046//理解の国で_4
「おはよー! 起きてる?」
元気に扉を開け放つと、ごっと鈍い音がして何かが崩れ落ちた影が見えた。
「あ。K」
正面には拳を突き出したa。
「おはよう」
「―――…おはよう」
何事もなしと言わんばかりに手首を回して挨拶を返したaに、視線を落としたままもう一度挨拶をした。床で伸びているのはグール。
「…何があったの?」
「ちょっとね」
なんとも言えない気持ちで床で気持ち良さそうに寝続けているグールを見下していると、後からシールも顔を覗かせた。すぐに床に落ちているグールに気付いて眉を顰める。
「なにしてんだコイツは」
起こそうとしたのかは定かじゃないが、シールがしゃがみこんでグールに手を伸ばした。
「あっ、やめた方が…」
aが慌てた様子で警告を発するも、手遅れ。すぅっとグールの腕がシールへ延ばされ――
「―――――!? !!?」
ぎゅうっと、シールを強く抱き寄せた。
「なっ、 なッ!? 離せッ!」
「ぶはははははははははははははッ」
シールは必死に抵抗しているがグールは抱き枕を抱え込むようにホールドして離さない。ごめん爆笑が止まらない。
「寝惚けてるらしいんだよね…」
aが肩を震わせながら言う。笑ってるけどつまり、aもさっきコレを喰らったんだろう。やばい苦しい。蹲って地を叩きながら笑い続ける。
「笑ってないでコイツを退けろッ」
「その内口説き始めるよ」
「やべぇグール楽しいな」
シールが如何に暴れようとグールの拘束から逃れることは出来ない。こっちとしては面白いからもう少し見ていたいのだが。
「おまえらコレを『口説く』と言うのか。ハッ、文化の違いだな」
涙目のシールの服の中に、グールの手が入り込んでいる。あー、口説き始める前にコトを済ませちゃいそうだな。
「仕方ない、止めるか」
「で、今日はどうするの?」
「さって。どうするかねぇ」
グールはaに良い一撃を貰って目覚めが遠のいた。取り敢えずベッドに移してあげたが、もう暫く起きないだろう。シールはご立腹で部屋に戻ってしまった。まぁちょっと可哀想だったので暫くそっとしておくことにした。
そうしてグールが寝ている横でaと雑談をして過ごして暫く。
「…る…ぃ……」
「は?」
不明瞭な呻き声が聞こえてグールへ目を向ける。眉根を寄せて何か言っているが、覚醒している風でもない。寝言か?
「…るさ、い……だまれ…」
寝てんのに横でくっちゃべんなってこと? aがイラっとしたらしく、口を開きかけたところで―…
「うるさいッ、黙れって言ってるんだ!」
怒鳴りながら、勢いよく上半身を起こした。びっくりして言葉もない。て言うか標準語だったろ、今の。
目を見開いてじっと自分を見つめるKたちに気付いたグールは
「――――…あ? どないしたん?」
頭を押さえつつもぼんやりした眼で首を傾げた。
「ただの寝惚けかよッ」
「あだだだだ、何すんねん!」
「ビビったっつーの!!」
「こらっ、やめぇ!」
ふたりでひとしきり殴る蹴るの暴行を加え、少し気が済んだところで距離を取る。
「いった…なんやねんなも~~…えぇ夢見とったのにしつこく呼びよって…挙句にコレかい」
「イイ夢って…」
「っていうか呼んでない」
aのキレ気味のセリフがなければKの邪推が駄々洩れになるところだった。危なかった。
対してグールは納得いかなさそうに首を捻る。
「いや、あんなうるさく――…」
「だから、夢でしょ?」
やだわこの寝惚っけー。グールは首を捻ったまま何処か遠くを見るように
「いや…あれは―――」
海辺の街へ戻ってきた。ボタンさん達が居た街だ。シールはまだご機嫌が直っていなかった。ぶすぅっとしているが、諦めて欲しい。シールが居ないとKぐらんちぇに食べられてしまうので。
「サクラさーん、ボタンさーん」
呼びかけながら家の戸を叩くが、反応がない。留守だろうかと思いかけた時、かちゃりと開いた戸から初めてみる女の子が顔を半分覗かせた。
「――誰? サクラとボタンは今居ないよ。クルマを探しに行ってるわ」
クルマ?
