039//峻厳の国で_2

遥か昔の夢を見る。


大地に一人、男が立っている。

血に塗れたように赤い体と剣。

きつく天を睨み付ける瞳。

いつの間にか、背後には女が一人立っていた。

紺碧の長く艶やかな髪を風に流して、天を睨む男を見つめている。


『  』


女は男の背にその美しい細腕を伸ばし―

しかし、蒼色の綺麗な爪の付いたその指は、硬く握り締められた。

気高い顔に憂いを含んで、女は男の背を見つめ続ける。

険しい顔に決意を秘めて、男はただ天を見つめ続ける。


遥かな過去の記憶。

この地に封じられた創国者の記憶を見る。



玄霊が留まるのはターミナル上空。

嘗てゲブラーのカラは、玄霊を抑える為にこの地にターミナルを作った。

戦神と恐れられたその男は、同時に『砦』を司る者。

それは、乗り越えなくてはならない関。

それは、守りの要所。


ターミナルとは、存在を記憶する装置。

石碑であったり機械であったり様々ではあるが、有翼種が生み出した『存在を記憶する』という高度な術式。

転送とは即ち、『存在情報』というデータの転送。

それは利用法の一つに過ぎない。

ターミナルの本来の役割は存在の記憶にある。


記憶はターミナルに留まり、その男は今も玄霊を鎮め続ける。

自らの魂と国を犠牲にし、その存在を留め続ける。


映像は流れ続け、女は石碑に背を向ける。


ターミナル。


彼女にとっては、其処は永遠に彼が眠る場所。

何年十何年と時が経っても、彼女は幾度もその地を訪れる。

ただ何をするでもなく石碑の傍らに腰を下ろし、ただ何をするでもなくつまらなそうな表情カオをしているだけ。

それでも、十何年何十年経っても女は此処を訪れる。


最期に女は一筋の涙を流す。

それは無表情に流され、嬉しいのか悲しいのかも解りはしない。

そして、彼女が其処から離れる事は二度となかった。


小さな石碑の傍らに、細い老婆の遺体が一つ。

それはひとつの物語の終わり。

ターミナルは果たしてその存在を記憶したのか。


男は今でも空を睨んでいるのだろう。

傍らに女の温もりを感じながら。


今またひとつの終わりが来る。

破壊と創造の兆しが近寄ってくる。

世界は静かに時を待つ。

朱色の破壊神の訪れを、赤色の守護者の訪れを、

ただ静かに天を仰いで待つ。






赤の大地。

今日も空には凶悪な金の瞳が我が物顔で居座っている。

「あれ、下のがターミナルなんだ」

今更ながら、その存在に気が付いた。

「あぁ。見たのは初めてだが、昔からターミナルの上空にアレが居ると言われてるから多分そうなんだろ」

結構適当な答だ。

「別にアイツ倒さんでも、あそこに行くくらい出来そう違う?」

「まあ、出来なくはないかも知れないけどさ…」

それはもう、今更だ。もうアイツは倒すべき敵として認識しているし、向こうもそうみたいだ。

「これだけ離れてるのに超睨まれてんじゃん。難しいんじゃない」

aも溜息を吐いてターミナルを見ていた。

「…ターミナルさ」

「あ?」

『眼』の下にあるのは小さな石碑だ。

「なんか、襤褸ボロくない?」

今迄のターミナルも石碑が多かったけど、比べてみてもゲブラーのターミナルは貧相な気がする。

「そうだな。小さい…というか…」

貧相だ。

「言われてみれば」

ターミナルが転送装置だというのなら、イェソドやマルクト並みに立派じゃないとしっくりこない。そういえばネツァクのも此処までじゃなかったが少々小さめだった。

うーん…。

「そもそもアイツなんでターミナル上空に陣取ってるの?」

「さぁな。玄霊に関しては現存する資料が少ない」

謎だらけってか。

「ま、いっか」

解らないなら考えたって仕方がないし、今はアレを倒す事が先決だ。

「――行くよ」

相手にも言葉が伝わったみたいに、瞬間的に襲い来る銀の羽。フェニックス君を取り込んで、躱しながらも反撃する。

『眼』は一睨みですべてを灰燼に帰さんとし、Kたちはそれを避けるので精一杯だ。

弓を引く隙もないギリギリの防衛が続く。

「うわっ」

「aさん!?」

aが青龍ちゃんから叩き落された。銀色の矢に顔の真横を貫かれて、衝撃波で吹っ飛んだらしい。




「――ッ、」

背中を強かに打ち付けて息が詰まる。

起き上がろうと思って掴んだのは小さな石碑。瞬間、何かが流れ込んできた。

フラッシュアウトする視界と意識。

「aさん!?」

Kの叫びを遠くに聞いて、頭を振る。

「――~、…?」

よく解らない。

