第7話 勉強会
どうしてこうなったと、心底思う。
本日は土曜日。今日は朝から惰眠を貪って、まったりごろごろしながら一日を過ごす事に決めていた。そう、決めていたのだ。昨日までは。
「へぇ、意外に綺麗にしてるんだ」
「どうも……」
なのに、目の前には麗の姿が。
どこに? もちろん、柊の部屋におりまする。
「じゃあ、勉強始めようか」
「ああ……」
釈然としないまま、柊は教科書を開く。
どうしてこうなったと、心底思いながら、二人きりの勉強会が開始した。
事の発端は昨日の夜。
部活を終えた麗は家に帰り、もろもろを済ませた後に柊に電話をかけた。
柊は出られるか分からないと言ったけれど、スリーコールあたりで電話に出た。正直、断られても仕方が無いと思っていたし、電話に出なくても当然だと思っていたために、柊が電話に出てくれてほっと胸を撫で下ろす。
「こんばんは」
『ああ……』
低く、眠たげな声が聞こえてくる。
寝ようとしていたのか、眠るのを我慢していたのか。
どちらにしても、そんな時間に電話をしてしまった事が少し申し訳ない。
「眠そうだね。今、電話大丈夫かい?」
『ああ』
「そう」
先程と同じ返答。しかし、少しばかり先程よりも活力があるように思える。
明日が土曜日とは言え、流石に夜更かしをさせてしまうのは申し訳ない。早めに要点をまとめて伝えようと決めてから口を開く。
「明日、君の家で勉強会をしないかい?」
『は?』
「唐突なのは分かってる。けど、部活の合間に考えた結果、それが一番良いって気付いたんだ」
『……どういう意味だ?』
聞かれ、少しだけ言うか言うまいか迷う。けれど、ここで言わないのはあまりにも柊に対して不誠実だ。あまり話したくは無いけれど、ある程度の事情は明かすべきだろう。
「私は、家でも可愛いものを持っていないんだ。そう言うのを、父が嫌うからね」
『はぁ……』
「だから、君の家にそういう物を置いて欲しいんだ。それで、定期的に君の家に行く」
『待て待て待て! 俺の家にお前の私物を置くって事か!? それでお前は定期的に家に来る!? 冗談じゃない!』
「……そこまで言わなくたって……」
『いいや、言わせてもらうがな、お前みたいな人気者が俺の家に出入りしてるってもしクラスメイトにでもバレてみろ! 変な勘繰りを受けるし、最悪俺がお前のファンに袋叩きにされる!!』
「そんな凶暴な子いないと思うけど……」
『お前の前で猫被ってんに決まってんだろ! そもそも俺は――!』
言いかけたところで、柊は急に黙る。言うか言うまいか、迷っているような間が流れる。
「……俺は?」
『………………まだ、お前を助けるって事に納得してない』
麗の問いに、柊は苦し紛れに言葉を返す。それが誤魔化しである事を、対人経験の豊富な麗は気付いていた。しかし、柊があえて言葉にしなかったのなら、それは触れられたくない事なのだろうと考え、それを指摘するような事はしない。
「でも、電話には出てくれた。それって、少しは考えてくれてるって事だろう?」
『それは……』
「それに、これ以上の無理は言わない。バレないように行くし、私物だってぬいぐるみや可愛い小物程度だ。行くのだって、週に一回で良い……いや、やっぱり三日は行きたい……」
『バイト感覚で来るじゃねぇか……』
「だって、我慢できる気がしないし……」
『お前、それで今までよく平気だったな』
「上手い具合に発散してたんだ。一人でペットショップに行ったり、家族と動物園に行ったり、猫カフェに行ったり……」
『なら、今まで通りで良いだろ? うちに来るよりも頻度は減るだろうけど、それで我慢出来てたんなら、今まで通りで』
「見るだけじゃ我慢が出来なくなってきたんだ。所持したいし、身に付けたいし、あわよくばハグもしたい」
『……お前、どんなでっかいぬいぐるみ持ってくるつもりだ?』
「そ、そんなに大きい物は持って行かない! ちょっと抱きしめられる程度のやつだ!」
『ああ、そう』
胡乱気な空気を電話越しに感じる。あまり信用していない様子だ。
「そ、それよりも! どうなんだ? ダメなら、別の方法を考えるけど……」
少しの間。電話の向こうで柊が考え込んでいるのが分かる。
ややあって、盛大な溜息が一つ聞こえてくる。
ダメだったかと肩を落としたけれど、次の柊の言葉は麗の予想と反するものだった。
『……分かったよ。それくらいで良いなら、協力するよ』
「~~っ! 本当か!?」
『ああ。まぁ、それ以上を期待されると困るけど……』
「大丈夫だ! これ以上の我が儘は言わない! ありがとう!」
『お、おう……』
「では、住所を送ってくれ。明日の午後一時に向かう」
『分かった……って、明日!?』
「ああ。早い方が良いだろう? あ、それとも何か予定があったかな?」
『いや、特に無いけど……』
「なら良いだろう? では明日だ! お休み!」
『分かったよ……。はぁ……お休み……』
疲れたように言ってから柊は通話を切った。
電話が終わった後、麗は嬉しそうにはにかむ。
「明日が楽しみだ」
そう呟いた麗は楽しそうに明日の準備を始めた。珍しく、鼻歌なんて歌いながら。
以上が、昨夜の回想。
