049//王冠の国で_2

凱旋パーティーを終えて翌日。

午前の麗らかな陽射しを浴びながら、aと中庭でのんびり駄弁っていた。

「還れそうでホントに良かった」

「そうね。どんくらい保つのかな? このシルシ」

消えるまでに願いを決めておけとジズフは言った。考える間もなく願いは決まっていたのだが、還れると決まればこの世界で過ごす時間も少しは惜しい。

再びこの世界に来ることは出来るだろう。しかし、その時は還れる保証がない。また来るとしたらそれは、どうしようもなくチキュウに飽いた時だろう。

「んーじゃあ、アタシ訓練所の皆に挨拶してくる」

「あいよ。じゃあKは──」

お茶友の女中さんには朝挨拶済ませてるしな。

…ブラブラしよう。



駐翼場の片隅に小さな小屋を発見して何ともなしに歩み寄る。戸に手を当てると、ぎしと軋んでゆっくりと開いた。

「………」

開けるつもりは無かったが、折角なので入ってみる事にした。誰も居ない。

椅子を引いて机に凭れ掛かる。何も考えずに暫く呆っとしていると、ふわりとした気配を背後に感じた。

「………なに?」

見もせずに言ってみる。何が居るかも知らない。ただ悪くない感覚だったので、警戒する事は無かった。

「驚いた。タクリタンは居なくなったのに、君たちの力は消えていないんだ」

何処か違う所から響いている声を聞いているような、妙な感覚。

「ああ、そういえばそうだね。でもほら、消えたわけじゃないから」

誰かも解らない声に、気兼ねなく答えていた。

タクリタンは消えたわけじゃない。ただ、簡単には会えなくなっただけだ。貝空の中に生きてるんだから、まだその恩恵を受けていてもおかしくはないんじゃないだろうか。

「なるほど。まぁそんな答でもいいか」

声はただ降る。何故だか、声の主は誰だろうという考えは浮かばなかった。

「貴方は此処で何してるの?」

「私か。そうだね、ここは私のお気に入りの場所だから」

「そうなの? そりゃ悪かった。勝手に上がっちゃった」

姿は無いのに、それが寄り添うように腰を降ろしたと感じた。

「面白い奴だね、おまえ」

「失礼な、そうかい?」

それは隣で身体を揺すって笑う。

「タクリタンが好きだったんだろう? アレが憎くないのか?」

「アレ? 貝空?」

はは、と今度はKが笑う。

「いいや」

「アレがいなければタクリタンは消えなかったとは思わないか?」

「違うんじゃないかな」

だって、タクちゃんはあの眼を倒せる奴を探してた。だから出会えた。っていうか、構ってもらえたわけで。そもそもあの眼が居なかったら、タクちゃんは消えてないだろうけどKたちとも会ってないかも知れない。そしたらシールとも一緒にいなかっただろうし。うん。過去の『もしも』ほど無意味なものはない。