でも、そうか。この石碑、襤褸くてもちゃんとターミナルなんだ。

はっきり言ってターミナルが何なのかよく解ってないけど、確かに何らかの不可思議なパワーを感じた。

「これ…?」

石碑に手を当てたまま首を傾げる。

と、

「わっ!!?」

横から思いっきり引き寄せられてバランスを崩す。

横を掠る銀の死矢。

「阿呆! 戦闘中にボケッとすな! 死にたいんか」

「ご、ごめん。ありがとうグール」

まさかグールに助けられるとは思ってなかった。

「どうかしたのか」

グールに当然の如く護られてるシールがアタシとターミナルを見比べる。

「うん…ターミナルから変な声が…」

「わー! ちょっと! ちょっと!! そっち狙われてる! ヤバい! これ次多分凄いの来る…!!」

離れた場所からKの悲鳴が響く。

天空で『眼』が今迄にない強大な力の塊をチャージさせ始めた。

「げ」

標的は三人。aとシールとグール。

避けるには些か大き過ぎる力の塊。この辺一帯まるごと無に帰すつもりらしい。

「………」

迫る力塊。

「何しとんねん! 早逃げな…!」

銀の光は、全てを呑み込もうと膨れあげる。

あれを叩き付けられたら確実に死ぬ。


そして、光が弾け――



「わーん!! 生きてたぁ!!?」

いまいち状況が理解できないまま首を廻らす。

こちらに向かっておろおろと叫ぶK。後ろには特に変わらない様子のシール。横には何が起こったのか解らず呆然とするグール。

ターミナルの周辺には、ぱり…と帯電したような音を立てる薄い膜が張られていた。

「……今の、誰…?」

呟きに答える者は居ない。誰にも聞こえてないのかも知れない。

光が弾けた瞬間、血塗れの剣を持った赤い男を見た気がした。知らない筈のその影が何処か心に引っかかる。や、知らない筈なんだけど。

「なんや、今の…」

「よくわかんないけど良かった――!!」

グールほどの驚きは抱かない。なんでだろう。本当に幽かに、予感があった。――この石碑は『味方』だと。

「今の、石碑からなの…?」

襤褸ボロくてもターミナルだ。何が起きても不思議じゃない」

そういえばもうひとりあまり驚いていなかった男は、そう言って冷めた表情カオをしていた。

「ターミナル、ターミナル…」

無意識に小さく声が洩れる。

引っかかる。この石碑は…

「うわっ」

ドシュッと、目の前に降り注ぐ銀色の矢。

危ない危ない、本気で油断してた。

「おーいK、ちょっとあの『眼』引き付けといてくれない?」

「ウソでしょ…!!?」

青龍ちゃんに乗ったKが頑張って『眼』を引き付けておいてくれてる内に、石碑に近寄る。これに触れてが視えた。

石碑ターミナルがどうかしたのか?」

「うーん…」

石碑に手を伸ばす。指先が触れ、掌でなぞる。すると。



血塗れの剣を持って、男は天を睨みつける。赤く染まったまま、男はただ天を睨む。背後には青の爪牙を持つ女。

男はただ、この凶悪な力をこの地に縛り付けると決めた。女はただ、何も言わずに彼の背を見送った。

この地を死地に変えたのではない。死地をこの地のみに留めたのだと。

語り継がれる事のない英雄。それは、誰にも語られる事のない、世界を救った男の話。

彼は待っている。何百という時を経て。彼の力では留めるにしか至らなかった、その存在を消し去れる者の訪れを。

赤色の戦神と恐れられた男が封じた。神殺しの名を持つ男が挑んだ。それでもなお、その瞳は健在。

彼らは待っている。ただ、それを消し去れる者の訪れを。全ての神が、多くの無念が、人々の祈りが、惜しみなく力を貸すだろう。ただ皆、時を待つ。


―その背に、燃える翼が生えた気がした。


思考がトんだ。

「うゎ、ぅ、うわ…っ」

突然、莫大なが体を突き抜ける。

瞬間、凄い勢いで『眼』がこっちを向いた。

間髪入れず叩き付けられる衝撃波。

「―――ッ!!」


盾。

それは絶対の防御力を約束する、ゾファスの盾。


目の前に展開した防御壁は次第に薄れていく。

「ひぇ…aさん?? ナニソレいつの間にそんな技を」

訊かれたって解らない。今度は石碑が勝手に張ってくれたわけじゃなさそうだ。今のは掲げた腕の前に現れた。まるで、自分で出したみたいだった。

「すげ…今のを防ぐんか…」

呆然とグールが口にする。

盾を出した本人が一番驚いている。手を握ったり開いたりしてみるが特に異変は感じられない。変わった事といえば――いつのまにか、フェニックス君を取り込んでいた。

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