第3話

 大臣。

 無心にお菓子をむさぼっている。


「話がある」


 むさぼる手が。止まった。


「珍しいわね。私のところにひとりで来るなんて。関係悪化?」


「二手に分かれただけだよ。依頼が面倒でな」


「依頼?」


 どうやら、大臣からの依頼ではないらしい。


「殺してほしいという依頼があってな。探しているんだが」


 依頼者の特徴を言った。


 大臣。お菓子を、手からぽとりと落とす。


「待って。それはいけない」


「あ?」


 大臣の顔色が変わる。


「それには触れちゃだめよ。この前官邸でも確認したばかりなの。謎が多すぎる」


「謎?」


「関わった人間の精神がおかしくなるのよ。ええと、説明が難しいわ。これを」


 資料。紙が一枚。


「なんだこれは」


 それは、水に濡れた煙草の姿をしている。対象に近づいて、それを同化してしまう。たしかに存在して生きており、人である。しかし、それは多くの概念やものを貼り合わせた偽物であり、ただの汚いものである。そう、書かれてあった。


「新種の化け物か?」


 電子空間に最近化け物がよく出るようになったと、風の噂で聞いたことがある。


「人よ。存在はしている。でも、存在してないの」


「矛盾してるぞ。分かるように話せ」


「そうね。わたしは生きている。あなたは、わたしをころすことができる。これはお菓子」


 大臣。お菓子を手に持った。


「あなたは、わたしの手からお菓子を取ることができる。取って」


 お菓子を手に取る。


「これが普通」


「そうだな」


「それは、生きている。でも、認識できないの。人として認識できないから、ただお菓子が浮いているだけに見える」


「知覚できないが、存在はしているってことか?」


「違うわ。存在してないの。お菓子を持つ手は把握できないし、たぶん、触れることも殺すこともできない。でも、そこに、いる」


「ああ。ドラマで似たようなの見たことあるな。幽霊みたいな感じか」


「そう。そんな感じ。幽霊は死んだ人間の写し物みたいなやつだけど、それは、生きている人間の写し物」


「だそうだ」


 インカムの先。


「あら。インカムで繋いでたのね」


「おい。応答しろ」


 インカムの先。応答がない。

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