032//閑話6
絶対勝つ!大丈夫!と大言壮語を吐いておきながらまさかのオーバーヒートでゲブラーから一時撤退。大変お恥ずかしい。
そんなこんなで今はー
「――どうだ」
マスカルウィンをなんとか離れ、近くにあった小さな空家を勝手に借りてKを寝かせた。夜が来て煌天になり、安定した転移が使えなくなった為已む無くの決断だ。
「寝たよ。でも凄い熱」
「医者とか呼んだ方がええん違うか」
「かも」
「―――医者か…。もう暫く行けばケセドだが…この辺りの砂漠では……」
難しい、と頭を掻く。
落ち着かないaとシール。ふたりが醸し出す薄暗い雰囲気に、グールが呆れた顔をする。
「おまえら…落ち着ぃや、もー。んな大袈裟に考えんな。ただの過労やて」
「そうは言っても…」
グールの右には、ひたすら心配そうにそわそわするa。
「…」
左側には、苛立ちを隠し切れないシール。
そわそわ。
いらいら。
「……」
その空気に耐えかねて、
「だぁあ! 鬱陶しいわッ!」
グールが叫んだ。
「じゃあ俺が決めたるッ。おまえは
aとシールを順に指して、ほれ行った行ったと手で払う。勢いに押されるままに、ふたりは指示に従った。
「――――…」
紺碧の天に月が昇る。
遠くでは何か生き物の声。
部屋は薄暗いまま、ただぼんやりと空を見ていた。
「――なんや、起きとったんか」
扉の開く音と同時に声が届く。
「グール」
後手に戸を閉めるグールの手にはカチャカチャと音を立てる水差しとコップ。
「水持ってきたで」
「お、サンキュー」
少し体を起こそうとして、くるくると目が回る。
「――と…―――ふぅ」
「あんま無理すんなよ」
ベッドの脇に椅子を引き摺ってきて腰を降ろすグール。
「あは…グールに心配して貰えるとはね」
なんだかちょっと稀有な気分。
「心配っちゅーか…」
小さく何かを呟いたみたいだけど、如何せん熱で耳が聞こえ難くて拾えなかった。
「ふたりは?」
「医者探しと訓練」
「へ…」
グールは疲れた顔で溜息を吐く。
「あんまり鬱陶しかったんで行かせた」
あ、成程。じゃあふたりも心配してくれてたのかな。
「グールもやるねぇ」
確かに適材適所…かな。
「…く、けほ、げ、」
ちょっと無理して喉を使ってしまったらしい。
「あん?」
少し咳き込むと、グールが軽く顔色を変える。
つっても暗くて顔は見えないから、雰囲気の話だけど。
「おまえ、ただの過労違うん?」
「ごめ…風邪気味だなぁとは」
思ってたんだけど、こんな酷くなるとは思ってなかった。
暫く咳き込み続けると、グールが背を叩いてくれてた。意外に優しいんだよなぁコイツ。
「まぁ正直―」
「…あ?」
「助かったと言うか…」
何を言い出したかと不思議そうな
「良かったと思うんだよ、残ってくれたのグールでさ。今一番、楽…」
喉を
「………」
ちょっと起きてただけなのに、もう息が上がってきた。視界もぐるぐる回りっぱなしだし、身体が物凄く軽い気がする。予想以上に熱があるのかも。そろそろ会話を切り上げて寝た方が良さそうだ。布団を首まで引き摺り上げて体を倒す。
「ゴメン、ちょっと寝るわ」
「ああ。じゃあな」
腰を上げるグールに、もう一度だけ視線を向ける。
「…ありがとね」
無言でKの頭をぐしゃぐしゃにして、そのまま部屋を出て行った。
「~~~~…」
やだなぁ、今髪はかなりベタベタだったろうに。
部屋を出たグールは、壁に凭れ掛って天を仰いだ。
「―――…」
「どうした?」
突然かけられた声に身体が跳ねる。
訓練を終えたのか、aがやって来ていた。
「あー、ビビった」
「 ? Kは?」
不審そうにグールを見て、視線を後ろの扉に移す。
「ああ、寝とんで。邪魔したんなや」
「ならいいけど…」
首を廻らせて、グールを見上げる。
「シールまだなんだ? 無理しなくてもいいのに。何処まで行ってんだか」
