033//慈悲の国で_1

カンカンに照り付ける太陽。沙漠の道程みちのりは険しい。頭に布をぐるぐる巻きにして、沙漠の民の帽子を真似る。普通に帽子を被っても良かったんだけど、こういう民族衣装的な格好には憧れる。こんな場所でないとなかなか出来ないんだから、折角なのでやってみた。

「シールちゃん…」

「なんだ」

歩を止めて振り返る。

「うん…」

言おうか言うまいか…。

「えーと…一応ね? 病み上がりはKの方なんだけどね」

後ろには、膝に手を当ててぜーはーと肩で息をするシールが居たりする。熱にやられてぐるぐるしてるみたいだ。

「悪かったな体力なくて」

う~~~ん。そういう問題なのかな…。

「じゃ、その辺で休もう。これは散歩で、必要な歩みじゃないんだからね」

ぽつぽつと生える木の陰に逃げ込む。


此処はゲブラーとケセドの間の沙漠。

病み上がりのKの為に、aとグールが先にケセドに行って呼び寄せてくれるらしいので、その間ぶらぶらと散歩に出たのだ。

が。

思いのほか厳しい日光にKより先にシールがダウンする始末。なんていうか、…か弱い。

木陰に腰を下ろして頭から布を解く。

「もう着いてるかね、aさんたち」

「もう少しだろ。まだ一時間経ってねぇし」

そっか。結構歩いたと思ってたけど、まだそんなもんか。

「早く呼んでくれないと、どっちが先に倒れるか」

病み上がりと軟弱者だ。今にも倒れそうなのはシールの方だけど。

笑いながらシールを見る。

一拍、天を見つめるように考えて、

「俺だな」

言い切った。

「うわ。どうよこの子」

まあ、客観的に見てもそうだと思うけど…頑張れよ。



「どうシールちゃん。ちょっとは回復した?」

木陰で休み始めて30分強。Kは完璧に回復している。

「ああ。なんだ、この猛暑の中まだ歩きたいのか?」

「うん」

Kは散歩好きです。

そんな呆れたような目で見ないでくれます?

「あれか、自虐癖でもあるのか」

「ないないない! なんでよ」

ビビるわこの子。何を言い出すやら。確かに暑いけど、

「えー、そんなにキツいか?」

砂漠気候だから、木陰とか入っちゃうと結構涼しい。休み休み行けば全然平気そうなのに。この子は腰を下ろしたまま立ち上がる気配も見せません。

「俺は北国育ちなんだよ」

む。確かにケテルは寒かったけど…。割と城に引き籠ってたからそこまで実感ないや。

「むぅ…まあいいか。じゃあ此処で駄弁ってようか」

もう一度腰を落ち着ける。


「…まだかなぁ」

もう結構経ってる気がするのに、全然お呼びがない。

「さぁな。また何か問題起こしてるなら解決してから呼んで貰いたいな」

うわぁ。いや、確かに毎回申し訳ないけど、あれKたちの所為か…?

「aさんとグールだからね。そんなに問題なんか起こらなそうだけど」

「鳥頭。イェソドの事件は数日前だぞ」

「あぁ…」

そっか、そんな事もあったな。連日イベント満載で最早遠い昔のようだ。

「あー、グールが言葉誤魔化せばいいのにね」

そんな事してもあの顔じゃすぐバレるような気もするけど…

「そういえば、あんなに判り易い顔してたらすぐバレるじゃん。狩りなんて出来んのかね」

顔に硬角紋ついてるわけだし。

「ツェク・マーナっつったら一般には高山族の方が有名だからな。ちょっと学のある奴じゃなきゃ知らんだろ」

「そうなの?」

それとも鬼とかヴァンパイアみたいに、あんまり信じられてない存在なのかとも思ったけど。

しかしその割りに平地族との遭遇率の方が高い。っていうか高山族を見たことがない。

「でもグールのあの喋り方さぁ…」

西言葉にしては、なんと言うか、なんと言うか。

「妙なんだよね…」

「そうなのか?」

お。

「違和感ない?」

「さぁ。ツェク・マーナに知り合いはいないな」

そうか。この世界ではあれが普通なのかも知れないのか。

「Kの世界の一部の地方語に似てるんだけどね、なんか妙なんだよなぁ」

「世界が違うんじゃまったく一緒なんて事もないだろ」

それを言われたらそうなんだけど。




「到着っと」

青龍ちゃんから降り立って、辺りを見回す。白い街並みが印象的だ。

「よし」

aが降り立つのを見届けて、グールが歩き出す。

「じゃ、ケセドのターミナル探すか」

堂々と歩き出すグールについて歩き始めたaも、その言葉に慌ててグールを仰ぎ見る。

「え、聞いてないのシールに」

「忘れた」

「えー…」

まるで見知った街であるかのようにずかずかと歩くグールを追い駆けつつ、aは静かに溜息を吐いた。


街を歩き回って数分後、aとグールは唐突に、不思議な現象と出くわした。

「わー、セナだー♪」

「遊んで遊んでー」

「…っは?」

グールが、沸いて出たこどもたちに相当懐かれているのだ。突然の出来事にうろたえるグール。一歩引いた所で、aも呆然とその様を見ていた。

グールは決してこども好きのする人間ではない。外見も性格も、こどもが懐き易いとは思えない。それなのに、グールを見た瞬間にこのこどもたちは何が嬉しいんだか満面の笑みで走り寄ってきた。

