045//理解の国で_3

「わあやった酒!」

目の前に並ぶ酒瓶に興奮気味に手を合わせる。

ニホンでは法律的にまだ飲めない身だが、ビナーでは許されるのだろうか。

「飲んでいいのっ?」

期待に胸を膨らませて視線は酒瓶にホールド。ここで駄目だとは言わせはしない。

「ま、戦勝祝いだ。程々にしろよ」



「ふぅ、ちょっと回ってきた…」

aが火照った顔に手をやって一息吐く。

「あらaさん早いわね」

「Kほどほどにしとけよ」

一応母国では飲酒不可な年齢なんだから、と念を押される。だからこそでしょと笑って、Kはきょろきょろと辺りを見回した。

あそこでお姉さん口説いてるのはグールで、それはいいとして…aがそれを見つけた時の眼は恐かったけど…シールが見当たらない事に気付いてaの裾を引っ張った。

「aさん、シール居なくない?」

「え~? ……あぁ、ホントだ。トイレじゃない?」

「よね。かなぁ」

心配する程のことでもないとは思うけど…。何とはなしに気になって、立ち上がる。

「K? 何処行くの?」

「ちょいトイレ。あそこの馬鹿でも構ってあげてよ」

グールをアゴで指して、笑顔で席を立つ。


さて、行方不明者は…

―――早々に、出入り口で発見された。

「うわ! 何倒れてんのこんなトコで!!」

慌てて傍にしゃがみ込む。テシテシと叩いてみるも反応は薄い。

「うわぁ~………」

流石に困って、近くに居たおじさんに声をかける。

「ちょっとすいません、このコいつからここに倒れてました?」

「へぇ?」

突然話し掛けられたおじさんは一瞬面喰っていたものの、快く考え始めてくれた。

「…っだなぁ…おい、誰か見てたか?」

声をかけられたおじさんの仲間たちは、顔を見合わせ考える。「さぁ」とか「見てねぇなぁ」とかいう言葉が飛び交う中、一人が「あ」と声をあげる。

「そういや暫らく兄ちゃんが出口に立ってるのは見たなぁ。気になって声かけたら『酔うから』とだけ言ってよ。気付いたら居なかったんだが…もしかして出てったんじゃなくて、倒れてたのかい」

「ありゃぁ、気の毒な事を」とか、おじさんたちはまた勝手に騒ぎ始める。

成程。…そういやぁ割とすぐに居なくなってた気がする…

「いや、ありがとうございました」

礼を言って、グールにでも運ばせようと考えていると、おじさんたちにジョッキを差し出される。

「まぁまぁ、兄ちゃんあんたじゃ運べないだろ。起きるまでおじさんたちと飲んでこうや!」

「いやぁ、でも一応アテは居るんで」

「そぉかい? まあ一杯!!」

笑顔で断るがおじさんも食い下がる。困ったKは暫し逡巡の後、諦めて笑った。

「じゃあとりあえず人呼んでくるんで、こいつ見ててあげてくれます?」


「あーらーさー……」

ん の姿が見当たらず、数歩歩いて足元を見下す。

「…………………」

あの少しの間に、何が。

テーブルの影で、aがグールに被さるようにして…いやどっちかって言うと押さえ付けるようにして、二人仲良く眠っていた。

「aさーん」

ゆさゆさ。揺すってみても意味のない呻き声しか出てこない。グールにシールを運んで貰おうと思っていたのに……三体の死体を前にして途方に暮れる。

「……むぅ」

とりあえず足元の二体を『穴』に突っ込んで、残りを回収しにおじさんたちの元へ向かった。



「……どうすんのこれ」

独り言は少ない方のKだが、その状況を前にどうしようもなく、とりあえず声に出して呟いてみた。

目の前に死体が三体。

aとグールは折り重なって倒れている。気持ち良さそうに爆睡しやがって…爆酔だ。

部屋はいつも通り二部屋。このままグールとaを同じ部屋に寝かせてもいいものだろうか…。aを引き摺って別室に転移すべきか。

暫らく思案して、結局全て放置する方向に決定した。三人をこの部屋に放置して一人別室を使わせて貰う事にする。そうすればaに危険も無いだろう……多分。


夜風が気持ち良さそうだったので、Kは部屋がある階である二階の渡り廊下を歩いていた。もう少し行くとテラスみたいなものがある。そこで月でも見ようと思っていた。

テラスには先客が居たようだ。月明かりに透けているその姿は。

「――――…タクリタン?」

声に反応した影が、ゆっくりと正体を現す。

「――なんだ、貝空…」

そうだ。もうタクちゃんが現れる筈がない。

「どうしたの? っていうか…また勝手に出てきて…」

「べつに。月に呼ばれた」

「まぁ、満月でも三日月でもないけど確かにいい月だよね」

貝空は無愛想だ。タクちゃんみたいにふわりと微笑むことはないし、言葉も乱雑。人型をとればそっくりなのに、似た処は感じ難い。特に命じた訳でもないが、貝空自身普段あまり人型はとらないようだ。主人の心の機微を感じての事かもしれない。

