040//峻厳の国で_3

「よく解んないけど…ターミナルが、力を貸してくれるみたい」

人が取り込んでいた筈のフェニックス君を奪い取ってトンデモ防御壁を展開したaは、軽々とそう言った。

「え、その防壁何度でも出せる? じゃあちょっと今度はそっちに囮お願いしてもいい??」

この隙のなさに困っていた処にその力は大変ありがたい。さて仕切り直しだと思った途端、

『眼』がパタッと銀の羽を降らすのを止めた。

「?」

ぐりん、と大きく開く瞳がこちらへ向く。

「――――へ」

網膜に焼きつく瞳の残像。

その瞬間、世界が回った。

おおう、ぉぅ。

歪む歪む。

aもグニャグニャ。

世界は硬度を失ってしまったのか。

意味不明な言葉の羅列がぐるぐるまわる。だめ、気持ち悪い、死ねそう。


ふわり。


Kの知ってる風が吹いて、体を包んだ。

「―…ふぅ」

気持ちの悪い凶気の渦から帰還する。

「―あれ…」

目を開けると、Kを包んでいたのはうっすらと微笑むタクちゃん。でも、どうしたんだろう。

「タクリタン?」

aが『眼』の攻撃を躱しながら近寄ってくる。タクちゃんは、体が透けて見えた。

「どうして…」

ここに居る事への疑問か、体が透けている事に対する疑問か。aが不思議そうにタクちゃんを眺める。

「私もな、逃げてばかりいたから…この地ではあまり役には立てないが、一緒に戦わせて貰えないか?」

そうか、カミサマだもんね。玄霊の下では神力が効き難いっていう事は、カミサマも存在し難いのかも知れない。朱い大地に透けて微笑うタクちゃんを断る由もない。

「タクリタン…」

「うん、タクちゃん。一緒に倒そうね」

そこへ、また知った赤の旋風。

「ボクもー!」

「ラグ!」

タクちゃんにダイブをかます小さな火の神。極々自然にaの後ろに隠れてしまった。そういやネツァクの時もそうだったけど…。

あれ、それより何故だろう。スクラグスは透けてない。

「なんで?」

「何時ぞやの借りを返しに来たよ」

そうじゃなくて。

「ああ、ラグは最大の信仰を誇る最古の鬼神だからな。私よりも具現能力が高いんだ」

スクラグスはそれに頼もしい限りの笑顔で胸を張った。

「ボクより強い神なんてそうそう居ないんだから!」

そうなんだ、意外。まあでも火の神だもんね。

aの背に隠れ続けているKを、手を突き出した姿勢のままのグールがちら見する。

「おまえホンマにスクラグス苦手なんやな」

「うぅ…なぜかねぇ」

――あぁ。おしゃべりに夢中になってるKたちを護る為にグールは『眼』に縛呪を掛けているんだと漸く理解する。

「ごめんずっと縛呪使わせてて」

「おー」

でもなんでスクラグスがダメなんだろう。無性に落ち着かないというか、本当苦手としか言いようがない。

「そりゃおまえが水属性だからだな」

「げ」

フィン、と綺麗な音を立てて現れたのはジズフ。

「ジズフまで来た」

aが完全に呆れている。

現れざまジズフはやっぱり偉そうにふんぞり返っている。

「ちゃんと伝えただろ、何やってんだおまえら。さっさと自分本来の召喚獣に乗り換えろ」

は? うわぁ。

「だったら初めからそう言え―――ッ!!」

『借りたもの』ってその事かよ!? おかげで死に掛けたんだぞ!? 解り難いどころの話じゃねぇ。最悪だ。

aと共にジズフを責め続ける。

後ろではグールとシールが力なく溜息を吐いていた。

「場に神が三柱…」

「俺たちのカルキストは思った以上に大物だな…」

俺たちの、ときましたか…。誇って貰えるのは結構だけどさ、それならもっと誇らしげな顔しなさいよ。なんで呆れ顔なの。

「何でもいいが倒すなら早く倒して来い。煌天がきたら手に負えんぞ」

「ジズフも手伝ってくれるんだよね?」

まるで他人事のジズフにaが真顔で尋ねる。まあ、このタイミングで来たって事は勿論だよね。めいっぱい嫌な顔をしているジズフも無言で見つめる他の二神の視線に気付いて表情が変わる。

「「「…」」」

負けたのはジズフ。

「…ぁー」

数秒の沈黙の後、頭を掻いて項垂れた。

「しかたねぇなぁ」

弱いな、こいつも実は。

「精神攻撃はある程度カバーしてやる」

精神攻撃って、さっきのあのすげぇ気持ち悪い奴の事かな。それは助かる。あんなの気にして戦えないもん。

「私はおまえたちの力を上げてみるよ」

タクちゃんはKたちの契約神なんだから、それくらいお手の物かも。

「じゃあボクは防御を手伝うね」

どこか楽しげなスクラグス。

「皆…」

aが感動の声を上げようとした時…

「あーっ、もう保たんッ。何くっちゃべっとんねん! 戦闘中やで!! やるなら早やれッ」

ずっとひとりで『眼』を縛してたグールが悲鳴を上げた。

「おっしゃ!」

お疲れグール、ありがとー!

