反撃のカリュウド

ハクセイ

反撃のカリュウド―零―

プロローグ


 その短刀に多くの者が祈りを捧げていた。

 東京神守区。皇后様の住む皇居のすぐ隣にその神社はある。

 名をマタギ神社。

 人々を守るため、魔獣と戦った『英雄ら』が祀られた、カリュウドたちの『聖地』である。


 *


 その伝書鳩が飛び降りた先は、深い山の中だった。

 バサササ、と、小刻みに羽を羽ばたかせ、枝に立ち留まる鳩がその瞳に映したのは、一人の男の姿。

 背中に魔導猟銃まどうりょうじゅう、手に魔導槍まどうそうを持った壮年の男だ。

 まだ日が昇りきっていない早朝、加工した熊の毛皮を羽織り、低い姿勢のまま木々を掻き分ける姿は、まるで獣のよう。

 青みがかった銀色の髪に、魔導槍から発せられている光が反射している。


 ――【カリュウド】

 それはおよそ38年前に、地球に現れるようになった魔獣を討伐する者の総称であった。

 地震と共にやって来て、人々を食らう悪魔のような怪物。それが魔獣だ。

 男は、山へと逃げ込んだ怪物を追いかけているカリュウドだった。


 と、彼の背後に黒い影が通り過ぎた。パキリと枝が踏み折られる音が男の耳に入る。


(……近いな)


 背後を振り向き、枝の位置を把握した男は、すぐに警戒態勢に入った。抉られた地面、かぎ爪によって掘られた土がソレの鋭さを物語っている。

 それだけではない。

 魔獣が通った後、爪があったであろうその場所に、霜が降りている。

 ……氷を扱う魔獣だ。


 男は素早く周囲を見渡した。


(どこに隠れている?)


 ハッ、ハッ、ハッ……獣の息遣い。

 タッ――! 土を蹴る音。


 それらひとつひとつを聞き逃すことなく、男は獣の場所を探り当てようとする。

 ハッハッハッ――! 近い。

 タダダダダダッ!! 近い!

 ――……。聞こえなくなった?


(いや、違う。これは……上か!)


「ゴルァアアア!」


 見上げると同時、魔獣が飛び掛かってきた。


「――っ!!」


 反射的に飛び退り、槍を短く持ち直す彼の目に、地面と魔獣のかぎ爪が接触する光景が映る。

 その瞬間――パキンッ! 水晶が砕け散ったようなカン高い音が響き、目の前に氷塊が現れた。

 高さ2mほどの氷の塊。男は、氷塊の先にいる魔獣を鋭い視線でにらみつけた。

 鏡ように反射する氷面が男の顔を半分写し、頭を低くし、次の動作に移ろうとしている魔獣の顔と重なって見える。


 つかのま、男はその獣と正面から見つめ合った。

 薄闇の中でも異様に光って見える金色の目が、こちらの動きを探るように見ている。

 試しに前に一歩進むと、魔獣も一歩後ずさる。


 狼のような姿をした四足歩行型の魔獣。頭はそこそこ良いみたいだ。

 体長はおよそ5m、体高は3mの『中型』に分類される魔獣。しかし、その戦闘力は決して低くはない。

 ランクを付けるとするならば、『Bランク』と言った所だろう。


 ――だが、なんてことのない。魔獣ならばこの程度出来て『当然』の動きだ。


 そのまま、氷塊を間に挟んで、間合いを図る。互いに互いの一挙手一投足を見逃すまいとする牽制の殴り合いを制するのはどちらか?

 腰に差した短刀を、右手で引き抜こうとしている男は、瞳の奥に硬質な光を宿しながら獣の行動を見ていた。


 そして、短刀の柄に手を掛けたその瞬間――魔獣が氷塊の右側に回り込み、死角から跳びかかってきた!


 先ほどとまた違った、キレのある機敏な動き。「ちっ」その素早い動きに翻弄され、体制を崩した男は短く舌打ちをした。


 その場から慌てて、後ろ向きで後退をする男は、しかしドンッ! 背中が木にぶつかりこれ以上後退することが適わない。


 しまった! その顔に初めて焦りの色が浮かぶ。その顔をまた魔獣が勝利を雄叫びをあげる!


「ゴルァアア!」


 魔獣との距離が残り2mを切ったその時だった――男の目が恐ろしいほど冷淡になったのは。


 魔導槍の石突を後ろの木に押し当て、穂先の照準を魔獣に合わせた男が宣言する。


「この勝負、俺の勝ちだ」


 キィィィン!! という高音が聞こえるのと、同じ瞬刻、穂から強い光が発せられる。


 先ほどの淡く光るだけの槍ではない、その光は凝縮され、濃縮され、圧縮され、そして解き放たれるのを今か今かと待っているかのように見える。


【――魔力収縮まりょくしゅうしゅく


 それは『魔導武器』に内包されているエネルギーを解放し、高い圧力を掛ける技法だ。


 通常、魔力は武器を含め、使用者の身体に循環するように流れているが、その循環をあえて『悪くする』ことで強い攻撃を繰り出すことが可能となる。


 若い頃は、有り余る体力に任せ、自由自在にこれを繰り出していたが今は、年老いた身。身体になるべく負担を掛けたくない。

 なんてことを考えていた男は、自分の身体に無理が生じないように立ち回っていた。


 そして、その時は来た。


【――魔導槍術・つらぬき】。


 ギャリギャリギャリ! 螺旋を描くように放出される魔力。それは魔獣の身体を削り飛ばし、ミンチにし、そして塵へと変えていく……!

 それだけではない。

 魔導槍から放たれた突きは、魔獣の後ろにある氷塊もごっそりと削り、そしてその後ろ、そのまた後ろの木々たちを、次々となぎ倒していった。


 ドゴォオオン!!! けたたましい轟音と共に空へと還っていく突き。


『魔力解放・突』を、顔と胴体に受けてしまった魔獣は、足のみを残し、生き絶えた。


「ふぅー」と一息をつく彼の元に、タイミングを見計らったかのように、伝書鳩が飛んでくる。

 木にめり込んだ魔導槍の太刀打ち(木の部分)に留まる鳩。その背中に背負われた包みから手紙を取り出した彼は、内容を確認する。

 その背中にある包みから手紙を取り出す彼は、内容を確認する。


『――緊急ノ案件ガアリ、コノ手紙ヲ読ミシダイ至急、首相官邸室ニ来ルヨウニ』


 男は返事に「承知シタ」と書くと、紙をクルクルと丸めて元の場所にそれに仕舞い込む。


 そして、手紙を託した伝書鳩が空へと飛び立ったのを見送ると、男は地面に視線を戻し、魔獣の残った足を拾い集めた。


 その足をさかさ吊りにして、縄で繋ぐと彼は帰路へとつく。


「さてと、今日も一日、何事もなければ良いんだがな……」


 彼の名は『マタ』。

 またの名を【英雄】と言った。


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