いた席に座る。総理大臣は、秘書に「しばらくの間誰も入ってこないように見張っておいてくれ」と部屋から退出するよう命令すると、マタに向かって単刀直入に要件を話す。
「アメリカ政府から、チリで発生した特大ミステールの山分けを条件に、魔獣討伐の協力要請が届いた。貴殿には、日本カリュウド軍の隊長として、現場を指揮してもらいたい」
アメリカ政府だと? マタは目を見開いた。世界一と呼ばれる大国からの協力要請など、これまで一度もなかったからだ。
(なにか政治的な狙いがあるのか? ……いや、違う)
ひとつだけ心当たりがあった。
「Aランク魔獣が出現したのか?」
――【ランク】
それは魔獣の強さを図る『階級』のことを指している。
FランクからAランクまで存在し、Aに近づくほど強さの階級が上がる。
今朝方Cランクの魔獣を討伐したが、ランクがひとつ変わればそれはまるで別の生物だ。
強さとしての『格』が違う。そしてAランクは、その一体のみで小国を落としたと言われる一国の軍にも相当する強さを持った魔獣だ。
(果たして、今の俺に奴らが倒せるだろうか……)
口元に手を当て思案する彼に、しかし、それは悪い方向へと外れてしまう。
総理の口から最悪が告げられる。
「Sランク魔獣が出現した」
「……『Sランク』だと?」
その言葉を口にすると、つっと痛烈な視線が総理を貫いた。
「うっ……」
動物としての本能か、その肩を大きく跳ね上がらせ、呼吸を詰まらせる総理。
低いうめき声を出したきり何も喋らなくなった総理が、顔を真っ青にして、膝ががくがくと震わせる。
その様子を横目で見ていたカリュウド軍総司令官の正樹が、然もありなんという顔をしている。
彼はマタに視線を戻すと、総理に代わって事の内容を話し始めた。
「今回、地震が発生したのはチリ中部のビオビオ州からアイセン州北部にかけての近海付近です。M(マグニチュード)は9.5。地震に伴い、発生したミステールはこれまで観測したことがないほど『巨大な物』だったと報告を受けています。政府はこれを『特大ミステール』と呼ぶことに決定しました。また1922年の災害から始まり1928年、1939年と立て続けにM8を超える地震が発生したチリは、魔獣によって既に壊滅。どの国もその領土の『権利』を持っていません」
間を挟み、マタの確認を待つ。
意味を噛み砕いたマタが続きを促す。
「つまり、各国がミステールを求めて軍を進行させたと?」
正樹が頷く。
かつて、世界中を巻き込んだ戦争があった。1914年のオーストリア皇太子暗殺事件に端を発した『世界大戦』。それは【資源】を求めての戦争だったが、戦争が終結した後も、依然として各国は資源を求めていた。
そんな中で現れたのがミステールだった。
ミステールに含まれた【エネルギー】の万能性に気づいた各国は、これを奪い合うようにして争い、そして他を出し抜こうとその技術を高めてきた筈だ。
そして、それは今回の事件にも同様のことが言える。
「ですが、今回ばかりは事情が違うようです」
「事情? それはなんだ?」
「チリに向かったアメリカ軍、およびフランス、イギリス、中国、カナダ、ソビエト連邦の先攻部隊が全て――『壊滅』したとのことです」
その言葉に、部屋の空気がぐっと重くなった気がした。
顔を蒼白させている総理に引き続き、カリュウド軍総司令官の正樹もまた、彼の威圧の前に、唾を飲みこんでいた。
「それで、俺に一体何を望む?」
その瞳の奥が激しく光った気がした。これより先、一言でも言葉を間違えては行けない。そう思わせるだけの何かが彼の身体から発せられる。
その威圧を受け、帝原正樹はその口元に笑みを浮かべていた。関東奪還作戦の際、誰よりも勇敢に戦い、誰よりも魔獣を討伐した救国の『英雄』。
その英雄の一端を感じられたからだ。
(年老いてなお、これほどの力を……流石ですね先輩)
正樹は湧き上がる気持ちを押さえつけながら総理に視線を向ける。命令を下すのは自分でないからだ。
顔を真っ青にした総理が、口を開く。
「こ、これより、貴殿には隊員を集めて貰い、チリへと向かってもらう事とする。現場での判断は全て貴殿に一任するものとする。……今回のSランク魔獣が、もしも海峡を越え、日本に来た場合、その損害は計り知れないものになる。従ってマタ殿に命じる。『Sランク魔獣を討伐し、我が国の危険を排除せよ』……全ては貴殿の両肩に掛かっている」
マタは、総理の視線をまっすぐに受け止めると返事を返す。
「その任務、相承った」
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