青龍ちゃんを取り込み直して駆け出した。




スクラグスが「お疲れー」とグールに触れると、その疲労が少し和らいだ。

「―…助かる」

「いえいえ♪キミ火と相性いいみたいだからね」

その横では、ジズフがシルータに近付いていた。

「大丈夫か?」

「俺は何もしてないからな」

何もしてないどころか戦闘の場ではお荷物だと自覚している。Kたちの戦闘中、ずっとグールに護られていたのも癪なのかもしれない。

「拗ねるな。やれる事はあるだろう?」

「――何?」

ジズフの言葉に眉を顰める。そんな事があったらとっくにやっている。それが見つからないから不機嫌なのだ。

「おまえ、契約してるだろ。その神の名を思い出せ」

ギン。

空では傷だらけの金の瞳が大地を睨みつけている。それをじっと眺めて…

「成程」

シルータは漸くが自分にしか見えていない事を知った。



大地を大きく削って停止する。

直後、aも後方に落ちてくる。

「さっきより効いてるね」

「だね、タクリタンに感謝だな」

でも、あくまでだ。何か決定打のような手応えが欲しい。

「眼の中心ちょい右上」

「「へ?」」

真後ろからシールの声。こんなに近寄ると危ないよ?

「そこを突け」

「弱点とか?」

「そんなもんだ」

成程? 遠目から観察してる方が気付く事があるって? じゃあ、まあ、狙ってみますか。

掌に溜めたエネルギーをシールの言う通りの場所へ投げつける。aと連弾で数発撃つと、確かに物凄い手応え。直後強大な怒気が立ち込めた。

「ぎゃーっ」

「効いたみたーいッ」

全身がビリビリする。尋常じゃないね、これは完璧に怒らせた。次からの攻撃が恐ろしい。

「―って、お?」

来ない。

「今の内に早倒せ。長くは保たへん」

「グール!」

aが感動の声を上げる。

スクラグスの補助を受け、なお重いとぼやきながらグールが縛呪を掛けてくれていた。助かる。使えんじゃんグール!

「よっしゃ」

チャキ。

青龍ちゃんに乗って上空へ。

コクマで手に入れたあの弓を構える。

遣り方は覚えてる。眼を閉じて、流れを感じて、世界を感じて…


…あれ?


眼。


違う、集中しなくちゃ。


眼。眼。眼。


世界を…


眼。


狂気が流れ込んでくる。世界は狂気に塗り潰されて、その存在を感じられない。道が開かない。流れ込んでくるものは、この場に在るのは全て狂気。


眼。眼。眼。眼。


集中、集中――出来ないよ。


『眼』がぶれる。グールの縛呪が解け掛かってる。急がないと。でも。

「K」

「!」

名前を呼ばれて正気に戻る。

「呼吸を」

言われて、息が詰まっていた事を知る。

「…あ…ごめん」

「呼吸を落ち着けて。もう一度。大丈夫」

うう…

「でも、世界が…」

ぐるぐるしてるんだもん。

ここには

「――馬鹿め」

声がして、下を見る。

疲労困憊のグールの隣で胡坐をかいて、ジズフが高く手を掲げる。

「狂気に呑まれるな。俺が此処に居るんだ。世界はちゃんと此処にある」

その掌を『眼』目掛けて振り下ろす。

「感じてみろ。無という全てこのオレを」

ジズフの片目が何処までも底なしの闇色に染まる。

「―――…」

あいつ、何のカミサマだっけ。



「助かった」

グールがほっと息を吐く。

「ふん」

ジズフが縛呪を掛け直したらしい。

スクラグスが楽しそうに笑っている。

「アタシはその筒使えないから」

何処か不貞腐れ気味なa。

「早く倒しちまえ、そんなもん」

不安そうなくせに強がってるシール。

「―…」

Kの傍でただ微笑むタクちゃん。

じゃあまあ、最後は…

眼を閉じる。

ほらね、そこにはやっぱり先輩の姿。

頑張ってみるよ。



道が開けた。

後は堰を開放するだけ。


バシュ。


矢は綺麗に『眼』の右上辺りを穿った。

ぶわっと霧散する『眼』。

「やった!?」

きゅうぅぅうん…

収束する空間。

「?」

ぎゅん!

「げ」

全身がビリビリと震える。やべぇ、さっき以上に怒らせた。

直後襲い来る銀雨。

ひいいぃぃいいっ!!

「どどどど、どうしようもねーッ!!」

「修復しやがったっ、無理ッ」

aが防壁を展開しながら泣き叫ぶ。もう笑うしかないなぁ、あはははは!!

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