043//理解の国で_1
「寒い…海上は寒い…」
フェニックス君の背で震える。流石に秋口の北国で上空遊覧は寒すぎた。
眼下には穏やかに広がる大海原。昨日越えてきた時は夜だからと思っていたが、日中でも容赦なく寒い。
「あっちに
グールの示す先にはふたつの人影。海岸線で手を繋いだり頬を触り合ったりキスをしたり──
「寒い!! 心が寒い!!!」
両腕を上げてエネルギーをチャージする。
フェニックス君が「背で騒ぐな!」と怒っているが気にしない。
「おい、何をする気だ」
「ほゎッ!?」
真に受けたシールに後ろからホールドされてチャージ中のエネルギーが頭上で暴発。
「なッ…!?」
バランスを崩したフェニックス君の短い悲鳴の後──
「ちょ…ッ、なにしてんのふたりとも!!」
「だってシールがっ」
「だってコイツがっ」
「だから背で騒ぐなっつったんだよ!!」
ぼっちゃぁ───ん!!!
「…最悪だ最悪だ…」
もこもこ毛布に包まって、ソファーの上で膝を抱えて震え続ける。海に落ちた上、件のバカップルに拾われてしまいました。
aとグールは今服を買いに行ってくれていて、シールはKの隣で機嫌悪く座っている。家主たちは温かいものを作ってきてくれると言って居なくなったから多分台所だ。
「シールそれ下気持ち悪くないの」
「脱げるかバカ」
上はあっさり脱いでる癖に。
「また風邪引かせちゃオーサマに申し訳が立たない、脱いじゃえ!」
「その
「えぇと──」
ソファーの上でシールを組み敷いて攻防していると、遠慮がちに声を掛けられた。顔を赤くして目を逸らすaが、紙袋を掲げて立っていた。
「あらお帰りaさん。これは、ええっと、ちょっと脱がせようとしただけで」
「えっ?」
「おっと。えーと、温めてあげようと??」
「じゃ、邪魔したね??」
泥沼化。
「ほい、襲われる前に服」
グールがシールに紙袋を差し出す。という事はこっちはKの服だ。aの紙袋を受け取って中を出す。
「グールそれ格好良いねぇ。いいなぁ」
「どーも」
黒の上着は見るからに生地が上質で、随分高そうだ。全体的に白っぽい奴なので黒が映える。でも多分あの下はいつものヨレヨレシャツなんだろうな。
Kのはモコモコのセーターだ。かわいい。あったか!
aも暖かそうな厚手の上着を羽織っている。
「グールに着せたら楽しそうなのはいっぱい有ったんだけど、シールが難しくてさ」
Kは今ここでパッと着替えちゃったけど、オージサマはソファーの陰でこそっと着替えたらしい。まぁKはこどもなので。こういうのも特権ですね。
「ああ、良いじゃん。普段と違う格好って…いいよね」
いつもとだいぶ印象の変わる服を着て、少し落ち着かない様子のシールもなかなか良い。
「わかるわかる! 好きな人を自分の好みの服で飾るのは楽しいよね!」
えーっと。突っ込み処がまず2つ。合計3つ程。
家主…バカップルの内のひとり、サクラさんが湯気の立つカップをお盆に乗せてやってきていた。
カップやお椀を合計6つ、テーブルに並べる。中身はクラムチャウダーのような物に見える。
「ありがとうございます、助かりました」
「いや~、この時季に海に落馬は厳しいでしょ。無事で良かったね」
もう少し冷たかったらショック死もあり得たと思う。本当無事で良かった。
「遠洋には人喰もいるから、気を付けてね」
もうひとりの家主、ボタンさんも現れた。
サメとかシャチみたいなヤツだろうか。見てみたい気はする。
「でさ、あんたたちはどうペアなの?」
サクラさんが、突然錯乱した言葉を吐いた。
「「は?」」
こう? それともこう? と、シールとK、aとグールを指したり、aとK、シールとグールを指したりする。
「じゃあ後半の方で」
「ノーペアです!」
痛い。拳骨を喰らってしまった。
まぁ実際、Kとaの組み合わせ以外は歳の差が広いので。犯罪になってしまいます。特にグールは多分20代だし。
「ふーん、怪しいのになぁ」
それでもそれ以上詮索はしてこなかった。
「てか服、レイセンのじゃん。金持ちだね」
空の紙袋とKたちの着ている服を見て、ボタンさんが呟く。どうやらブランド品らしい。
このセーターの編み模様も、シールのシャツのデザインも、何処か『波』を連想させる。
「やっぱり
aが少し青ざめてグールを見ている。あぁ…うん。aもKと同様まだ金銭感覚が解らないらしい。グールは…あの表情から察するに、解ってたんだろうな。でも出資者がさらさら気にしてないから良いと思う。
「あーいいな! お金に糸目をつけず、好きな人に好きな服を着せる! ボタンにあんな服やこんな服を……」
サクラさんはぶつぶつ言いながらクネクネしている。それを聞いたボタンさんが、
「…サクラに…あんな服やこんな服……」
──ボタ…ッ
「!!?」
思わず二度見した。
が、ボタンさんは吹き掛けた赤いモノを全力で拭って涼しい表情を崩さない。
「大丈夫よ、なんでもないわ」
いやいやいや、跡!!手の甲と顔に思いっきり血痕残ってますので!!
サクラさんは「も~ボタンったら~」なんて嬉しそうにによによしてるけどそんな微笑ましい事態じゃない気がする!
