037//知恵の国で_2


ざざん、ざざん…


波の音が響く。

遠くに微かに猫の声も混ざって聞こえる気がする。

「赤い塔。荒波。カラス。夕焼。赤い空。赤い月。赤い海」

塔の上。

寄せ来る赤波をぼんやりと見ながら見たままを羅列する。

「赤い…マスカルウィン」

背後にその気配を感じながら、振り返る事なく呼びかける。

「タクちゃん、Kね」

…。

「ごめん、なんでもないや」

巧く言葉に出来なくて飲み込む。

「…K…」

タクちゃんは静かに微笑んでKの隣にしゃがみ込んだ。

「話しておきたい事があるんだ」

そう言って、少し覚悟を決めたみたいな表情カオで。


「おまえたちの前に玄霊に挑んだ者がいる。挑む事を強いられた、と言った方が正しいかも知れない」

脳裏に薄く何かが浮かぶ。

「それが、七年前?」

さっきの魔術師が言っていた、コクマの魔術師の事だろう。

「…そうだったかな…。悪いな、人間とは時間感覚が違ってよく判らない」

「そっか」

カミサマだもんな。人間個人よりずっと長く存在してる。

「彼はとても強くて…。玄霊を弱らせるに至ったが、引換えに命を落としてしまった」

「げ、もしかしてアレで弱ってんのあの『眼』!」

「ああ、アレでだいぶな」

信じられない。あれで弱ってるって…。もとはどんだけ凶悪だったのさ。

いや、それよりも。その七年前のコクマの魔術師は、一体どんだけ強かったんだか。

「だから――」

コクマの魔術師を語る時の、あの少し愛しそうな雰囲気は鳴りを潜め、言い辛そうに瞳を閉じる。

「弱っている内に、倒せる『誰か』を探していた」

そんな事。心を痛める必要もないのに。

「それがKたちなら光栄ですよ」

そんな表情カオして言われたら、他に答えようもないってもんさ。

「―――…」

タクちゃんに出会ってなかったら、この世界でもう少し苦労してた。導いてくれた事にも感謝してるし、出会った時から目を付けてたって言うんならそれこそ光栄の極みです。

だから、そんな苦しそうな表情カオで押し黙られると…。

「―――そうか、タクリタンか」

「へ?」

突然の声に驚いて振り返る。

「て…どうして…」

そこには、ご機嫌最悪の表情で立つさっきの魔術師。

「あんたに話もあったし、ついて来たんだよ」

そんな自信満々に言われても、それはつけて来たっていうのよ?

Kの突っ込みはガン無視で、魔術師はタクちゃんに喰い掛かる。

「あの人も…おまえに関わった所為で死ぬ羽目になった。次はそいつか」

…。

タクちゃんは甘んじてその暴言を身に受ける。

「コクマが使えなきゃ次はケテルか。人の生命いのちも国もカミサマの玩具じゃねぇんだよ! そんなに玄霊倒してぇなら自分たちで倒せよ!!」

バンッ!!

突然の轟音に勢いを殺されて魔術師が振り返る。

ああ、もう、本当に。

「―――うるさいね」

思った以上に低い声が出た。

持ち上げた右足から蹴っ飛ばして砕けた塔の煉瓦の一部が零れていく。

「皆それぞれ事情があんの。Kとタクちゃんが話してんだから、あんたは少し黙ってな」

「な…んだよ!! あんたもそいつに利用されてんだぞ!? なんで…あの人もあんたもッ、なんでそいつ庇うんだよ!!?」

泣きそうだ。

魔術師もKもきっとタクちゃんも。

でも今は、泣き叫ぶ彼の気持ちを汲んでる余裕がKにない。勢いに任せて口が滑り続ける。

「解んない子だね。利用されてやる事もあるって言ってんの! Kはタクちゃんもシールも好きだから、体良く利用されてやろうって言ってんの! 説明貰えなくたって、利用し易い使い捨ての異邦人だと思われてたって!」

あ、やべ。自分で言ってって泣きそうになってきた。畜生、言わせんなってんだ。

「―…なんで…」

完全に勢いを殺がれた魔術師は呆然と立ち尽くす。

「なんであんたまで、あの人と同じ事言うんだ…」



「…どないしたんアレ」

机に突っ伏して思案中のKをグールがアゴで示した。

「自己嫌悪中。らしいよ。夕方ひとりで出てってひとりで落ち込んで帰ってきた」

手元を見たままaが適当に返す。

「鬱陶しいなぁ」

「よねー」

「うるさい」

こっちは考える事と落ち込む事がたくさんあるんだよ。

本当。解ってはいたけど、言葉にすると痛いなぁ。

『利用し易い使い捨ての異邦人』。

ふふ。いいんだ、別に。それを悪いって言うんじゃないんだ。異邦人なら誰でも良かったわけでもない。強くなくちゃいけなかった。実力を見て選ばれたんなら、それは光栄な事。

でもねー。説明は欲しかったなーとか、そう思うのはしょうがないと思うのよ。

まあ、自分で言った通り、それぞれ事情があるんだろうけど。

「そういや灰色いのは?」

…シール?

