間違いばかり
笠木礼
居残り
寝不足のせいとか、たまたま調子が悪かったとか言いたいけれど、毎回点数が悪いとそんな言い訳すら出来なくなる。そうだ、分かっている。きちんと勉強をしていなかったせいだ。
「林くん、これどういうこと?」
「読んで分からない?」
「分からないから聞いているんだけど」
数学のように考え方を理解してしまえば解けるような教科ならまだしも、英語は文法だけでなく単語など覚えることが多すぎて嫌いだ。読む、聞くでも大変なのに、書く力や話す力も求められてきている。まずは、どれか一つに集中させて欲しい。
「ごめんね、早く家に帰ってゆっくりしたいよね」
本来なら家に帰って好きに過ごしているはずだった。それなのに先生が勝手に企画した居残り勉強のせいで、こんなことになっている。まさか教えてくれる相手が言い出した本人ではなく、クラスで一番出来る林くんとは驚いたけど。
「別に良いよ。点数を上げたら先生が高いアイス奢ってくれるって言ったから」
「林くんって食べものに釣られるタイプだったんだね、意外だな」
「ほら早く、さっさと理解して」
そうは言われても、いつも出来ないものを急に理解出来るわけがない。それに分からないから教えてもらおうと思っているのに。
見覚えのある単語を拾うだけで精一杯のため、集中力がすぐに切れてしまう。
「何か分かった?」
「問題文の日本語を読んで、そういう話をしていたのかって分かったよ」
「読み方が独特だね」
「そこしか自信を持って読める部分が無かったの!」
「日本語だからいいけど、英語の場合もあるからね」
「そうなったら何を読めば良いの!?」
「だから問題文を読めば良いんだって」
当たり前のようにさらっと言うが、それが出来ていたら苦労はしない。
「林くんは勉強していて嫌だなとか思わないの?」
「あるけど、そういう時は気分転換している」
そう言って鞄から取り出したのは、文字がびっしりと書かれた表紙の重そうな本だった。
「何それ?」
「古文書の本」
「何でそんなものを?」
「これよりは簡単だなって思うために見ている」
「それが気分転換になるの?」
「うん。最近は、少し読めるようになってきて楽しいんだ。ちょっと読んでみる?」
「凄すぎだよ、林くん」
はい、と渡してきた本を受け取る。そもそもの説明も分かりやすいが、付箋や書き込みが多いため、尚更私でも分かるようになっている。確かにこれを見ていたら英語の方が簡単かもしれないけれど、何か違う気がする。林くんは変わった人だ。
「面白いでしょ」
「とりあえず凄いことは分かったよ、ありがとう。他に気分転換方法はないの?」
「どうしても飽きたら寝るとか」
「それは良く分かる」
いったん話すことは止めて勉強に集中するけど、中々進まない。何回も最初から読み直さないと書いてあることは分からないし、読めたと思っても問題文は意地悪だ。そんな悩む心情が顔に駄々洩れで眉間に皺でも寄せていたのか、見かねた林くんは口を開いた。
「田中さんさ、きちんと英語を勉強したことある?」
「あるよ! 参考書だってたくさん持ってるし、毎回きちんと宿題やってるよ」
「なるほど、それは駄目だ」
はぁー、と分かりやすく目の前で溜息を疲れて本来ならば怒るところだろう。でも、何でそんなことを言うのかが気になった。
「参考書はたくさん持ってるから良いではなくて、自分に合ったものを一つでもやり切ることが大切なんだよ」
言われて頭が痛くなる。確かに買っただけで満足してしまい大事な中身を見ていない。それ故に、自分のレベルに合っているかなんて分からない。
「あと、苦手で何とかしたいと思うなら学校の宿題だけだと足りないよ。やっていないは論外だけど。解いて終わりも良くない」
「聞いていて、耳が痛いです」
「本当に何とかしたいと思うなら、解き直しをすること。自分に合った参考書を一つでもやり抜くこと。あとは、慣れ」
それっぽく言ってるけど結局根性論じゃん、って言おうとしてやめた。
「分かったよ、頑張る。それよりも何で私だけ居残りさせられてるの? 他にも出来ていない人いるはずだから仲間欲しい」
「田中さんは英語さえ出来れば完璧だから伸ばしてやりたいって先生言ってたよ」
「それを言った本人どうした」
「俺は忙しいから頼むよ、一週間に一回でも良いからって言われてさ。ただ、それだけだと納得出来ないから条件付きで承諾した」
「その条件がアイス?」
「うん。だから僕は何としてでも田中さんの成績をあげないといけない」
「なるほどね」
「ほら、勉強しようか」
最初は、一か月後のテストまで一週間に一度の我慢と思っていたけど、段々と賢くなったような気がして嬉しかった。
本当は、教えてもらったことよりも時々する雑談の方が楽しくて、勉強内容はあまり記憶に残っていないなんて言えないけど。
あっという間に一ヶ月後。何とか勉強の甲斐もありテストの点数は今までで一番良かった。対抗心を燃やして漢詩集を買ったけど、そこまで真似しなくても良いのに、と笑われた。
「勉強教えてくれてありがとうね、林くんの言う通りにやったら良い点数とれたよ!」
「こっちも先生にアイスを奢ってもらえたから嬉しいよ」
カップに入ったバニラ味のアイスを持って、とても嬉しそうに笑う。
「私も勉強頑張ったのに、林くんだけズルくない?」
「そんなの知らないよ」
美味しいなー、と見せつけるように食べるのを見て少し腹が立つが、一応恩人だ。私も先生に言ってみよう。
きっと今まで勉強の仕方を間違えていたのだ。だって真面目にやったら成績が良くなったから。
ー勉強方法を間違えていたー
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