034//慈悲の国で_2

「昔行われたセナとカラの契約ってのは、互いに対する『血の封印』なんだ」

再び引き返して、少年宅。

グールもあの後すぐに落ち着きを取り戻したが、何処か呆っとしていた。

少年は古めかしい本を取り出してページを捲くる。

「強すぎる力の所為で破滅へ進むしかなかった二種は、互いの血で力を封じる事にした」

互いに、抑制作用を持っていたという事なのだろう。

「でも、カラがこの地にケセドを創国すると、多くの月の子供達はケセドへ向かった。セナはホドに留まったから、結果、セナの中の月の子供達の因子は次第に薄れ、結局セナも月の子供達も滅びへ向かった…」

少年は淡々とページを捲る。

「僕たちはまだ生きてる。力なんて殆どないくらいに薄まったからね。でも…セナの血は意外にまだ濃いみたいだね。それに月の血が薄まってる」

ふーん、と聞き流しつつaは眼を細める。

ケテルの王子といい、この少年といい…可愛げが足りないと思う。

しかし少年たちがグールに懐きはしゃいでいた理由は、今の話から推測すると血を薄め合う為の本能のように思われる。少女ならまだしも、少年がそんなに反応してどうする。

少年はグールに向き直る。

「もともとセナの瞳は金なんだって。それを月の血が封じている証がその色なんだ。だから稀に、抑えが利かない時なんかは金の瞳が垣間見える事もあるんだって」

「――…」

黙っていたグールが、朱く染まり始めた空を見上げる。

「―――なら、俺はホンマにセナなん?」

ぼけっとしたまま誰にともなく問いかけるグールに、少年が自信を持って言い切った。

「うん。僕が感じてる。月の子供が、貴方をセナだと認めている」




「ふーん。グールの生まれね」

ターミナル参拝を終えて、aがくれたみかんを摘みながら別行動中にあった話を聞く。

あ、このみかんホドのヤツよりおいしい。ホドのヤツの方が高級なのに。それにあっちの方が気候的にも涼しいのに。っていうか、此処砂漠気候じゃん。え、みかん??

「明らかにどうでもいいんだな」

aが呆れた表情でみかんを剥く。

「興味ねぇ。ないこともないけど」

知ったからってどうこうなるもんでもないし。

「なに、aさん気になんの? グールの過去が?」

「まぁ…Kよりは、あるけど…興味」

ふーん…。だからKも、ないことはないんだってば。でもほら、あんまり詮索するのもね。



今日は少年宅に泊めて貰える事になった。どうやら両親は居ないらしい。大きな一軒家だったが、少年以外の人を見ていないし、彼が誰かを気にしている様子もない。両親は不在なだけらしいのだが、4人とも泊めて貰えるならと余計な詮索はしなかったし、遠慮もなかった。

「消すぞ」

「あぁ」

シールが灯りを消すと、開けっ放しの窓から冷えた夜風がカーテンを捲った。



****、**** 雪が降ってきたよ、ほら!

 だめだ、行ったらだめ。


****、**** おまえはこっちを食べなさい。

 どうして? 俺はそっちも食べたいのに。いつも野菜ばっかり。偶に食べれるのは魚で、よくても鶏だけ。


****、**** はやく家に入りなさい。今日は人が多いから、おまえは家から出るんじゃないよ。

 どうして?

 どうして―――


だって。おまえは。

 ―――俺は?


****、**** 目覚めてしまったのか…私はおまえを殺さなくてはいけない。 死になさい、****…

 ―――そんなのって、―――




「―――…」

首元の金具が小さな音を立てる。

「嫌な夢、見たなァ」





「おはようセナ!」

「っ、」

おー、元気だ…。宿主らしい少年が思いっきりグールに飛びついた。どぐっといい音がしました。

「大丈夫かグール。顔色良くないよ? アタック激しかった?」

aが気遣わしげにグールを見上げる。

む。何だか面白くない空気。

「確かに激しかったけど…。ちょぉ夢見が悪ぅてな」

夢見、ねぇ。意外に繊細な男。

「ねぇセナ、今日発っちゃうの?」

「あ?」

甘えるようにグールに纏わりつく少年。

え、そういう趣味?

aから話には聞いてたけど、なんかどうにも違和感だ。だいたい、セナって言うのは種族名なんでしょう? おいニンゲンとか呼ばれてるようなもんじゃないのか。

「あぁ――」

おっと、今追い出されたら困るんだった。

「うんにゃ、出来ればもう一泊くらい貸して? シールに風邪染しちゃったみたい」

なんか様子が変だとは思ってたけど、突然熱出すんだもんな。まったく、風邪だったなら風邪だって言えばよかったのに。そりゃ沙漠の散歩はキツかったろうよ…。…でもちょっと良かった、本当にあそこまでかよわいんじゃなくて。

「え、大丈夫なの? Kの風邪でしょ?」

ん? どういう意味?