「今お風呂」

「ふーん」

今、無理。

「あ、起きた」

ここは、部屋に篭るしかないんじゃない?



コンコン。

誰かが部屋の戸を叩く。

どうしよう。

「…何?」

「俺だ。今はまずいか?」

やっぱりシールか…。でも、わざわざ出向いたんなら何かあるんだろう。仕方がない…。

「や、いいよ。どうぞ」

許可を得て扉が開く。

「寝てたか。悪いな」

「やぁ、それでも引き返さないんなら大層な御用なんでしょう」

「ああ」

わぁ。かなりイヤミな応対になってしまったにも拘らず相変わらずの切り替えし。ドキドキするね。

半分体を起こして適当にベッドの端を勧める。

遠慮なく腰を降ろすと、ぎこちなくこっちを見た。

「なんでしょう」

「…あー…」

視線を外して額を触る。

「―っとだな、ずっと言えないでいたんだが…言う機会を探してた」

お…これは…。無言で頷いて先を促す。

「マスカルウィンの事だ」

あたった。遂に来たか。

聞きましょう。


「今回のテマーネの目的は、マスカルウィンの『眼』なんだよね」

「―ああ。そうだ」

あの『眼』はカミサマたちだけじゃなく、ケテルにとっても邪魔だった。

「ケテルも『眼』を消したかった。その為にKたちを雇用したのか、その後で思い付いたのかは解んないけど、それはいいとして、なんでシールがわざわざ出向いたか、だよ」

先読みしてそこまで言うと、シールは少しだけ眉を顰めてから、深く、深く溜息を吐いた。

「…気付いてたか」

諦めたような、もう死刑が決まったみたいな表情。

「なんでそんな表情カオするんだよ。大丈夫。シールが話してくれるの待ってたんだよ」

それまでは、こんなもんかなーと想像してね。

「その通りだ。ゲブラーはケテルの属国になってる。国土に玄霊がいる事も厄介だし、ターミナル上空を陣取られては迷惑だ。何よりこれをケテル国として解決出来れば他国に対して強い牽制になる」

玄霊を退治出来る程の力がケテルにあると知ったら、何処も軽率に攻めては来れない。また、攻められるのを恐れて外交が有利に運べるかも知れない。政治の世界はKにはあんまり解らないけど、とにかくでかい利が得られる訳だ。

「だが今回のテマーネは俺の一存だ。まあ、カルキストを連れて城を出た時点で俺の考えなんかバレバレだったらしいけどな」

「そっか」

カムシャ公にもバレてたみたいだったもんね。

「おまえたちを選んだのは…」

小さく胸の奥が騒ぐ。

「カルキストがふたりもいたから。それに、マルクト・ターナだと聞いて…見知らぬ異邦人如き、死んだらそれまで、玄霊を倒せたら儲け物、その程度だと思ったんだ。国にリスクはない。そう、思ってたんだ…」

胸が騒ぐ。やっぱりか、って、鋭く刺さる。だけど、シールのその表情の所為で、言葉に攻撃力がない。

「だけど…今は、恐いんだ」

ウサギに爪掛けられても平気な顔してたオージサマが、泣きそうな表情カオで恐いと言う。

「ジズフの神殿で、おまえが落ちた時に気が付いた。俺はおまえらを失うのが恐い。死なせたくない。死んで欲しくない」

俯いて…ベッドに顔を伏せてしまったシールを暫く見つめる。

「シール。シールがわざわざ危険なテマーネについて来た理由は?」

「…」

無抵抗でウサギに襲われてたシール。

「死んでもいいと思ってた?」

「…」

「手柄上げたかった?」

「…」

もう少し思い出す。

そうか、父親と疎遠だった。

「お父さんに認めて欲しかった、とかさ」

「…何でもお見通しだな」

顔を上げて、シールが少し笑った。

うん、本当に、シールは最近、笑うようになった。無表情なのは相変わらずなんだけど、雰囲気のバリエーションが増えた気がする。

「殆ど全部正解だ。微妙な処はまぁ、あるが」

「じゃあもう一つ」

Kも笑おう。

「今は、死にたくはないなって思うでしょ?」

その言葉にシールはほんの一瞬瞑目して、

「ああ。そうだな」

そのまま素直に頷いた。

「うん、死なないでね。Kたちもシールが居なくなるのヤだからね」

グールですら。ひとりでも欠けるのは、寂しいからヤダと思うよ。

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