047//知恵の国で_4
「……」
目の前に突きつけられた書面に向かい、Kは顔をしかめていた。
「…なに、これ?」
長い長い沈黙の後、漸くそれだけ呟く。
「何って、術式じゃないか。こないだのあんたの術を俺なりに解釈してみたんだけど、答教えてくんない?」
そういって、彼――通称テストはその紙をもう一度Kに押し付けた。
ここはコクマの塔のターミナルホール。弓の返却とターミナル参拝のために再び塔を訪れたワケだが、こうして例の魔術師に捕まっている。
「あ、やぁ~…Kこういうの、解んないからさ…」
突き付けられた紙を渋々受け取って眺めて見ても、何が書かれているのかさっぱり読み解けない。まずセフィロートの文字がまだ満足には読めない。それ以前に、Kは『術式』なんて考えてない。
「何だって?」
それを聞いてテストの顔色が豹変する。
「なんで怒るよ?」
テスト曰く。数魔術を操る者として、術式無くして術の行使は有り得ない。それを軽く無視して、あのような桁外れの術を組むなど、人を超えた行為だ。魔術師として、そんな非常識な存在には怒りを覚える他ない。と。
「あんたは、存在自体ふざけてる」
「うわー」
軽く存在否定されてしまった。
「式を組まずに術の行使だって? そりゃもう人間業じゃねぇよ。あんたはアレだ、人外。魔物とかそういう類だろ。ってかもしかしてアレか、有翼種か」
呆れてそれだけ吐き出すと、テストは力なくその場にしゃがみこんだ。
「はぁ、俺達が馬鹿みたいだ…」
「なんでよ。そんな難しそうな事常から考えてられるなんて凄いじゃん」
「あー勿論。すげぇの。魔術師ってのはそういうもんなの」
「んー、でもaさんだってそんな難しい事考えてないだろうから、術の基本が違うんじゃないかな」
精一杯のフォローのつもりだったが、あまり効果はなかったらしい。
「えっと、術組むのってどんな感じ?」
話を逸らすべく尋ねてみる。
「どんなって…式だよ、計算式。いろんな式を組み合わせてどんな効果が得られるかとか効率とかを調整すんの」
「よく解んない…。プログラム組む感じかな…?」
と言っても理解は出来ないだろうけど……
「あー、よく解んないけど、誰かも言ってたな。電子機器のプログラム組むのとよく似てるって。そうするとあれも一種の魔術なのかななんて、無粋な事を言ってた」
「無粋、か…?」
寧ろ巧いと思うのだが。
いやそもそも、
「え、電子機器あるの?」
「どういう意味だ?」
そうか。そういや有るには有るんだったか。マルクトターミナルATMだったもんな。ここは剣と魔法と科学のある世界…。おぅ贅沢だ。
「K? そろそろ──」
aが呼びに来た。実は今、ターミナル参拝の順番待ちで待機中だったのだ。ちょっとトイレに抜けたら運悪くテストに捕まったのだった。
「順番近付いたっぽいからまた後で──」
「いや用は済んだしもういいよ。じゃあなデタラメ」
「え」
言うだけ言って彼は去って行った。何だったんだかよく解らない。
最後から2番目の枠で参拝を終えて、塔内で適当に夕食を済ます。塔内にはフツーに街が一個入っているようで、広い地下街のような印象だ。なんとこの上の階層はファクトリーらしい。農業施設も入っていて、塔内で肉や野菜も自家生産されているとか。その更に上の階層が魔術師協会の施設なんだそうだ。
「俺は少し用がある。先に宿に戻ってろ」
「え、何? 着いてっちゃダメなやつ?」
「……来たいんなら来てもいいが…」
なら着いて行く。割と暇だし。
シールの向かった先は魔術師協会の階層だった。多分本来一般人は入れない。なにやらツテがあったらしい。誰かの名前を出して入れて貰っていた。因みにaとグールは宿に戻った。
「図書館は一部一般解放されているが、工房は流石にな」
「うっわ!」
工房。そこはまさに練金工房。
たくさんの器具と薬品に囲まれた、Kにとっては新鮮だけれども懐かしいようなワクワク空間──!
「えっ、使わせて貰えるの此処!」
「特別にな」
えっ、着いて来て良かった。
てかシールは何の用事で──
「あ」
取り出された物を見て納得する。
「実!」
「ああ」
いつぞやのお薬の材料だ。持ってきてたんだ。構想を練ってるだけかと思ってたけど。最初から此処を使わせて貰う予定があったとみた。
「城にもあるの? こういう施設」
「趣味程度に。此処まで整ってないな」
やはり研究所は要るな。同じ世界で参考に出来る施設があるのは指示が出しやすくて良い。更に電子機器が存在するというならちょっと改造すれば向こうの機器も使えるように出来る可能性は高い。
そんなことを考えながらシールの作業を眺めていたら、Kも何か作りたくなってきた。あとその手付きに凄く口を出したくなってしまった。これはお手伝いさせて貰おう。
「…ん」
夜中。まだ黎明の兆しも無い、闇が支配する時間にKは目を覚ました。
「………」
もそりと身体を起こして暫し呆っとする。ふと窓から空を見上げて、立ち上がった。そのままそろそろと上着を羽織って部屋を出た。
塔の下層の外廊から、天を貫く直線を視線で辿る。赤い夕焼けに立ち竦む、知らない何かを思い出して。
「散歩か?」
「…そっちこそ」
背後の気配に大仰に肩を竦めて振り返る。闇の中、長い髪を風に躍らせて立っている長身の影。
「また勝手に出てきて…」
「………」
そのまま暫らく二人で高い高い塔を見上げた。
「夕方…塔見上げてたよね貝空」
「別に」
「そっか」
それきり特に会話はなく、ふたりはただ空を見上げていた。
「……俺は…」
そろそろ部屋に戻ろうと歩き出した時だった。
ポツリと、ギリギリ聞き取れたその声に足を止める。何も言わずに振り返った。貝空はまだ頂を見上げて立っていた。
「……何だ……?」
俯くように顔を戻して、言葉を漏らす。誰に言った訳でもなさそうだ。貝空の顔を覗き込むように身を屈めて、それでも顔は見ないまま、笑顔でその背を叩いた。
「何言ってんの」
Kは落ちた月に挑む様な瞳で正面を見据えた。
「貝空だよ」
「………ふん」
貝空は瞳を閉じて、鼻で嗤った。それでもその笑いは不快なものではなくて、Kはもう一度彼の背を叩いて部屋へ戻った。
寝よう。
明日はいよいよ、凱旋だ。
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