今年もまた幼馴染はポッキーを求めてきた

こばや

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「ポッキーが食べたい!」

 昼休み、幼馴染のミツキが俺の元へとやってくると唐突にそんなことを言い出した。


「じゃあ、食べれば?購買に売ってるでしょ」

「そうじゃなくてぇーーー!」

 俺が冷たくあしらうと、ミツキは頬を膨らませながら不機嫌そうに地団駄じだんだを踏む。


「サトルが買ってくれたポッキーが食べたいの!幼馴染なんだから察してよ!」

「あー……そゆこと……」

 俺は日付を確認し、今日が11月11日、つまりは『ポッキーの日』だということを思い出した。


 毎年、この時期になるとミツキは決まって俺にポッキーを強請ねだってくる。

 それにどんな意図があるかも分からないし、教えてもくれない。

 だから結局、今年も言われる前に用意する事は出来なかった。

 用意出来ればミツキの反応も変わるのだろうが、今ので最後の機会を逃してしまった。


「てことで今からポッキー買いに行こ?今年はいつもと違うのがいいな」

 俺の憂鬱な気持ちとは裏腹に、ミツキは明るく俺の腕を引っ張り始め廊下へと誘導する。

「あのさ、ミツキ。ちょっといいか?」

「ん?何?早くしないと昼休み終わっちゃうよ?」

「あ、あぁ……そうだ、よな。うん……」

 咄嗟とっさに名前を呼んだはいいもの、目をキラキラさせながら振り返るミツキの顔を見ると、聞こうとしていた言葉が引っ込んでしまった。

 今年しか、聞ける機会がないと言うのに。

 それなのに俺は、言葉を引っ込めた。

 そんな俺にミツキはグイッと腕を引っ張る。

「ね?早く行こ?」

 余程、ポッキーが欲しいのだろうか。

 なら自分で買えばいいのにと思うが、頑なにしてミツキはそれをしない。

 それに、日常的にポッキーを食べてるかと言われればそうでも無い。

 家にポッキーがあったら食べる。

 俺の部屋のお菓子入れにポッキーがあったら食べる。

 あるから食べる、それくらいの感覚だろう。

 だが、一度もミツキがポッキーを強請る姿を見たことが無い。俺以外には。


 そんな事を思い出すと、気づけば俺は1度引っ込めた言葉を口にしていた。

「なぁ、どうしていつも俺なんだ?」

「……え?」

「どうして、毎年俺にポッキーが欲しいって頼むんだ?」

「それは……」

 まさか俺からそんなこと聞かれるとは思ってなかったのか、ミツキは少し困惑の表情を見せる。

 そんな様子のミツキに俺は大きくため息をつきながら

「まぁ、幼馴染だから気軽に頼めるからってことなんだろうけど」

 この話を終わらせようとした。


 自分から言い出したことだが、別にミツキを困らせるつもりは無かった。

 ミツキの困る顔を見るくらいならこのまま胸の内にしまったままでも良かったと、少しだけ口に出したことを後悔した。

 すると、ミツキはたちまち顔を赤くしながら

「……いもん!」

「ん?」

「そんなんじゃないもん!サトルの事が好きだからだもん!」

 と、廊下だと言うのに人目を憚らず、大声で俺に告白した。

「それがなんでポッキー……って、あぁ……なるほどな」

 ミツキからの告白に驚きのあまり、驚く事を忘れて話を続けようとすると、ある出来事を思い出し俺は納得した。

 なんで、この日なのか。なんで、俺にだけ強請ねだるのか。

 その理由がようやく、今になって分かった。

「思い出した?」

 俺の様子を顔を赤らめながらじーっと見ていたミツキが俺に聞く。


 ミツキの言葉に俺は自分が情けなくなって泣きたくなった。

「……ずっと、覚えてたんだな」

 自分が小さい頃、勝手に勘違いしてミツキに言った事。

 そしてミツキにした事、ミツキと約束した事。


 ずっと、ミツキは覚えていてくれてたんだな。

 俺は直ぐに忘れてしまったと言うのに、ずっとずっとずっと……高校3年の今日までずっと覚えててくれてたんだな、ミツキ。



「当たり前だよ。サトルの事、ずっと好きだったからね。えへへへ……」

 照れ隠しながらクシャッと笑うミツキの可愛い顔に、俺は急に実感が湧いた。

 この子に、ついさっき告白されたのだと。

 長年片想いしていた幼馴染と両想いだったのだと。

 そう思うと、途端に身体中から熱が湧き出てくる感覚がした。

 今にも吹き出してしまいそうな程に、急激に、急速に熱が湧き上がってくる。

 昨日と人が変わった訳でも無いのに、いつも以上にミツキが可愛く見えて仕方なかった。



 多分、ミツキに結婚の約束をした時以上に。

 結婚の約束と言っても、約束した当時はその交した約束の意味を深い意味なんて知らなかった。

 だからこそ、今日まで忘れてしまってたのだろう。

 約束した当時からミツキは意味を知ってたのだろうか、彼女は律儀りちぎに毎年この日にポッキーを求めてくるようになった。



『11月11日のポッキーは大好きな人にあげるものなんだって!』

 約束した当日、俺が彼女に放った言葉だ。

 いつまでも仲の良かった両親がやっていたポッキーゲームを見て、俺が勝手に勘違いして放った言葉だ。



 こんな、なんてことない言葉をミツキはあっさりと信じた。

 そしてそれは今も変わらない。


 だから彼女は毎年俺にポッキーが欲しいと言ったのだろう。



 今更になって思い出すなんて、男失格かもしれない。

 それに、もう二度とこのやり取りは出来なくなってしまうのだから。

 来年は大学生。推薦組の俺とミツキの進学先はもう既に決まっている。

 大学も違えば、住む場所もバラバラだ。俺は地方の大学へ行き、ミツキは都会の大学へ。


 だがら今年で最後だ。最後だった。

「ゴメンな……」

 俺は涙を流しながら頭を下げ情けなく謝る。

「なんで謝るの?」

「俺が言い出した事なのに、最後まで約束守れなかった」

「え、そんなことないよ?」

「えっ……?」

 なんで、と言いたげに俺はうつむいていた顔を上げた。

「だって、まだクリスマスやバレンタインが残ってるじゃない?」

「はい……?」

「今度は期待、してるからね」


 どうやら俺はポッキーの日以外にも約束した日があるようだ。昔の俺は一体どれだけ約束したのだろうか。

 過去に戻れたらちょっと小さい俺を小突いて聞き出したくらいだ。

「おう、期待して待ってろ!」

 そう言って、俺はホッした。

 まだ機会が残されている事に。

 ミツキと一緒に過ごせる高校生活が終わるまで残り僅かになった。その残された期間にまだ、巻き返せる機会があることに。


 でもその前に───

「てことで、早くポッキー買いに行こ?もちろん、サトルの奢りで!」

「お、おう。いくらでも買ってやる!」



 いまはこの日を俺たちなりに楽しむとしよう。

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