029//美の国で_4

「ちょっ…痛いっつーの。何!やっぱマフラー裂いたの怒ってんの!?」

部屋の前で漸く右腕を振り払う。

「入れ」

「―…」

む。とにかく入ってベッドに座る。

「――…で?」

「腕」

シールも向いに座るとKを指差してそれだけ言った。

「――――…うで?」

「左腕!」

言われて自分の左腕に視線を移す。

「―――…おぉう」

擦過傷及び鬱血痕。

「あー。そっか」

首が絞まり過ぎないようにマフラーを腕に捲き付けて助かろうとしたから…。

成程、道理でなんか痛いと思ってた。

「それから、襟巻取って鏡見てみろ」

「はぁ…」


「――――…うっわー」

こりゃあ…やべぇ。激しい鬱血痕及び擦過傷が。首、首だからかな。傷自体はマシなのに腕の痕よりやばく見える。あまりにもアレなのでもう一度マフラーを捲き直してベッドに座り直す。

「殺されかけてるよねコレ。ってか自殺痕?」

いやでも、苦し紛れの引っ掻き傷までちゃんとあるし。

「…暫らくハイネックだな…」

「治すか?」

「は? 治るよ」

何を突然。

「見苦しい」

「へお!?」

訳解んない事言ったと思ったら、折角捲き直したマフラーを引いて―

ええと。

押し倒された。

違う。

首、締められる形で倒されてるんですが…シールの手に力は入ってないけど、えっと、えっと。 こ…恐いんですけど…マジに。

「あの?」

「ちょっと黙ってろ」

…たって、そんな事言ったって、自分の上に人の顔があるってのも恐いっていうか。

首に当てられた手が恐いって言うか。

「コワイか」

漸く少し表情を崩した。

「~~~ムカツク」

それでもやっぱり、何か変だ。

「――あの時、落ちた時。何ですぐドレイクを招べなかったか考えたか」

「――へ?」

『穴』が開けなかった理由?

「えっとそれは、知ってるでしょ? Kたち両手合わせないと『穴』開けないから…」

「じゃあ途中で開いた理由ワケは?」

「―――あ。ホントだ」

癖で手を合わせて開いてるけど、タクちゃんから貰った空間を開くにはKたちが発明した空間のように『穴』を機械で作り出す必要は無い。何せ神力。Kたちの知る理屈は要らない。

「あの時は、神力が使い難くなってた。解らなかったか?」

「ぜ…全然。そうだったんだ」

「ああ」

使い難くなってた、って。

「意識をしっかり保って普段より高い集中力が無ければ使えない」

「へ、へぇ…」

それが、あの時途中で開いた理由…?

「オチガミの時は何とかなったが、今回は…」

…?

「どうしたのシール? 何の話…?」

段々力なく俯いていくシール。

「――…なんでもない」

す、と影が落ちる。

ちょ、え?

「殺すには惜しいと…」

む。

「死なないよ」

てか殺す気だったのか。

「思っただけ、だ…」

「え!?」

ふら、と。

「えッ!!? ちょっと!! シールさ~~ん!?」

ぼふっといい音を立てて倒れ込むシールさん。なんだかよく解んないけどそうね、今日は疲れたもんね。

「Zz」

いきなり眠りこけるのはどうかと思うけどそれはまあいいとして。問題はさ。

「重ッ…、助け、助けて~――」

首締めたまま人の上に倒れ込むのはやめてー!!



「…」

目をつぶって難しい顔で目の前に座っているa。

「まさかシールが暴挙に及ぶとは」

「えっとぉ」

あの後助けを求めて叫んだ処即行でaとグールが飛んできた。色々気まずい。

「ていうか腕大丈夫なの?」

あ、しまった。

隠してなかった。

…てか。

「いや、どっちかって言うと首の方が――…」

あれ?

「首?」

無い。あの派手な引っ掻き傷とか青黒い鬱血達が居なくなってる。決して元通りの無傷な肌とはいかないが、あの見るに耐えない激しい痕がなくなってる。

――『治すか?』――

「…」

成程。

Kの不審な態度に特に突っ込みもせずaが再び苦い顔を作る。

「まったく~。びっくりしたよ。入ったらKがシールに圧し潰されてるんだもん」

まあ確かにね。Kだって吃驚だし。

しかしこれどういう仕組みなんだろう。腕の痕と見比べてもやっぱり凄い。回復魔法? さすが魔法の在る世界。しかもシールが使えるなんて知らなかったし。首を擦りながら、魔法という存在にちょっと感動。

「大丈夫だったの? 変な事されてたんじゃないでしょうね」

「いや、どっちかって言うと…いい事された?」

治ったんだし。

…って、何か妙な間。

「………え゛」

さっきまで茶化し顔で笑ってたaが目見開いて固まってる。

「え゛っ…あっ、いや違ッ!! そんな意味じゃなくっ!!」

しまった、ちょっと言い方とタイミングを誤ったらしい!