柊としては学校で接触されるよりも良いから承諾した。家であれば、出入りを気を付ければ他はカーテンを閉めてしまえば問題は無い。断れそうにないのであれば、リスクの少ない方を選ぶ。ただそれだけである。
まぁ、麗を呼ぶにあたって、いくつかの壁があったけれどそれもクリアした。
結果、今自室に麗が座っている。
自室に麗が居る事に違和感を禁じ得ない。そもそも、女子が自室にいるというシチュエーション事態想像していなかった。
少し、いや、柊としてはかなり緊張してしまっている。
そんなどぎまぎしている柊とは対照的に、麗は殆どいつも通りだ。
最初こそ物珍し気に柊の部屋を見ていたけれど、今では自身の宣言通り持ってきた問題集を使って勉強をしている。
それに付き合う形で、柊も問題集を広げて勉強をしている。
そうして、かれこれ一時間が経過した。
「いや、いやいやいや」
おかしい。本当におかしい。
「ん、どうしたんだい?」
「なんで本当に勉強してんの? 可愛いものを堪能するためにここに来たんじゃないの?」
勉強会というのは建前で、ただだらけるだけ。それが柊の知る勉強会だ。
十分勉強して、飽きたら即ゲーム。そして終わりの時間までゲーム。それが、今まで柊の体験した事のある勉強会だ。
のっけからゲームをして、一時間経った今も勉強をしているのが柊としてはおかしい。逆によく一時間も耐えたものだ。
「別に、勉強会は建前じゃないよ。ただ君に協力してもらうのも申し訳無いから、君が勉強で分からないところがあったら私が教えてあげようって思ったんだ。ああ、安心して欲しい。私はこれでも入試で一位の成績を
「ああそう……」
柊の考えとは裏腹に、麗は本当に勉強会をするつもりだったようだ。
一学期の中間テストは五月末辺り。二週間も経てば普通に授業も始まっている。勉強でも、ちょくちょく分からないと思う所は出てきている。それを教えて貰えるのは素直に嬉しいのだけれど、柊としては赤点さえ回避できれば良いと思っている。恐らくは、高得点を目指している麗とは勉強をする温度が違うだろう。
「……そう言うのって、もっと同じレベルでやるもんじゃねぇの? 俺は別に高得点を取りたい訳じゃ無いし……」
「なら、どうしても分からないところだけ聞くと良い。流石に赤点は取りたくないだろう? 少しでも赤点から遠ざかるために、分からないところは無くしておくべきだ。君が分からないところがあるとき以外は、お互いに自分の勉強に集中しようか」
「まぁ、それなら……」
「よし」
一つ頷いて、麗は勉強に移る。
「って、ちょいちょいちょい!」
「なんだい?」
が、柊は慌てて麗を止める。
「だから、主旨が変わってるっての! 可愛いものを堪能しにきたんだろ? この一時間ずっと勉強じゃんか! 俺に気を遣わなくて良いから、普通に自分の欲を優先しろよ! ていうか、お前の後ろに置いてある荷物の山が気になって仕方ないんだよ!!」
ずっと勉強会では、柊がなんのために部屋を貸したのか分からない。
そして何より、麗が持ってきた荷物の山が柊の部屋の隅に山積みになっており、先程からそれが気になって仕方が無い。
「う、うん……いや、すまない。実は、ここまで来ておいて、少し怖気付いてしまっていた……」
恥ずかしそうに言って、麗は手に持っていたシャーペンをテーブルに置く。
「怖気付くって……別にここには俺以外いないんだから気にする必要無いだろ?」
「そうなんだが……その……」
ちらちらと麗は柊を窺う。
「その……笑わない、か……?」
「……俺に他人の趣味を馬鹿にするような趣味は無ぇよ」
「そ、そうか。では……」
言って、麗は自身が持ってきた荷物の山を開封する。
中から出て来たのは大きなリボンのついたカチューシャ。某女子の持っていた物と酷似している。
麗はきらきらした目でそのカチューシャを眺め、嬉しそうに自分の頭に付けた。
それを皮切りに、麗は次々と荷物の山を漁っていく。
その様子を、柊は何ともなしに見る。
いつもは王子様然としている麗の珍しくはしゃいだ様子に、顔には出さないけれど、内心ではとても驚く。
いつもは涼やかな表情をしており、誰に何を言われてもぶれない、芯の通った喋り方をする。それが、柊の知る佐倉麗だ。
けれど、ここ最近の麗は困った顔も浮かべれば、疲れ切ったような笑みも浮かべ、更には至極嬉しそうな顔も浮かべる。
その姿はまるで別人のように感じた。
おそらくは、普段の姿は麗が皆に望まれた、皆の期待する
今の麗は、そんな王子様という
難儀だなと、素直に思う。不自由な生き方をしている。自分に正直にならないで、皆に請われるままに王子様を演じている。
柊だったら、絶対に耐えられない。それは、柊自身が一番良く知っている。だからこそ、少しだけそんな麗が羨ましく思えた。
「はぁ……」
未練がましい思考を溜息と一緒に吐き出して、柊は止まっていた勉強に手を付けた。
ずっと見ていては麗も楽しめないだろう。さりとて、ゲームをやるのも麗の気遣いに反する。面倒だけれど、柊は勉強をする。分からないところには、しっかりと
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