「本人曰くね」

大丈夫だって言い張ってるけど。全然大丈夫じゃなさそうなんだけど。



「――…大丈夫だ」

「まぁまぁ。看病の仕返しですよ」

こほこほと咳をしながらよく言うよ。

シールの迷惑を顧みず水を用意して持っていった。

まぁなんていうか…

「今はaさんとグールがなんかラブラブしてるからね」

Kは置いてけ堀で少し寂しいよ。

「いいのか?」

「ま、偶にはね。迷惑かけたし」

aをずっと独占してるわけにもいかないみたいだ。

「グールには、世話になったしね」

先日のお礼も込めて、ちょっとだけ目を瞑っといてやるさ。ちょっとだけだよ。

「…そうか」




「―――…」

宿泊延長の遣り取りの途中、aは何か考え込む風のグールに気付き、その様子が気になっていた。

「あ、居た」

少年宅庭の、大木の枝にグールを見つけて手を振った。

「おまえか」

「グールも風邪じゃないの?」

座りなおしたグールの隣に一跳びで腰を下ろす。

「そらないな。言うたろ、夢見が悪かっただけやて」

「…ね。今更だけどさ、本当の名前はまだヒミツ?」

aが地面を見つめながら小さく呟く。

「なんや。俺の事知りたなったん?」

「~――」

表面上茶化して見せるグールにaが不満の色を示す。

「なんだよケチ」

「別にヒミツにしとるわけやない。ホンマはなァ…俺もよぉ知らんねん」

全くいつもと変わらない、軽い調子で言われた言葉にaが耳を疑う。

「――は? 名前を?」

aには理解できない事だった。教えたくなくて、適当に言ったのかとも考える。グールの顔はさっきから変わらず涼しげで、何処か気だるげ。嘘か本当か解らなかった。

「アイツなんか眉顰めとったけど、お前も気ぃ付いとった?」

嗤いながら横目でaを見る。

「え? は? 何? 突然」

「言葉」

aは首を傾げて続きを待った。

「俺の言葉。かなり怪しいやろ?」

「うーん…まぁ」

グールのいい加減な西言葉がおかしいのかどうかはaにはよく解らない。チキュウの感覚で聞けばおかしい処もあるが、此処は違う世界だ。そういうものかも知れないと、曖昧に考えていた。

(やっぱ、おかしいんだ…)

「アイツにもぽくない言われてもぉたけどなァ」

aは黙って聞いているが、先程から、アイツが誰を指しているのかが解らない。シールかKの事だろうか?

「俺、ガキん頃はホーマサスん中で育ってん」

風が吹いて、木の葉を揺らす。沙漠から熱を運んできた風は乾ききっている。

「自分がツェク・マーナなんて知らんでな。羊の皮被って生きとった。でも、そんなん長くは持たへん。その内剥げてもうたんや。皮が剥げた狼はもう羊の中では生きていかれへん」

後はもう、殺るか、殺られるか。

「皮が剥げた事に気ぃつかんまま群れに戻った狼は――」


私はおまえを殺さなくてはならない―

――そんなの、そんなのって――


「――…」

「――…」


初めて喰らったのは、『姉』として一緒に暮らしていた、長老の孫娘。自分が何をしたかも気付かずに家に帰ると、じじぃが物凄い形相で立ち竦んでいた。血だらけの俺を見て、目覚めたのか、と呟いた。

俺を殺すと言いながら斧を振り上げたじじぃが恐くて、好きだった姉さんとじじぃが居なくなってしまったのが哀しくて、ただ、血肉だけが温かかった。


「――知ったんや。自分の正体と居場所を―漸くな」

「…(名前の話は終わってたのか…)」

爪を尖らせて嗤うグールをaは暫く無言で見つめていた。

「でも…」

視線をグールから逸らす。

「グールはセナなんでしょう? ヒトと生きてける可能性を持った…」

「は」

aの台詞を、グールの失笑が遮る。

「だとしても、今更無理や。もう餌にしか見えんわ」

aはつまらなそうな顔をして、なるべくグールを見ないようにしながら言う。

「でもほら、今、」

こんな事を聞くのは恥ずかしくて堪らない。こんな事を言うのは、照れくさくて仕方がない。だからその声はわざと素っ気なく。

「その『食糧』と、助け合って旅してんじゃん」

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