「あなたたちがサクラたちの処に来てた『客』?」
その問いにひとつ肯くと、少女はふんわりした外見に似合わぬ鋭い瞳をこちらへ向けた。
「ならクルマを探してきて。あなたたちを追って出てったんだから」
「そっかぁ。ボタンさんの弟くんクルマくんなんだー」
4人はぼんやりと浜辺を歩く。
「…モテるねグール」
「―――俺の所為なんか…?」
そうなんじゃないかな。
「しかし探せったってなー」
Kたちを追って――というのならと、昨日のルートでぐらんちぇの岩場が見える浜まで来てみたが…
「―――居たぞ」
シールの視線を辿ると、確かに居た。少年がひとり、こちらへ走ってきている。彼もこちらに気付いたようだ。
「あっ、昨日の!」
ただその背後に、ただならぬモノを引き連れている。ただこちらへ走っていた少年は、明確にKたちの方へ走り寄ってきた。
「丁度良かった!」
やばい。いやアレはやばい。Kは顔が引き攣るのを感じた。aは口角が上がっていく。
「助けて!」
少年を追いかけているのは、クソデカい図体の真っ黒なうねり。バチバチと時折火花を散らして、明らかに雷属性であると示している。赤い眼をギラギラと輝かせ、切り裂いたような大きな口からは真っ赤な舌が覗く。
「何アレ~…黒龍?」
ぐらんちぇよりよっぽど禍々しい
「うわ、来るぞK!!」
「aさん嬉しそうね…」
いやまあ、乗り気ではないけれど。向かって来るならお相手しましょう。
「つ、強かった…!」
「じゃ、この子は――…
aがぶっ飛ばして遂に意識を失った黒龍を玄獣化。強かった。そりゃあ
「新たな召喚獣ゲット~」
「――なんか…青龍ちゃんと相性悪いみたいだけど」
『穴』の中を覗きながらaが零す。
なんかケンカを始めたっぽい。同じ召喚獣同士仲良くして欲しいものです。
グールの後ろにぴったりくっついて戦闘を見守っていたクルマ君を振り返る。
「で? なんであんなのに追われてたの君」
「え…それは…」
クルマ少年は途端にキョドり、目を彷徨わせながら両手で自らの頬を覆った。
「呼ばれたって言うか…何となく歩いてたらいつの間にか…記憶が曖昧で―――不気味」
「てゆーかなんでふらっと出てっちゃうのよ! 約束してたじゃんバカー――!!」
どごっと。aを彷彿とさせる正拳突でクルマ君は吹っ飛ばされた。先程応対してくれた少女に。
「いやあの…覚えてた、覚えてたよ? それ迄に戻るつもりで…」
「うるさーい!」
おたおたと弁解するクルマ君を二度目のパンチが襲う。恐ろしい。
因みに少女はサクラさんの妹だそうだ。イセちゃんというらしい。
「――ったく迷惑な」
「
呆れつつも安堵を隠し切れない様子でボタンさんとサクラさんは溜息を吐いた。あのままKたちが出会わなかったら、命は危なかったかも知れない。それはそれとして。
「ニゲルコルヌ?」
「さっきの竜だな」
「あー、
黒龍と呼んでいたけど、黒角というのが種族名だそうだ。大差ない。
「クルマー、お礼言ったの?」
「あっまだ! ありがとうございました!!」
素直で元気で大変宜しい。とはいえ、Kもaも本来此処へ戻る気は無かったワケで。
「お礼ならグールかな」
「そうだね。うるさかったのグールだし」
aが悪い顔している。それをクルマ君がどう受け取るか解った上で、グールへの嫌がらせだ。
「え」
「クルマ君をユメに見たんだってさ? 不思議だねー?」
aに乗っかって、グールを肘でつつく。グールは大層不快そうにするが、真実なので強く反抗はしてこない。
「え…」
「!!!」
頬を赤らめたクルマ君を見て、イセちゃんが跳ねた。思いっきり頬を膨らませて、ぽかすかと無言のままクルマ君を殴り続ける。そう威力はないようで、腕で軽くガードしながら困惑しつつもクルマ君はその攻撃を受け続けている。
その脇で、グールはじぃっとボタンを見つめていた。
「 ? 何?」
サクラは警戒態勢だ。ぐるる、と身を低くしてグールに牙を剥いている。
――ねぇ、もう一度戻ってきてくれないかな?
少年がひとり危機なんだ
助けてくれると嬉しいな
ね、頼むよ ――
夢の中でうるさく呼びかけてきた人物の姿がボタンに重なる。よく似た顔。けれど、違う顔。
あれは何だったのか。
きょとんと自分をまっすぐ見つめ返すその顔をいくら眺めても、答えは出そうになかった。
「―――何? クルマ嫁に貰ってくれるの?」
「――要らん!」
街外れの山際から、街と海を見下ろして老人はひとり小さく笑った。
「なんとも、今代は血の濃い者が多い」
かたわらの猫を撫でる。猫はぐるぐると喉を鳴らした。
「なんとなく懐かしくなって、つい構ってしまうわい」
腰掛けていた岩から軽快に飛び降りる。
「さて。帰ろうかの、レザンや」
老人の姿が霧のように霞み、消える。代わりに現れた白い毛並みの大きな竜は、翼猫を伴って悠々と北の空へと飛んで行った。
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