027//美の国で_2

「よよ?」

転移完了。

完璧な着地のKと、一応ベッドに乗ってはいるが心臓を抑えて蒼白なシール。少し疲れた顔で上半身だけベッドにうつ伏せになっているaとベッド脇で額を抑えてるグール。何が起きたかは知らんが、ベッドから頭…というか顔面?から落ちたらしい。

それはともかく、ドアに耳を当てて外の様子を窺う。

「…」

うん、聞こえない…

「…多分…大丈、夫。うん」

扉から耳を離してベッドに戻る。

「何や、聞かれたらあかんの?」

「いや。なんか聞こうとされると。嫌じゃん?」

ベッドの側面を背もたれにして床に座るグールを覗き込むようにベッドに寝転がるa。

「落ち着かんしな」

「ん」

よっと。シールの座るベッドに腰掛ける。グールの凭れてる方はaが占有してるので。

「で、本題です。シールさっき何言い掛けてた?」

「ああ」

忘れかけていたのか、暫し目を閉じてから口を開く。

「もしかしたら、おまえ本当にジズフかもなって」

「はぁ~――――? 本気かぁ?」

「あんだけ笑っといてよく言う」

間髪入れず洩れる抗議の声。まったくだ。

すると、喉を鳴らしながらシールさん。

「詩がある」


~おぉ我等が神秘の神よ…

幾千もの星を渡って流れ着き

宿命を揺るがし瞳を掴まん

やがて遙し古と未来を結びかけゆき

我等が元へと廻り来る

おぉ我等が神秘の神よ

其は三の僕を連れて

光と共に世を廻る……~


歌った。

「う…歌まで略しよった…しかも巧く繋げよるし…」

「アタシら下僕って事になっちゃうよそれ認めると。ぜってー嫌」

意外にいい歌声ねシールさん。

「それに、あれだ」

二人の反応も意に介さず、シールは壁の画を指した。

「…あれ、ジズフ?」

恐らく宿屋は、この画があるからKたちにこの部屋を選んだのだろう。

「ああ」

壁に掛けられた画には、赤い巨鳥を従えた灰髪の男性と、蒼の龍に乗る女性が描かれていた。

「この灰色いのがジズフ?」

「首飾りを見てみろ」

ジズフは透通るような青色の、雫型の石を付けている。何か文字のような紋様が掘り込まれているみたいだけど…。じっと見てみるが、それがどうしたのか解らない。

「…これ」

aが戸惑うような反応でグールを見た。それでグールも画に目を遣り、軽く目を見開いた。

「偶然か? 俺の紋…」

「へ?」

言われてグールをよく見る。グールの首に着いているのは、青い透明がかった雫型の霊石―。

「うわ」

掘り込まれた模様まで一致する。

「で、後のコルードに乗った女性の外見的特長は」

「茶髪、クセっ毛、赤…目?、黄色人。女」

シールの台詞を引き継いで、さっと並べ上げる。

「もしかして、aさんかい」

「はぁ~っ?」

あ、照れてる。

「で、ボサ髪、ジーンズ、青目でK? よく似てるね、でいいんじゃない? こんなの。K覚えないんだし」

だいたい要素で言ったらシールの方が似てる。灰色の髪の目付きの悪い細身の少年。ほら。

だがシールは次次元に飛び立った。

「覚えが無いのは、それはおまえらにとって未来だから――と考える」

「はあ…?」

納得しそうでしない声を上げてaも不可解な顔をしている。

それはつまり、タイムトラベラー。

「ついてけん。俺もう寝るわ」

グールはボフっといい音を立ててベッドに横になった。いつの間にかaに場所を譲って貰っていたらしい。

クエスチョンマークの乱舞する室内で、その生みの親は自説の解説に入る。

「『幾千もの星を渡って~』。お前達は異世界から来たという」

「うん」

「『定めを揺るがし~』。古来より巡礼を終えられれば何か起こると言われている」

「うん」

「『遥けし古と未来を結び駆け行き、我等が元へと廻り来る』……」

「…」

「…」

「…成程ね?」

苦味を伴うしたり顔で肯く。

「古と未来―つまり今、を結んで、我等が元、つまり過去ハジマリへと廻り行くって事は、これから過去に行くって事ね」

静かに肯くシール。aはショート起こしかけている。