「いやいやいや。そうか邪魔したね?」

「だから!!」

頬を染めて視線を逸らすa。やめて勘違いだから!!ちがうのよ、頬が染まってたのは感動してすげーって思ってたからであって、aが思うような意味では…っ、決して…!



「んー…、おハヨ」

「ああ。おはようK。大丈夫?」

起き抜けの頭だからだろうか? aの言わんとする事が不明だ。

「…何が?」

aはベッドに腰掛けて髪に櫛を入れている。K髪梳いた事あんまり無いな。

横目でKを見ながら一晩寝て忘れかけてた事実を突きつける。

「シール。会うけど」

「……ヴぅ」

忘れてた。忘れていました。そう言えばなんとも気まずい感じになっちゃってたんだったね今…。



で。

「「…」」

気まず。案の定超気まずい。ああ、なんとか切り抜けたい。そ、そうだ、とりあえず首のお礼を…。

「ちょっとふたりとも―…まぁいいか…。あのさ、シール、首…跡…―――って…」

ギロリと激しく睨まれてしまった。何が御気に召さなかったのよ。何、もしかしてコレ秘密?

なんて、感情の探りあいをしていたら。

「首…跡って…もしかしてソレ…えぇっ!? やっぱり!?」

「だっ! だから違うって言ったでしょ!!」

いい加減それから離れてくれよ。

グールは欠伸交じりに

「確かに鬱血痕やけどアレは違うやろ」

なんてプロ発言。

「なぁんだ」

まあそれでaが納得してくれて助かったけど…。

ま、いいとして。じゃあこっそり。

内緒話が出来る距離に近付く。

「首、ありがと。これってシールのおかげなんだよね?」

「あぁ」

やっぱり。

aが複雑な顔してこっち見てるけどグールとふたり大人しく詮索しないでくれてる。助かる。

「で、どういう仕組み?」

こっちはこっちで複雑な顔のシールさんに聞いてみる。

「治療系に属する中級術だ」

「術って…契約してんの?」

Kたちの召喚はタクリタンとの契約により使えるようになった術だ。神術を使うには特定の神との契約を要する筈。

「いや。学ぶ事で習得可能なものもある」

「へー。じゃあKも学べば何か覚えられる?」

「どうだろうな」

会話はいつも通り…のようでいて、なんとも鬱陶しい雰囲気を孕んでる。折角こっちから関係の修繕を持ち掛けてんのに。

イライラする。ガシガシと頭を掻いて一声、気合を入れる。

「っあ~~~!!」

離れたふたりを驚かしてしまったが。

「もうっ! いいでしょっ!? いいやっ! 次行こ次!」

ふんっ。

グールとaが身を寄せ合って「Kが狂った」と呟きあう。失礼な。前向きに頑張ろうとしているのだよ。

「はぁ、次…て言うと?」

決まってますね。

「あの眼、許さん」

「うわ~…」

だって。

アイツが悪い。なんかもう多分全部アイツの所為。

「ならゲブラーか?」

…。

グールの問いに皆シールを振り返る。こういう時は真っ先に「そうだ」って道を示してくれるのはシールな筈なんだけど、今は。

っと、いけないいけない、また眉間に皺が。吹っ切ろうとしたばっかりなのに。

「…シール?」

aが声をかける。

「―――――――――あぁ」

長い沈黙の後、漸く返事が返った。

なんか、様子おかしくない?

そっと、手を伸ばして―…

「…。わる…い」

叩かれた。

叩いた本人も驚いた顔をしている、けど…

「な…。具合悪そうかなって思っただけだよっ」

自分でもイマイチよく解らないけど、多分熱でもあるのかと計ろうとしたんだと思う。

それで伸ばした手を叩かれた。

あ、ちょっとダメ…。泣きそう、かも。

よしよし、と、今度はaの手がKに伸びる。

仕方がないって顔で事を纏め始めた。

「シール。休んどいで。出発は延ばそう」

「その方がええな。じゃ俺ちょい散歩してくるわ」

軽く手を振って背を向けるグール。

「あ…お…」

その背をaがわたわたと見送る。

「いいよ、aさんも行ってきなよ」

これは恥ずかしい。

「でも」

「いいって」

此処は是が非でも出て貰おう。これ以上は顔が燃え尽きる。

「いーから行けっ」

本当頼むから。

「ほら、じゃあ行くで。ええから来ぃ」

それでも渋るaをグールに任せ、手を振って送り出す。

見えなくなった所で表情を消す。

背後のシールに目もくれず

「じゃあK部屋に居るから」

それで立ち去ろうとした。

思いの外引き止める声が上がった事に驚きは感じつつ。

「―――おい」

「あ?」

「…悪かったな」

「―――――…」

何を、謝ってるのかは定かじゃないけど、そうだね。確かに、謝られる事をされた気はしてるよ。

「うん」

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