特に会話もなく、ただ二人で月を見た。平凡な、見慣れつつある二つの月。白く温かく優しく輝く老月と、青く冷たく鋭く輝く煌月。質もあり方も違うふたつの光は、それでも似ていて、同じ名前が付けられた。

月―――…。

「そういえばさぁ貝空、マスカルウィンに縛られてた時の記憶ってあるの?」

「あ? いや?」

「でもいろいろ知ってんじゃん?」

「―――俺の記憶じゃねぇな、多分」

あ、そっか。じゃあタクちゃんの……

「ねぇ」

「あ?」

「何処まで知ってるのか知らないけどさ、Kたち最初にね、タクちゃんにゲームを挑まれてるんだよ」

"ここから始まり、おまえたちが何処まで行けるか。見せて貰おう"

あれは、Kたちが諦めさえしないなら、還るまでずっと見守っててくれるってことだった。タクちゃんは、Kたちの大事な保護者だった。Kたちが還れるかどうか、その答えはまだ出ていない。

不意に、貝空が口を開いた。

「その答えは―」

「え?」

月明かりだけの青い闇の中。

星は昇る。

薄明かりの中に刻まれた笑み。

風が、言葉を攫う――――



「おょ?」

部屋の戸を開けると、薄暗く星明りに照らされて誰かがベッドに腰掛けていた。

「―…だれ?」

目を眇めて慎重に問う。手は取っ手を掴んだままだ。

「俺」

眉根を寄せながらも、その声に安心してKはそっとドアノブから手を離した。

「起きたか。ていうかこっち来ちゃったら駄目じゃん。あっち二人きりになっちゃうじゃんよ」

「俺に床で寝ろってのか?」

不服そうな声はするものの、灯りのない部屋では何も見えない。

「なんだあの二人遂に離れたの」

手探りで灯りを探す。

「あ、点けるな。障る」

「え、…しゃあないなぁ。見えないじゃん……うぉ」

何かに蹴躓きながら空いたベッドを目指す。

「じゃあ後でグール回収して来るわ」

大きく欠伸しながら辿り着いたベッドに倒れこむ。

「俺はベッドで寝られればいい」

ぼす、と恐らく彼もベッドに倒れ込んだのだろう音がする。

「あ」

全く、仕方がない。グールを回収に行こうと『穴』を開きかける。

「もう体調は万全か?」

「はぇ。あ、うん」

寝たんだと思ってたシールの声に大仰に驚いてしまった。

「アイツら羽目外し過ぎだろ。…おまえはちゃんと楽しめたか?」

「一応ね。でもシール居ないんだもん。まさかあんな所で倒れてるとは思わなかった」

楽しんだ量で言えばKが一番かも知れないと思いつつ、意外に起きちゃってるようなのでベッドに深く腰を降ろした。

「…どうにも弱くてな。みっともなくて悪かった」

「あ、いやいや。お酒ダメなら言えば良かったのに。…あー、Kの所為かな…無理に付き合わせたんならごめん」

酒だー♪って目輝かせてたのKだし。

「でもあんな所で倒れてちゃ、どんな目に遭ったか知れないよ。あのおじさんたちが悪い人たちじゃなくて本当良かった」

「…あー…、一応聞いておきたいんだが」

「何」

「何がどうなってた」

珍しく不明瞭な問いだ。恐らくそこには自身に対する恥じらいやその後の様子に対する不安が含まれているのだろう。掻い摘んで説明する。

「えーと、皆で飲んでて、シールがいないなぁって話になって、グールが酔って誰か口説いてるのをaさんが止めに行って、Kがシール探しに行こうとしたら出入口付近でシールが寝てて、aさんかグールに運んで貰おうとしたら二人で仲良く寝こけてやがって。仕方ないから近くのおじさんたちと一杯やってから皆纏めて持って帰ってきたんだよ、Kが」

最後強調。

「なんでそこで『仕方がないからおじさんたちと一杯』になるんだ」

「だって折角なのに皆寝ててつまんないじゃん。まあ死体が三つもあったから本当に一杯しか呑んでないんだけどね。シールもせめて部屋に戻ってるとかさ」

「だから、悪かった。運ばせた事にも礼を言う」

「あー、いいよその辺は。でも本当、気を付けなよシールは」

この子は絶対危ないと思うよ。

「ん、あぁあああ」

大きく伸びをして倒れ込む。流石に眠くなってきた。飲酒量はともかく、もう夜遅い。

「ふぁあ」

「明日もある、おまえももう寝ろ」

「あー。じゃあ、グール回収してくる…」

「爆睡してたぞ、そんな心配も要らんだろ」

「…ん、そぅ…まあいっか。じゃ、ここで。おやすみ、シール」

「ああ、おやすみ」

ああ、なんだか、良い気分…。今頃回り始めたのかな。闇に慣れた目にカーテンの向こうの明かりが眩しい。

そのままゆっくり目を閉じて、安息の紫幕が降りてきた…。

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