038//知恵の国で_3
「わーーーーーっ」
next morning。
外からはまたあの魔術師の悲鳴が聞こえていた。
「何やってんのかねぇ。気になる」
ベッドで寝返りを打ちながら窓の外に意識を遣る。
aは今の悲鳴で完全に目が覚めたらしく、髪を梳かしながらKに起床を促してきた。
それにやる気なく返事を返して、二度目の眠りに落ちていった。
昼。
「ぎゃーーーーーっ」
まだやってるらしい。
北の薄い青空を灼熱の赤で縦に切り裂く。
「あ、居た。…って、あれ何?」
上空から見下げると、塔の最上階で魔術師が何かと戦っていた。
「え? ホント。何アレ」
aにも解らなかったか。
なんていうか、魔術師が頑張って戦っているのはどう見てもでっかい猫だ。巨猫はシャアアッと恐るべき威嚇音を放ってちっこい魔術師に猫パンチを繰り出している。そこはかとなく、微笑ましい…ねこじゃらし?
「何やってんの?」
フェニックス君を魔術師に近付け、上から声をかける。
「討伐しようとしてんだよっ!!」
叫び散らす魔術師にaが素で不思議そうに聞き返す。
「猫を? ――傷付けたり殺したりしちゃダメって事?」
あぁあぁ。巨猫のあの傷具合から言ってそれはないでしょう。無敵を冠するaには解らない、力ない者の哀しみか…。
「――…こうなったら…」
案の定その言葉にダメージを受け戦慄いていた魔術師が、腰に手をやった。ちゃき、と何処かで聞いた事のある音が鳴る。
魔術師は猫を見据え、その物体を構えた。
「―――」
これは、デジャブ。
「何アレ、筒?」
aの声が遠くに聞こえる。
「――あの弓、知ってるかも…」
それは自然に洩れた呟き。
「弓ぃ?」
aの不可思議そうな呟きも当然。あの筒は絶対弓には見えない。それでも、それが弓であると、何故か―
魔術師の筒を持った指先に何かが収束していく。キュンと小さく音を立てて集まった力の塊が、周囲から更に力を集める。
きゅいいいぃぃぃいいぃぃいいいぃ―…ん
猫を倒そうと焦った心で弓が引かれていく。
「…えーと」
――ダメだ、それじゃあ。
「aさん、ちょっと逃げよう」
「へ?」
aがこっちを振り返った時、既にその後ろで巨大な光が弾けていた。
「うわあぁっ」
パンッ!
暴発した弓に弾かれて仰け反る魔術師が一瞬見えて、
――ああぁあ…。
だから、そうじゃないのに。
視界は完全にホワイトアウトした。
朱い赤い夕暮れの塔の上で彼に出会う。
笑う青年とタクリタン。
その肩で牙を剥くスクラグス。
知る筈の無い夢を見る。
輝く
艶やかに咲く
一条の、
『よう。頼むぜ、後輩』
その終わりに悔いは無い。
ただ一つ、彼の涙が気掛かりだった。
この終わりに悔いは無い。
ただ、彼の笑顔が見ていたかった。
この地位よりこの身より、 きっと世界なんかよりは確実に。
『あいつに自慢したかったんだ。玄霊倒したってな。それでこのザマ。後を託すぜ、おまえらに。あいつほら、不器用だからさ。誰かが手を引いてやんねぇと動けないんだ。俺ももう一度、手を貸してやる』
「………」
…任せとけ、先輩!
『眼』もタクちゃんも、ぶん殴っといてやるさ。
「――――――アレ。平…気?」
呻き声を上げながら魔術師が身を起こす。
「この弓は」
「――!?」
傍に転がった魔弓を拾い上げて、勝手に構えてみる。
何も考えず。
何も望まず。
きゅううぅん…
ただ、無という
さわ、と心地よい感覚が身を包む。これが魔力って奴なんだろうか。フェニックス君を取り込んだ時に少し似ている。
心を空にする。
ああ、成程。世界のエネルギーの流れを感じる。弓の先に出口を感じる。
後は、指先の扉を開くだけ。
バシュッ。
ギャゥオウッ!!
「こう撃つのさ、魔術師さん」
のた打ち回る巨猫。
「――――――な」
魔術師は驚愕の瞳でKを見上げ続け、
「なんであんたなんかがその弓使えるんだよっ!その弓は…っ、その弓はなぁッ!!」
彼特有の勢いを取り戻し、地面に腰をつけたままにも拘らずそう喚き立てた。個人的には続きを聞いてみたかったのだが、その直後、突如目の前に現れた女性の顔にビビって身を引く。その顔の持ち主は、一秒前までKたちの居た煉瓦に勢い良く鋭い爪を突き立てた。
ひぃいっ。
むちゃくちゃ危なかった!
