惚れ薬
恋に正攻法はない、なぜなら攻略対象によって求めるものが違うからだ。
「きっと大丈夫!」
目覚ましと気分を奮い立たせる意味を込めて両頬を軽く叩く。告白の準備もバッチリだ。先輩が来るまで、あともう少し。私は深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
今日も後輩の方が先に来ていた。まだ壊された器具も無く、いつもよりも部屋が綺麗に片付けられていて、今日こそは実験に集中出来ると思っていた時だった。
「先輩!」
「どうした」
じっとこちらを見つめる彼女の背後からは煙が出ている。うん、煙?
「好きですって普通に言うだけだとつまらないので、惚れ薬を飲ませても良いですか。そうしたら相思相愛ですね!」
ドーンと勢いよく目の前に出されたそれは、淡いピンク色の液体だった。火にかけているわけでもないのに、ゴトゴトしてるし煙が部屋を満たしていく。
「落ち着け、情報を詰め込みすぎだ」
換気でもするか、と思ってドアを開けようとしたら止められた。
「逃げるなんて駄目です!」
「いや、換気だよ」
「なら、飲んでくれますか?」
「飲まねぇよ! どうしてそんな怪しいものを飲ませようと思うんだよ!」
「見た目はイカついですが、成分は吟味した上で作ったので大丈夫です。それに何かあったら責任取るので安心して下さい!」
「分かったよ」
中々にとんでもないものを作り出したということが。だとしたら……。
「どうぞ、受け取って下さい!」
バレンタインの日に、声を震わせながら好きな人へチョコレートを渡すかのように彼女は必死だった。けど、悪いな。受け取っても飲むわけないんだよ。
「すまないな!」
さっと受け取り、蛇口を捻ってシンクへ流す。意外にもサラッとした液体は、あっという間に水と混ざってなくなった。残ったのは、この鼻につく独特の香り。アルコールか?
「あーあ、残念でした。あれ、ただのワインですよ。それなのに、捨てちゃってもったいない。酔った勢いで言ってもらいたかったのに」
「何か煙出てたんだけど?!」
「えっと……、雰囲気ある方が良いじゃないですか。それに味見したら美味しかったんですよ」
「ごまかすな」
あはは、と笑いで誤魔化されてしまった。
未遂で終わったから良いものの、ただのワインなわけがない。怯えるこちらとは反対に、彼女は次の策でも考えているのかご機嫌だ。
「いつも思っていたんだけど……」
「そんなに私のことを見て、考えていたんですね!」
「危なかっしいからだよ! この前、ここを爆発しかけただろ! 本当一緒にいるとドキドキして心臓に悪い」
「そのドキドキを恋と錯覚してくれれば……。つまり、釣り堀効果ですね!」
「吊り橋効果だよ! どんな言い間違いだ。
それに、釣りほど仲の良い人と行かないとキツイのもないだろ」
まぁ、行ったことないから分からないけど。
「その点、私たちは仲良いから心配ないですね。行きますか、釣り堀?」
「俺も実験がしたいんだ!!」
騒ぐ彼女を置いといて、実験の準備を進めていく……が、必要な薬品が一滴も無いほど空っぽになっていた。
「使い終わったら補充してくれって言ったよな、倉庫に取りに行ってくれ」
「無くても何とかなりませんか?」
「ならない。なるわけがない」
面倒くさいですー、と彼女は行きたがらない。まったく仕方ないな。
「好きだ、だから早く取ってこい」
「知ってますよ、先輩が恋い焦がれるほど薬品が好きだってこと」
「そっちじゃねぇよ! もういい、早く行け!」
ドアを開け彼女をつまみ出した後、鍵をかけた。
「言い方が悪かったか? それにしても大事なところでぼけるなよ」
ドアにもたれかかり、へなへなと床に座り込む。ワインと言いつつも、もし本当に惚れ薬を飲まされていたら、どうなっていたことか。
先輩に薬品を取りに行けと言われたけど、正直どれのことか分からない。
「よく使っていそうなこれで良いかな」
間違えていたら、また聞けば良いや。そもそも教えてもらってないし。それよりも……。
「先輩が好きなのは薬品じゃない? いや、そんなわけない」
暇さえあれば実物や専門書を眺めて幸せそうにしている人だ。ふと、もう一つの考えが浮かぶ。
「それこそ有り得ない」
けど、もし合っていたら。頭の中がグルグルする。さっき味見したワインのアルコールが効いてきたのか、顔が熱くなるのを自覚した。
ー言い間違いー
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