「にーちゃーん!」
「あ」
聞こえてきた幼い声に、ボタンさんが顔を玄関の方へ向けた。直ぐに元気な少年が駆け込んできた。
「なんか拾ってきたって…聞いて……ぅゎ……」
うわ??
リビングを確認するなり固まってしまった少年は、今は顔を真っ赤にして俯いていた。
チラッと恐る恐る盗み見るように一瞬だけ視線を上げて、また慌てて俯いてしまう。
なるほど。
「グール、少年にモテるね…」
「まっったく嬉しない」
でしょうよ。
「あんたああいうのが好みなの」
「だってキレイじゃんか!」
呆れたようなボタンさんの言葉に少年は真っ赤になって吠え立てる。
しかしまぁ、そうだった。忘れてたけどグールはキレイなカオしてるんだった。
「じゃあにーちゃんはどれが好みなのさ!?」
そう言って少年はKたちへ向かって手を広げる。え、この中から選べとか酷じゃない?
「えぇ? うーん……あたしなら…」
一人ずつに順番に視線を向けていくボタンさん。全員を見終えると、にこっと表情を変えて振り返った。
「サクラだよ。決まってんじゃん」
「良かった~~! ドキドキしちゃったよ~」
CHA-BA-N!!
とんだ茶番だありがとうございました。
気が付いたら居なくなっていたグールを探して外へ出ると、奴は悠々と海岸沿いを散歩していた。
「ちょっと勝手にいなくならないでよ。どうかした?」
「どうもなんも…堪えられんわ、女同士でイチャイチャと…」
うん。今更だが、サクラさんもボタンさんも女の人だ。にーちゃんと呼ばれていたけど、翻訳の都合上で、そこに性別の意味合いは含まれていない。aは苦笑いで曖昧に同意した。Kは元々そういうのあんまり気にならないので、単にいちゃつきっぷりだけが目に余る感じですが。
「あれ、弟くんは一緒じゃなかった?」
「あー。鬱陶しかったんで追っ払った」
やっぱついて来てたのか。同じタイミングで姿を見なくなったのでそうかなぁとは思ったんだけど。追っ払われた後は何処へ行ったんだろう…まぁ地元民だし心配ないか。
「そういや、グール兄弟っている?」
「知らん」
「知らんって…」
流れでなんとなく尋ねただけだけど、そう即答されるとは。
「うん…シールは?」
少しイラっとしているKの肩を抑えて、aが逸らすようにシールに振った。
「…弟がひとり」
「「「え」」」
「なんだ『え』って」
いや。だって。絶対ひとりっこだと思ってた。
ここでいう「弟」の性別は判んないけど、どっちにしろ驚きだ。そう漏らすと「あたしも」「俺も」と声が上がる。うん。特に下が居るようには見えないよね。
「――…。まあ実質居ないようなもんだ」
王族だもんね。複雑な事情があるかも知れない。
「おまえらは兄弟おらんやろ」
「居るよ。上にふたり」
「アタシも兄がふたり」
ふたり揃って末っ子です。
「うわー」
「なによ『うわー』って」
「想像できへん。どんなんや」
どんなん…暫し考える。んー…
「さあ…関りが無いからよく解んない」
「アタシんとこもフツーに…フツーの兄だよ」
一般人だよ、取り敢えず。
「それよりさぁ、ビナーの海は青龍ちゃんの故郷かも知れないんだって?」
さっきの服のタグや紙袋に、「コルードの生まれる海」みたいな記述があった。字習ったのも遠い記憶になりつつあってあんまり自信ないけど。
「そうなんだ? 呼んでみるか」
言って、aが『穴』を開くと―――
―――ぎゃあああぁあぁス!!!
「うを!? 何怒り!??」
酷く興奮した状態の青龍ちゃんが出てきた。
すぐにハッとして
「しっ、失礼しました…!」
と頭を垂れてくる。同時に、朱い羽根がひらりと舞い落ちた。なるほど。フェニックス君との仲はやはり良くないままらしい。
「そうですね…確かにビナーには私たちの種は多いようですが、故郷というわけではありません」
一息吐いてから、青龍ちゃんはKたちの質問に答えてくれた。
「私はマスターの守護獣として生まれましたので、言うなればマスターの心の内が故郷…でしょうか」
aが「劣悪環境だな」とか言う。うるさい。挙句にグールも顎に手をやって視線を下げ、「おかしい…」とか呟く。
「なにが?」
「あの龍のマスターて
「うん」
「で、あの鳥のマスターが
「うん」
「そうなのか?」
「うん」
そこでシールが聞き返すのでそれにも頷いて、そういやどうしてグールが知ってるんだと気付いた。aが教えたんだろうけど…えぇぇ…知らない間にどんどん仲良くなってってんじゃん。嫉妬。それはともかく。
「で?」
「いや、おかしいやろ」
丁寧な青龍ちゃんがガサツなKから生まれて、不真面目なフェニックス君が真面目なaから生まれたというのが納得いかないらしい。失礼極まりない。aは「はは…」と力なく笑っている。
「しかし…」
もうその話は置いておいて、キラキラと煌めく海に目をやる。
「折角の海なのに泳げないとは」
「あー、それは確かに」
Kは泳ぎは得意ではないけど、浮かんだり潜ったりするのは好きだ。aは普通に上手に泳ぐし、身体を動かすことは全般的に好きだろう。シールやグールは泳げるのかしら。
そんなことを考えていたら、シールがにやりとしながら言った。
「安心しろ。ビナーのターミナルは海底だ」
「「「えっ」」」
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