あまつさえ、抱き付いたり引っ張ったりして相当に懐いている。

「な、ななな…なんやこいつら!? 放せっ、掴むなッ! 喰うてまうぞ!?」

…異様。グールに助けを求める視線を送られ、溜息を吐きながらもaが進み出る。

「本当に食べられちゃうよ?」

若干投げ遣りに忠告すると、こどもたちは「何を言われているのか解らない」といった視線をaに向けた。

「えー。セナは月の子供達は食べないんだよー。ツァドキとの誓約があるもん」

aは相変わらず解らない単語の羅列に眉を顰める。

「月の子供達?」


遥か昔。それはケセドという国が創られるより少し前のお話。

慈愛に満ちたケセドの創国者カラは、当時ホド近郊に暮らしていたツェク・マーナ平地族のとある種族と約束しました。彼らが決してカラの一族を襲わないように、と。代わりに、カラの特殊な力の一部を彼らに与えましょう、と。

その平地族の名はセナ。カラの一族を月の子供達と呼びました。

それ以来、彼らは月色の瞳と力を受け継ぎ、また、――その力のために、滅びへと向かっていったのです。


ケセド歴史書『月の血統譜』より抜粋



「…ふーん」

ぱたんと本を閉じるグール。その様子はまるで他人事だ。

「こいつ、セナとやらとは違うと思うよ? マルクトに居たし」

「嘘!」

ターミナルへ案内してくれるついでにaの質問にも答えてくれる、という事で、さっきのこどもたちの内のひとりが自宅へ招待してくれた。

そこで彼の蔵書を閲覧させて頂くに至ったのだが、少年はグールがそのセナだと信じて疑っていないらしく、自信満々に解説してくれた。

「だって月色の瞳はセナの証だもん。セナの事は解るよ!」

どうやらこの少年含め、寄ってきたこどもたちはすべて月の子供と呼ばれる血筋に当たるらしい。

「―――…」

乳白色の睫で伏せられた瞳は思案気に艶めく。

考えてみると…

この瞳の色。マルクトでこの色を持ったツェク・マーナに出会ったことはない。感情が高まると金に近付く瞳。

そもそも群れの中に居なかったので、自分と他人の違いについて深く考えた事もなかった。ホドで、彼女を見るまでは。

ホドの公爵令嬢。彼女の瞳の色は、グールと同じ薄い青紫。天上から見下ろす無慈悲なあの月の色。感情が高まると金に近付く同種の瞳。

「…」

兄弟は居なかった。親も親類も、仲間も。

幼少期の記憶は曖昧。ただ、風が吹いて、雪が積もっていて―……

「知らん。俺は違う」

「そもそも月色って何色? グール薄い青紫じゃん」

ニホン人のaには、月色といったら黄色や金色だ。決してグールの瞳のような色は指さない。

少年は首を傾げて頭上を指した。空には、ビカビカと明滅を繰り返す煌月。

「そっか。あれも月っていうんだったね。確かに似た色かも」

慣れつつはあるけれど、馴染みない月。

「ま、どっかで血が混ざってるのかもね。セナとやらの」

「かもな」

当の本人も興味がなさそうな反応しか返さないので、重要ではないと判断したのか、aも話を切り上げる。

「で、ターミナルは?」

この家に寄った経緯を思い出す。

「あ、そうだった」

少年はぱっと顔を上げて手を広げる。

「じゃあ案内するよ。こっち。セナ、ちゃんとついて来てよ」

周囲に音符と花を撒き散らす少年の様子にaが苦く笑う。

「なんか、嬉しそうだね異様に」

「うん。自分でもよく解らないけど…」

少年はウザがるグールの手を引きながら跳ねるように進む。

「なんだか凄く嬉しいんだ、セナと一緒に居ると。これは僕たちの『血の記憶』かもね」

少年がグールの目を覗き込む。

どくん。

その瞬間、グールの中を何かが駆け抜けた。

「血?」

「そう。セナと月の子供達の契約は血に生きてるんだ」

グールの変化に気付く事なく会話を続けるaと少年。

どくん。

一瞬の間に物凄い情報量が脳内を駆け巡る。

――うるさい。

「ふーん。グールには何かないの、そういう―……グール? どうし―」

異変に気付き、aが手を伸ばす。

「待って」

それを遮って、少年が真面目な表情を見せた。

「危ないかも。少し、放っておいた方がいいと思う…」

小さく「やっちゃった」と零す少年に訝しげな目を向けつつも、その言に従う。



――知らない記憶に、押し潰される。

その瞳の色は青紫から金へと移り変わる。

何かが、脳を掻き乱す。


 じゃ、契約な

 俺たちは互いに互いを守る。

 私たちは互いに、生き残る為。

 ああ

 この血に賭けて。

 この名に賭けて。

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