044//理解の国で_2
いくつもの水泡がゆっくりと、あるいは素早く昇っていく。
「はあぁぁぁ…」
漏れ出すのは感嘆の息。
「これは…アクア通路…」
「よかった、寒中水泳じゃなくて」
海底に敷かれた通路を覆うのは驚くほどの強度を持った透明の素材。頭上を魚の群れが行き交い、遥か天上で海面が煌めく。
「耳が痛い」
「耳抜き耳抜き」
海面が視認できる程度とはいえ海底。
グールは気圧に敏感なようだ。そういえば、コクマではグールは塔の最上階まで来てなかった。ついて来ていたら体調を崩していたかも知れない。
「しかしコレすごいなぁ…強化ガラス?」
「特殊な法石だな。高圧耐性、衝撃にも強い」
しかも透度も高い。結構な分厚さだけど、キレイに透明だ。
ガラスに張り付いて外を見ていたら、
――どぷん
シールとふたり目を見張る。
「――…うわあ…」
ものすごい影が横切った。
「地上…!漸く地上や…!」
は~~~~っと大きく息を吐いてグールが肩を落とす。どうやら気圧酔いしたらしい。けど、ちょっとKはそれどころじゃない。
「…あのねー、さっき海底ですげぇの見たんだよー」
「へー?」
aは素直に耳を傾ける。
「…でねー、今頭上にすごいの居るんだよー」
「――へ?」
ゆっくりと視線を上げるa。
もうソレの陰が落ちて、一帯を暗くしている。
「グランチェスカ……海底の
シールが呟く。
わざわい……ははぁ。嫌な予感しかしませんね。
引き返してボタンさんとサクラさんの元へ。ぐらんちぇの話を聞きに来た。
「あー、珍しいね。滅多に上がって来ないんだけど」
「姿を見せる時は悪い事が起こる時って言われてるね」
「おっとこれは……」
イヤなタイミングだ。完全にKたちが釣り上げたみたいに見える。
ドンドンドン、とノックの音。
「グランチェスカを連れてきた旅人を匿ってると聞いたぞ!」
「…だって」
あっさりした様子で玄関からこちらへと目線を変える家主のふたり。
「しゃーねぇ、行きますか」
「そうだね。お邪魔しました」
4人仲良く縛られて、波に囲まれた岩場で日光浴。人柱的な感じだと思う。Kとaが大人しく縛られた所為か、グールも抵抗しなかった。意外。動力不明のスピードボートで沖の岩場に放置され、ぐらんちぇの沙汰を待つばかり。なのだが。
「これいつまでこうしとけばいいの?」
「グランチェスカが贄を決めるまで?」
当のぐらんちぇはKたちの頭上を悠々と泳ぎ回るばかりで、近付いてくる気配もない。
「もう解いてえーか」
「いいんじゃない? 見張り居るワケじゃないし」
プツリと縄を切る。グールはたぶん自前の爪で。Kは刃物を召喚して。
立ち上がってうーんと伸びをする。岩場にベタ座りは結構キツかっ……
「ぎゃあッ!!?」
ぐらんちぇが突然こちらへ突っ込んできた!
K!? Kなの!? Kに決めたの!??
慌てて避けようとするが──
海の岩場で走るの、ダメぜったい。
滑った! 転ぶ──
世界がスローモーになる。
にたりと嗤うぐらんちぇの、大きな大きな口が迫───
「……いっ、てて……」
転んだ。
思ったのと違う衝撃。岩場に打ち付けた痛みではなく、ゴリゴリとした……
いやそれよりも。ぐらんちぇの襲撃が止まっている。ピタッと。直前で大きく口を開けたまま止まっている。
???
じっと見ていると、やがて口を閉じてまた悠々と泳ぎ出した。
「???」
見回す。グールは立ったままだから、立ち上がったのがお気に召さなかったワケじゃなさそうだ。
aが漸く自分の縄を解いて、低い姿勢のまま近寄ってきた。
「大丈夫?」
「なんとか!」
「じゃなくて、下」
下?
「……いい加減、退け」
あぁ。この固いクッションはシールか。
「ごめんごめん」
aがシールの縄を解いてやる。ふるふると頭を振りながら、シールは姿勢を正す。
と、再びぐらんちぇが突進してきた!
Kに!
「なんなの!?」
慌ててシールに飛び付いた。
すると。またしてもピタッと、ぐらんちぇは攻撃を止めた。
「護符!? なんらかの免罪符!!」
意味が解らないが、とにかくシールの極々近距離に居る間は襲われないらしい。
「なぁるほどなぁ。ヴァイスが懐く筈だ」
「「「!!?」」」
今度はおじいちゃんが空から降りてきた!
細い枯れ枝のような老人は、傍らに翼の生えたシャム猫を従えている。
誰かの知り合いかと首を巡らすも、皆ノーの顔をしている。
「儂はブラクザイア。普段は『曠真』と名乗っているが、お主らにはこう名乗ろう。こっちはレザンビークじゃ」
「ぁぁ…じゃあおまえが、この間ヴァイスをボロボロにした──」
シールがおじいちゃんの名乗りにそう返すと、aが「ひぇ…」と顔色を変えた。え、全然解らない。ヴァイスって何。誰。
おじいちゃんが持っていた杖を…杖?まぁいいや、それを岩場にコンッと、垂直に落とすように打ち付けると、一瞬だけ耳鳴りのような衝撃が走った。
「さて嬢ちゃん。もう手を離してやりなさい。大丈夫だから」
言われて、恐る恐るシールの首から腕を外す。
……襲ってこない。てか、完全に硬直している。ヒレは風にそよいだままで、辺りを見渡してみれば──
「波まで止まってる…」
「儂は時の支配者じゃからのぅ!」
おじいちゃんはフフンと胸を張る。
すごい。これは素直にすごい。時間よ止まれは流石にK達にもまだ出来ない。
「おじいちゃん、助けに来てくれたの?」
「おお、おじいちゃんか!では曠真爺と呼んで貰おうかの」
曠真爺はにこやかに笑って首を振った。
「見に来た」
何故かその一言で、少し寒気がした。
「グランチェスカは国を護ろうとしておるだけじゃ。お主が此処を去ればまた眠りに就く」
え。ナニソレ。Kが『禍』ってこと?
「疲れたー」
ぼふりと顔面からベッドに突っ伏す。
「あの爺、全然説明してくれないし」
曠真爺は本当にKたちを「見に来た」だけらしく、助け出された後も結局諸々謎のまま、彼は去っていった。シールと居ると襲われない理由に関しては、「そういう体質なんじゃろ」と訳の解らない返事をくれたが。
流石にボタンさんたちの家には戻れなかったので、少し離れた街に宿をとった。宿泊施設が多いと言うか、観光施設が整っている街だ。宿に食事処に温泉にお土産屋。ティフェレトの大通街とはまた違う、観光メインに栄えた街に見える。
さて。Kは温泉は興味ないのだが──
「そーいやーさー、下、酒場ついてたよね」
「あー。あったね」
受付の奥に広~い酒場がついていた。まぁ年齢的にお酒はともかくとして。
「ゲブラーのさ、祝杯あげなきゃ!」
「じゃあ
「…なるほど。手配しよう」
変な間はあったものの、快諾!
「やったー! Kはエビフライが好きです!」
「あるといいな」
あるでしょ! 流石にあるでしょ!……エビさえ存在すれば。
「城に戻ってからもパーティーが催されるだろうが、楽しめるものじゃないだろうからな」
「ひえ」
出来たら逃げたいような予定を聞かされた。食べて忘れることにしよう。
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