第6話 部長
学校が終われば、柊は寄り道をする事も無く帰宅する。
家に帰り、自室に行き、リュックを投げてベッドに寝転がる。
「はぁ……」
思わず、深い溜息を吐いてしまう。
結局、あの後はタイミングよく養護教諭が戻ってきて、鼻血の止まった柊と付き添いでいた麗は追い出されてしまった。
その後、気分も悪くなることは無く柊はそのまま帰宅をした訳だけれど、柊に元気はない。
あの時、養護教諭が戻って来る前に麗に言われた言葉。
なら、助けてくれ。
その言葉が柊の頭から離れない。
「どうしろってんだ、俺に……」
明確な答えを、柊は返せていない。
しかし、柊の本音としてはこれ以上麗と関わりたくない。麗と関わる事は柊の望む平穏な学生生活から遠ざかる事を意味しているからだ。
それは、柊の望むべくところではない。柊は平穏な学生生活を送りたいのだから。
やはり断ろう。そもそも、柊には麗を助ける義理が無い。たまたま見てしまって、成り行きで少し話を聞いてしまっただけだ。
たったそれだけ。麗の助けてというお願いを承諾するのには不十分で、拒否する分には十分な理由。
明日何か言われたら今度こそ断ろう。
そう決め、柊は気分転換にゲームをしようと身体を起こす。
ぴこんっ♪
その時、スマホから軽快なメロディが一つ流れる。
それはトークアプリの着信音。誰かからメッセージが届いた事を知らせる音。
柊はトークアプリ自体は使っているけれど、あまり多用はしない。そもそも話す相手も居ないので、殆ど家族との連絡用に使われるくらいだ。
また家族からだろうと思いスマホを手に取り、メッセージを送ってきた相手の名前を見て思わず硬直する。
「は……?」
送信者の名前は『佐倉麗』。柊が連絡先を持っているはずもない相手からだった。
いやなんでと思うけれど、直ぐにとある事に思い当たる。
入学式から一週間程経ったある日、クラスの一人がトークグループを作ろうと言い出した。それが誰だったか覚えて無いけれど、何かあった時の緊急連絡網みたいなものだと言われ、柊も強制的に参加させられたのだ。
柊が参加したという事は、もちろん麗も参加しており、そこから柊を見つけだして友達として追加し、メッセージを送って来たのだろう。
「いや、怖っ……」
正直に言って、麗の行動力が恐ろしい。普通少ししか話していない相手にメッセージを飛ばしてくるだろうか? 余程切羽詰まっているのだろうか。
……いや、切羽詰まってるに決まってる。何せ、少ししか事情の知らない自分を頼ってきたくらいだ。それほどまでに、麗はストレスを抱えているという事に他ならない。
「……」
とりあえず、メッセージを確認する。
トーク履歴を開くと麗から一言だけメッセージが送られてきていた。
『こんにちは』
いや、会話下手か。
そんな事を思いながら、柊もとりあえずこんにちはと返す。
すると、直ぐに返事が返ってくる。
『佐倉麗です』
いや知ってるし。名前書いてあるし。
「なんだろう、このお年寄り感……」
ネタなのか、本気なのかが分からない。
『お電話よろしいですか?』
「早い早い早い」
段階が早い。もっとゆっくりして。まって、もう少しメッセージで対応させて。
今は都合が悪いと連絡しようとしたその時、麗から着信が来る。
「いやだから早いって……」
そもそも返事をしてないのに。
出るべきか、出ないべきか。少し悩んだ末、柊は諦めた様子で電話に出た。
「もしもし」
『ああ、若麻績? 今、大丈夫?』
「その確認を今まさにとってたばかりだろうがよ……」
『ごめん。なんか、お伺い立ててたら、君逃げそうな気がしたから』
「うっ……」
図星を突かれて柊は思わず呻き声を上げる。
『やっぱり……』
「いや、だって電話苦手だし……」
『ちょっと話すだけでしょ?』
「俺にはそのちょっとがハードル高いんだよ」
実際、電話は苦手だ。声が聞き取りにくかったりするし、相手に伝わり辛かったりする。だったら文字を打った方が良い。
『ふーん……まぁいいや。私も、この件は家以外だとあまり電話したくないし』
「そーかよ……って、待て待て! 俺まだ承諾してないからな?」
『え、ダメなの?』
「いや、ダメっていうか……むしろなんで俺なんだ? 他に仲良い奴とか、信頼の置ける奴とかいるだろ?」
『あの時も言ったけど、私は皆を幻滅させたくないんだ。信頼が置ける人は……居ない訳じゃ無いけど、その子もダメだ。多分、その子が私に一番王子様を期待してるから』
「ああそう……」
『それに、信頼と言う面でも幻滅すると言う面でも君程好条件の相手は居ないと思ってる。君は私に幻想を抱いていないし、君はこの件を誰にも言わないだろうからね』
正しくは話す相手が居ないのと、話したところで信じて貰えないだけだけれど、何度も言った事なのでこれ以上は言わない。話が進まなくなるから。
「条件も何も、そもそも俺はお前の申し出を承諾してないだろ」
『けど、拒否もしてないだろう? なら、少しばかりは心が傾いてくれているって事じゃないのかい?』
「傾いてねぇよ。拒否だ拒否。なんだよ助けてって。要件が不透明過ぎて分かんねぇよ」
『ふむ、確かに……』
柊の言葉に、麗は思案するように間を作る。
『では、それも含めて家に帰ってから電話しても良いかい? 今度こそ、要件をまとめて君にプレゼンをしたい』
「プレゼンって……仕事じゃないんだから……。てか、家じゃ無かったのかよ」
『君は帰宅部だろうけど、私は剣道部だ。昨日は休みだったが、今日はちゃんと活動がある。あ、安心してくれ。今は休憩中だ。もうすぐ終わってしまうがね』
「なら部活に専念しろよ。電話云々は勝手にしろ。出れるかどうか分からないけどな」
『分かった。部活が終わったら連絡する』
「ああ」
柊は頷いて通話を終了する。
そして、ベッドにスマホを置いて頭を抱える。
ああ、じゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええ!!