「やな。やっぱ…アホや」
数十分後。シールが医者を連れて帰ってきた。結構遠くまで行っていたらしい。
「過労と軽い風邪。栄養とって休んどりゃ治るよ。こんな夜中に呼び出しおって…心配性な子らじゃのう」
「良かった…」
途端、あからさまにほっとしてみせるふたり。
「せやからそう言うたやろ」
少し場を離れていたグールが欠伸交じりに帰ってきた。漸くひとり大人を見つけて、医者がグールに声をかける。
「この子らの保護者さんかね」
「違う」
寧ろ立場的には一番下だ。
「貴方の部屋も用意する。今日はそこで休んでくれ」
シールが医者を部屋へ案内しようと先に立つ。
「ああ、そうさせて貰うよ。老人は早寝でね。――おや」
グールとすれ違う瞬間、その顔を見て医者が歩みを止めた。
「?」
「こりゃ珍しい。お前さんツェク・マーナかい。セナの血はとっくに途絶えたと聞いていたが…」
「―――?」
正体を人喰いと気付きながらも、老医に怖れる様子はない。寧ろ、少し好意的にさえ見える態度でグールの肩を叩いた。
「そう身構えんでも何もせんよ。金払うなら客は選ばん主義じゃでな」
「??」
老医はそのままシールについて奥へと消えた。
謎掛けをされた気分のまま取り残されたグールは、釈然とせずに首を傾げていた。
再び扉が開く音で意識が戻ってきた。
「――――ぁ。グール?」
「…俺だ」
「あ…」
名乗らないその声に、身体を起こす。
「医者呼んでくれたんだってね。わざわざありがとう。別に良かったのに」
「…具合は」
何処か明後日の方向を見ながらシールが返す。
照れてるのかもしれない。
「ん。だいぶ良いかな。でもまだ時越とかは使えそうにないや」
一日一国、十日くらいで終わると思ってたんだけど。思えば結構掛かってしまっている。オージサマを国からお借りして来てるのに、あんまり空けると良くないんじゃなかろうか。
「気にするな。ケテルに事の次第は伝えてある。無事に帰れば小言で済むさ」
「―――シール…」
そう言うシールの表情はひどく穏やかで。
――わらってら…。
表情、随分変わった気がする。
「うん…。それと、―――ごめんね」
玄霊戦。絶対大丈夫だとあれ程豪語したのに、早々に死に掛けてしまった。まさかのオーバーヒート。
「何だ。謝る事はあっても謝られる事はないぞ」
「え。何されたのK」
「『グールじゃなくて悪かったな』とか」
「げ、根に持ってる。悪かったよ!」
「別に」
謝りたかったのは、きっと別の事。お互い真意を口に出来ないまま、それぞれに目を逸らした。
「たーいーくーつー」
ベッドに寝転がったまま、退屈に任せて顎を鳴らす。
「元気じゃのぉ~。回復の早い子じゃわ」
診察を終えたお医者さんは笑いながら席を立った。
「安静にしとればずっと寝とらんでも良いじゃろ」
「じゃ、近付けて良いですか?」
「あ?」
aがすっと手を伸ばす。その先は窓。
「マスタァ~っ」
ご無事ですかぁ~っ、と窓から顔を突っ込んで泣き付いてくる青龍ちゃん。
「にゃほー青龍ちゃん」
大丈夫だよん。
フェニックス君はその後ろでそっぽを向いているが、気になるのか偶にチラッとこちらを伺っている。ふたりとも、
「やぁ良かった。うるさかったんだよね」
どうやら青龍ちゃんがKを心配してずっとaに容態を尋ねていたらしい。
そっか、心配してくれてたんだな。まあ青龍ちゃんの正式なマスターはKだし。それにしたって嬉しいけど。
「まさか嬢ちゃんたちがカルキストだったとは…。世の中まだまだ解らんのう」
カルキストがどう凄いのか、Kにはイマイチ解らないが。どうやら珍しいものらしい、というのはなんとなく解ってきた。…たぶんそこが、肝なんだろう。
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