待ち合わせ

 あの日からずっと、正しい順番で人生を歩めなくなった。きっと、これは罰なのだ。最後の記憶は、彼女の誕生日。最低な思い出だ。

 

「許さない。よりによって、誕生日に遅れるなんて」


「ごめん、バイトで遅れた」


 その日に限って、アルバイトが思った以上に長引いた。大事な日くらい予定を空けておけば良かったものの、店長の頼みを断り切れず入れてしまった自分が悪かった。


「せめて連絡してくれていたら、こんなに怒らないよ」


「携帯の電源が切れていて……」


「それでも、誰かに借りて連絡するとか出来るよね?」


 雪が降りそうなほど寒い中、彼女はずっと待ち続けていたのだ。吐く息は白く、泣きそうな声で訴える。


「せっかく来てくれたけど、ごめん。今日は、もう帰るね」


 去っていく彼女にきちんと謝れないまま、ただ自分の不甲斐なさに絶望しながら家に帰った。

 




 翌朝、目が覚めたら小学生になっていた。

最初は意味が分からなかったが、夢なのだと思うことで納得した。ランドセルを背負って、懐かしい地元の通学路を歩いていく。体育では跳び箱を飛んだり、算数では簡単な計算をしたり。給食も、今なら好き嫌い無く何でも美味しく食べられた。そうして、久しぶりに懐かしい体験が出来て良かったと思い、これで終わるはずだった。 


 しかし、夢から覚めることは出来ず、今度は社会人になっていた。行ったこともない会社、やったこともない仕事のはずなのに、勝手に体が動いた。


「おい。何で、やっていないんだよ」


「申し訳ありません」


「この前、頼んでた仕事もまだ?」


「申し訳ありません。今、確認します」


 言い慣れない言葉を駆使して、謝罪ばかり。噂には聞いていたけど、こんなにも辛いんだな。どうせ二日酔いになっても夢だからと思ってやけ酒したら、翌日も昨日の続きで焦った。





 今度は中学生かと思えば、鏡を見たらおじいさんになっていたこともある。そんな中でも、今は無くなってしまった思い出の場所に行けたり、給料で美味しいものを食べたり、高くて買えなかったものを買えたりするのは嬉しかった。


 ただ一つ良いことがあると、その倍以上になって嫌なこともあった。何よりも辿ってきた過去が全て本物だったからこそ、先取りして体験した未来も現実になるのではないかと気付いてしまった時が一番辛かった。


 そして、いつになっても誰かに迷惑をかけていることも。こんな駄目人間だから、彼女だけでなく皆が離れていってしまうんだ。


「人にされて嫌なことはしてはいけないよ、いつか自分に返ってくるからね」


 昔、ばあちゃんに言われたっけ。だとしたら十分苦しんだ。明日はどこに飛ばされるのかと思うと寝るのも怖くなってしまった。


「もう嫌だ、戻してくれ……」


 そう願っても、バラバラな順番の人生を歩み続けた。





 滅茶苦茶な人生体験から、どのくらい経っただろうか。やりたいことや欲しいものを我慢すれば、今後起こる悪いことを減らせるのではないか、なんて思ったのも馬鹿馬鹿しいだけだった。良いことは起こるし、悪いことも起こる。今はバランスが崩れているだけで。


「おい、しっかりしてくれよ。注意されるの何回目だ」


 そんなの知らないよ。未来の俺、何回この人を怒らせているんだよ。


「申し訳ありません」


 「おはよう」などの挨拶、「ありがとう」のような感謝を伝える言葉が口癖になるなら良かったのに。


 その日の夜は、憂鬱な気分で眠るのさえ億劫だったが、無理やり寝たら彼女の夢を見た。あの日のあの場所で泣いているので慰めようとするが、足が一歩も動かない。下を見ると、鎖で繋がれた上に体がどんどんと石になっていく。それでも前に進まなければ、というところで夢は終わった。





 寝ていたのにも関わらず、体は疲れていて呼吸は浅い。こんな生活を続けているからか、どっちが現実で夢か分からなくなってきていたが、それにしても酷かった。さて、今日はどの時代だろうと思ってカレンダーを見て驚いた。


「嘘だろ……?」


 カレンダーだけでは足りず、携帯でも確認しテレビをつけても同じだった。ついに正しい順番に戻って来れたのだ。


「よっしゃー!!」


 普段言わないような言葉も、気持ちが昂ぶっているからだろう。時間は午前七時。今なら、まだ間に合う。そもそも、これが元凶だったんだ。


「お疲れ様です。すみません、ちょっと体調を崩してしまいまして、バイト休ませて下さい」


「大丈夫? お大事にね」


 少し緊張したが、意外にもあっさり承諾してくれた。今まで一回も休んだことないし、真面目に働いていて良かった。


「今度こそ上手くやるんだ!」


 そう意気込んだが、物事は上手くいかないようだ。


「何で、大事な時に電車が止まっているんだよ!」


 と、心の中で騒いだ。

今度は自分が待つくらいの気持ちで早く行こうとしたら、まさかの事態だ。彼女へのプレゼント選びに時間をかけていたら、待ち合わせ時間ギリギリになってしまった。近くで買い物してたから良いけど、このままだと完全に遅れる。携帯を開く、充電はバッチリだ。


「ごめん、少し遅れる」


 連絡してから自分の中で出せる本気で走り出した。すぐに息切れしてしまうが、諦めない。ここで負けられない。時々、人とぶつかりそうになるため気をつけて進む。


 そうして、やっと目的地へ着いた時には体力の限界と緊張の糸が切れてしまったのか、近くにあった椅子に座り込んでしまった。情けないと思いつつも気持ちを落ち着かせてから向かおうとしたら、彼女が気付いて駆け寄ってきた。


「ちょっと大丈夫?! ほら、しっかりして!」


「だ、だい、大丈夫だから」


 息切れと喉の乾きのせいで、声を出すだけでも精一杯だった。


「とりあえず休んで! 連絡もくれたし、そこまで急がなくても良かったのに」


 それだと駄目だったんだ。急がないといけなかったんだ、と言いたいが、まだ上手く話せない。そのため、とりあえず深呼吸して水を飲んで落ち着く。


「少しは落ち着いてきた?」


「ありがとう。あのさ、ただいま」


「え、ただいま?」


「いや、間違えた。気にしないでくれ」


 本当は間違えてなんかいないけど。彼女は分からなくて良い。せっかくやり直せるチャンスを得たんだ。もうあんな失敗はしない。


「待たせてごめん。あのさ、結婚しようか」


「うん、ありがとう……って。え、待って?! まずは、誕生日おめでとうでしょ!

本当にどうしたの?」


「そういえば、まだ言ってなかったか。誕生日おめでとう」


「いやいや、そんなあっさり言われても。それだと言わせたみたいじゃん」


「嬉しくないのか」


「嬉しいけど、順番が違うよ。ちょっと予想外だったけど、ありがとうね。でも、プロポーズはまた後でしてほしいな」


「分かったよ、何度でも言う」


「そんなには、いらないよ」





 その後は楽しい時間を過ごして家に帰った。難しいことを考えず、目の前のことだけを見て笑うなんて、いつぶりだっただろうか。暫くは寝るたびに怯えていたが、もう過去や未来に行くことはなくなった。


 戻らない過去は置いといて、体験してきた未来を再び辿ることになるのだろうか。そんなのは、その時にならないと分からないが、もうあんな体験は懲り懲りだ。



ー順番を間違えたー

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