「ていうか、あの眼と貝空は違うものだよ。貝空にはタクちゃんも入ってるし」

「なるほどね?」

聞くだけ聞いて満足したのか、謎の気配はそれで消えた。なんだったんだろう。

きっと、たぶんだけど。何かのカミサマだったんだろうと思った。



aと合流して、グールの元へ向かう。こちらの姿を確認するなり、

「還るんか」

「あ、うん。まだ少し居るけど」

aの返事にふーんと返す様をなんとなく見つめる。ちょいちょいと無言で手招きすると、意外と素直に寄ってきた。

「?」

「ちょっとしゃがんで。もっと」

ぐっと身を屈めたグールの首元に抱き着くように手を回す。

「!?」

aはぎょっとしてるけど多分グールは解ってるなこれ。反応が薄い。チャリ、と小さな音を立てて離れる。

「―――あ」

手の中にはグールの首輪。ずっと着いていたものが無くなって違和感があるのか、グールは首周りをさすっている。

「Kの用事は以上だから。後で送っていくね。お別れを、ごゆっくり」

「えっ」

「じゃーねー」

戸惑うaと溜息を吐くグールに背を向けて、部屋に戻った。



コンコン。

小さなノックに戸を開けると、来訪者はシールだった。

「いいか?」

「うん。その内行こうとしてたトコ」

招き入れるとイノクンの乗っていない方のベッドに腰を下ろした。

「首輪、回収してきたんだろ」

「うん。後でグール送っていくから、お別れするなら今の内だよ?」

しまいこんだグールの首輪を『穴』から掘り出す。

「今更何も―――何故俺に寄越す」

投げた首輪を綺麗にキャッチして、シールは眉を顰めた。

「要らないもん」

「俺だって要らねぇよ」

とはいえご主人サマはシールだし。溜息ひとつ、シールは諦めたのかそれをポケットに突っ込んだ。

「おまえらはいつまで居るんだ?」

「んー、許される限り?」

「すぐにでも還りたいんじゃなかったのか?」

「えー? 別にこの世界キライじゃないもん」

行き来が出来ればなーと思う程度には気に入ってる。そんな方法があれば。

「―――まぁ…きっとまた、いつか」

「 ? うん、そうだね」

そう思ってくれる言葉を否定するほど夢のないKでもない。




「いー天気!」

ちょっと寒いけど、青く晴れ渡ったいい天気だ。お別れにはちょうどいい。

「だなぁ。K、忘れ物ないか?」

「んー、大丈夫!」

ゼクトゥズのお城の駐翼場。

グールはもう送り届けたから、見送りしてくれるのはシールだけ。いやシールだけで結構ですってお断りしたのもあるんだけど。

「じゃあ、お世話になりました」

「うん。元気でね」

「――あぁ。おまえたちも」

そのシールの表情が、あまりにもらしくないから。

「ぷっは! なんてカオしてんのさ!」

「シールでもそんなカオするんだねぇ」

ふたりで思いっきり笑ってやった。笑い過ぎて涙出た。

「じゃあね!」

「ありがと、たのしかった!」




ヴぉん、と鈍く空気を振動させて。

現れた時と同じく、あっけないほど唐突に、彼女たちは還っていった。


世界の扉が開く。

今度は、来た時とは違って静かに――





「―――宰相?」

その呼び声でハッと我に返る。

「あぁ、なんでもない。すまないな報告の途中に」

いえ、と静かに会釈して報告を終えた官は下がっていった。

「んー、最近何か妙だよな従兄殿。どうした?」

「――ヴァイス」

長身を屈めて覗き込んでくる王に、シルータは睨み付けるような視線を送った。

「おまえが還ってからえらく不吉な予感が過るようになってな」

「わあ刺々しい」

「何処で何をしてきたんだおまえは」

「なぁんにも」

悪戯に口に人差し指を当てて笑う。

「でもその『不吉』が――待ち望んだモノなんだろ?」

「―――…」

不吉な予感ではある。だが確かに、待ち遠しく思う自分も居る。この予感は、13年前、別れの際に感じたものとよく似ている。

「さぁな」

脳裏で再生される、空気を鈍く振動させるあの音。

遠くで、猫の声が聞こえた気がした。







世界が融ける。

世界が混ざる。

「自分」が存在するのは、どっちの世界――


「K! a! ふたりとも!」

「「…う…?」」


のっそりと身を起こす。倒れて寝ていたらしい。

「やっと起きた! もう! 2ヶ月近くも何処行ってたの!?」

あたしだけ置いてくなんてヒドイ、と頬を膨らませるその姿に

「「―――姫?」」

ぼんやりとしたまま不明瞭な声を発する。

「そうだよ! 忘れたの!?」

姫はぷんすかお怒りだ。

見回すと、金色の豪奢な内装の部屋。

記憶に違わぬ、仁麗殿――

「――K」

「…うん」

間違いない。還って、来たみたいだ。

「―――えぇ」

あ。姫のぷんすかなんて比じゃないくらいの激しい怒気を孕んだ声音に、血の気の引く音が聞こえる。

「たっぷりお話をお聞きしましょうか」

「あ…いや…その…」

長期の無断欠勤に大変お怒りの我らが王佐のその威圧感に、間違いなくこれは現実だと実感した。

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KのーとinS 炯斗 @mothkate

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