この謎の危険人物の腕をaが後手に掴み上げる。
「シャアァアッ!!」
激しく抵抗するも、aの拘束からは逃れられない。
「ニアミッ!?」
捕らえられた彼女を見て魔術師が叫ぶ。
にあみ…? それどっかで聞いた。
「――って…あー。ネツァクの」
最早ネツァクが遠い記憶だ。懐かしい気さえする。ニアミは確か、ネツァクで神殿の上から降ってきたあのにゃんこサンだ。獣人族とかいう…。
「そのネツァクのと同じ奴だぞ」
え。いつの間にか横に立ってたのはシールだ。
「どうやってきたの?」
「飛竜で」
成程。塔にはそういう移動手段が備わっているのか。
「てかどういう事? 色々違く見えるけど」
「凶化したみたいだな」
素手で押さえつけるとはマジですげえ奴、なんて呟いて魔術師の隣に立つシール。
「凶化…か」
呟いたのは魔術師。
魔術師が立ち上がるのを見ながらシールが考察を述べる。
「恐らくはこの間玄霊を変調させちまったのが影響してんだろうな」
「
立ち上がった魔術師は自嘲気味に続ける。
「弓に玄力を削がれて姿が戻ったってか。放っておいたら強い玄獣になったかもな」
え。
「玄獣になれんの?」
玄獣っていうのは玄獣として生まれるものだとばかり。
「極々稀だが、まあ偶には」
そっか、たぶんカミサマと同じようなモノなんだな。ジズフみたいに、偶にヒトから神が出来るみたいな?
「それより、この子どうするのー? 暴れるんだけど!」
流石にそろそろ押さえ付け続けるのに飽きたらしいaが抗議の声を上げた。
とたん、
「 ! あ、え?」
どこからともなく数字の羅列が流れ出てニアミを取り巻いた。
ふらりと力を失くすニアミ。そしてそのまま、小さな蕾型の透明がかった石になった。
「え」
「わ…ニアミが石になった!!」
すげぇ、どうなってんだろう。
「封術は特に得意なんだ。今回の試験は失敗だったが…」
魔術師は憮然とその封石を拾い上げると、杖を振り上げた。彼の仕業だったらしい。
「もう此処に用はない。帰る」
「あ。待って」
Kの呼び止めに小さく振り返る魔術師。
「玄獣化とか弓の事とか…聞きたいんだけど」
大体帰るってさ、弓K持ちっ放しなんだけど。右手の弓を掲げてみせる。
「―――…。そこの物知りに訊いたら」
無表情でそれだけ返すと、本当に帰って行ってしまった。
「うぉー、逃げられた」
「弓、いいのかね」
aがKの手の中の弓に視線を落とす。
本当にね。いいって言うなら、いいんだけどさ。
夜。
今Kはイノクンを抱えてベッドに寝転んで、傍らに浮くタクちゃんの話を聞いてたりする。
「その弓は―『力』を削ぐ。玄力・魔力・煌力…あらゆる『力』を」
「ふーん…」
眼を瞑って受け流す。聞いていないわけじゃない。
「…彼らには話を付けておく。出来ればその弓を…―使って欲しい」
―――…
「うん」
何かが気に入らない。でも何が不満なのかは解らない。タクちゃんに当たっちゃってるような気もする。でもよく解らない。
「かなうといいね」
叶うといい。敵うといいね。
「ずるい言い方だと思うが――期待している」
「うん、光栄だよ」
期待が積もる。これはますます、負けらんないんじゃない?
「は? ゲブラーへ行く?」
綺麗な三重音。
「マジか?」
「うん。『眼』倒す手立ても見つかったしね」
今はほら、勢いついてきたから。早い方がいいと思うし。
「まあ、体調も回復したし? いーんじゃない?」
aが伸びをしながら言う。
「ま…おまえらがええ言うんなら」
多少不服気だがグールも同意した。
「ターミナルもまだ色々後処理中で参拝停止中らしいし。…シールもいいかな?」
「ああ。コクマの誇る魔弓の威力、見せて貰おうか」
あら。この弓、有名な品なのかしら。使い終えたら返しに来なきゃ。
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