声に出さずに、心中で叫ぶ。
断るって決めたよな!? 手に余るし、平穏な学生生活に支障をきたすから!! なのになんで電話する事許してんの!? ああって気のありそうな返事してんの!? 馬鹿じゃないの俺!?
本当に、本当に、断るつもりだった。
自分に出来る事なんて無い。助ける事なんて出来やしない。そう言って、すげなく断って終わりにするつもりだった。
そうすれば、柊の平穏な日常が戻ってくるのだから。
けれど、実際には気のありそうな返事をしてしまった。
「……」
――お願い、助けて……?
不意に思い起こされるのは、忘れ去りたい忌々しい過去。
「……バッカじゃねぇの……」
悪態一つ吐いて、身体を起こす。
今度こそ、気分転換にゲームをする。この後の事が気になり過ぎて、まったくもって気分転換になりはしなかったけれど。
〇 〇 〇
柊との電話を終えた麗はスマホをリュックに仕舞ってから部室を出る。
「あ、王子ー。よかった、更衣室に居たんだ」
「部長。どうかしたんですか?」
部室を出たところで、剣道部の部長に声をかけられる。
休憩の終わりまではまだ少し時間がある。わざわざ後輩を迎えに来るような事でも無い。
何かあったのかと勘ぐるけれど、部長はいんやと首を横に振る。
「ちっとね、王子が気になったもんでさ」
「私が?」
「うん。なーんか元気無さげだったからさ。何かあったのかなと、部長としては心配になった訳ですよ」
と、顔色を一つも変えずに言う部長。
しかし、二週間ほどの付き合いだけれど、部長が面倒見のいい人だという事は麗も分かっている。
部長の気遣いに、素直に感謝の念がこみあげる。
「ありがとうございます、部長」
「良いって事よ。それで、なんかあったの? 部長で良ければ相談に乗るよ? なにせ、部長ですからね」
「いえ、部長の手を煩わせる程の事では無いです。プライベートな事なので」
「えー、じーまーでー?」
「はい、まじです」
「それって恋バナ? それとも突っ込んじゃダメ系?」
「うーん……まだ突っ込まれると困りますかね……」
「そっかぁ」
それだけで納得したのか、部長は残念そうな顔をする。
「恋バナなら聞きたかったんだけどなぁ」
「私には一番縁遠い話ですよ」
「えー、一番近いと思うけどなぁ」
部長は思案顔を浮かべる。
麗は王子様だのなんだのと騒がれてはいるけれど、別段男のような顔をしている訳では無い。
整った顔である事には変わりないけれど、それが極端に美しすぎるのだ。
だからこそ王子と呼ばれているだけであって、男勝りな顔はしていない。
イケメンだなと思う時もあるけれど、それは仕草や周りの王子という先入観からだろう。それが薄れてしまえば、とても美人な少女に見えてくるに違いない。
と、部長は思っている。
実際、男子でも麗の事が気になると言う者は居るはずだ。女子の隣で男子も練習をしているけれど、麗の方に視線を向けている男子も少なくない。
「王子はもう少ししたらモテモテだろうねぇ」
「私よりも先輩の方がモテそうですけどね」
「部長はチヤホヤされてるだけだぞー」
部長は身長が低く、子供のように愛らしい顔をしている。本人は童顔なだけだと言っているけれど。
そんな見た目もあいまって、部内はおろか、クラス内でもマスコットキャラ的存在を確立している部長。麗とは似ているようで真逆の立ち位置だ。
「そろそろ休憩終わんね。じゃ、行こっか」
「はい」
前を歩く部長を見て、麗は思う。
抱っこしたい。なでなでしたい。可愛いフリフリの服を着せたい。お菓子あげて食べさせたい。ケーキ食べてるところが見たい。抱き枕にしてお昼寝したい。
などなど。
己が欲望を心中で爆発させていた。
可愛いものを付けてみたいという気持ちもあるけれど、可愛い見た目のものにもめっぽう弱い。
「~~っ」
突然身震いをする部長。
「? どうしました?」
「ん、いや……なんか、急に悪寒が……」
「風邪ですか? 春とはいえ、まだ冷え込みますからね」
「風邪では無いと思うんだがなぁ……」
きょろきょろと周囲に視線を向けて、最後に麗を見る。
「なんですか?」
「まさか、な。いや、何でもないよ」
自身の疑念を振り払うように首を振って、再度歩き出す部長。
まさか、王子様は邪な視線なんて寄こすまい。
部長は自分の疑念を抑え込む。
その人が犯人ですよ。と言ってくれる人は、この場には誰一人としていないのであった。
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