んー。

「ま、いーや。つまりジズフは過去で未来のKなのね」

伸びをしながら言ってみる。

「そんな取り方も出来るなという事だ」

「じゃ、訊いてみれば」

手っ取り早い確認法を提案するa。

「へ? 誰に」

Kの洩らした疑問はシールの疑問でもあった。



「ジズフ? 勿論会った事はない。何しろジズフはまだ生まれていないし、彼が生まれた時、私がまだ生まれていなかったからな」

Kが陣取るベッドの脇に、神々しくたなびく長い髪。

「そして、言うなればジズフは私の親にあたる。彼の使う術を見て人々は私を創造したのだから」

神の事は神に訊け。Kたちが助けを求めたのは召喚の神タクリタンだった。

「神を、人が創る…」

感慨深げに反復するaにタクリタンは慈愛の微笑を向ける。

「そうだ。おかしいか?」

「んー、なんていうか。…うん」

そんな遣り取りの後ろでシールは極力神を直視しないようにしてるみたいだ。なんか微妙な顔で黙り込んでる。

「遥に昔、とても強大な力の塊が散ったという」

aの疑問に対する答なのか、タクリタンがゆっくりと話し始める。

それは誰も知る筈の無い、遥昔の物語。

まだ神も居ない頃。天に月が一つしかなかった頃の話。

「人々は昔から様々な物を畏怖し、また親しんで祭ってきた」

森や海、雷や火等の自然や神秘。人の手の届かない大きな現象に対する畏怖と親しみ。

「人の想像力は豊かだ。散った力はそれらの念に同調し人格を与えられた。そうして我々は姿容、司る時と事象、性質、時に性別すら与えられ、鬼神―神と呼ばれるものになった」

「それが神の誕生か。初めて聞く」

シールは真面目に聞き入っていた。

「ふーん」

Kは流す程度にしか聞いてなかったし、たぶんaもだ。

タクリタンはKに目を遣って「それと」と付け加えた。

「おまえはジズフじゃない」

「え」

その後ろで「あれ」と明後日の方を見るシールと無言でシールを見つめるa。

「人がおまえを見て、神秘を司る神だと思った。そこは合ってるだろう。そこでその姿形・性格―此処では性質とでもいうか…が、口伝えで伝わっていきその噂から人々が創造したものがジズフだ」

「それならKじゃん」

不可思議だ。自分を指してタクリタンを見上げる。

「人の口とはどれ程正確だと思う」

出来の悪い生徒にも懇切丁寧なタクリタン先生はKの不出来を責める事無く諭すように続けた。

「それに神とは力の塊だ。例え正確に伝わろうともそれはおまえ自身ではなく、コピーでしかない」

解るか?と言うように小首を傾げて見せるタクちゃん。

後ろで小さくaが

「成程ね、だからジズフ男神なんだ。どう見ても男の子だもんねK」

なんて納得しているのが聞こえてくる。

確かに今までの騒動から実感出来る説明ばかりだ。だけど、

「うーん、じゃあさ、こうも言えるよね?」

タクちゃんを見上げる。

「KはKでジズフだけどジズフはKじゃなくてジズフ」



「タクちゃんも納得して還っていったね」

ごろんとベッドに寝転がる。

「呆れて還ったんだよありゃあ」

タクちゃんはKの言い分をきょとんとした顔で受け止めていたとaが言う。なんだよ、そんなに難しい事言ってないぞ。…まぁ、これ以上に説明も出来ないけどさ。

暫らくして、誰かが戸を叩いた。

「はい? 何、どなた?」

反射的にKが答える。

戸が開いてこの宿の主が出てきた。

「やや、こちらにおいででしたか。私この宿の主で御座居まして、この度はよくぞ私の…」

「あ、はい…何? 用は?」

「は…。つきましては是非ジズフ様方の御歓迎をさせて頂きたく…」

寝転がったままだった姿勢からボフっと上半身を起こす。

「歓迎…それはつまり…」

お食事! 小腹が悲鳴を上げ、目を輝かす。

「…まぁ、そうだな…」

「うん、賛成。食事。異議無し」

ふたりも身体を起こして、食事に向かう事にした。



食卓に圧倒的な存在感を放って並べられるその物体に、気後れして足が進まない。

「こ…これは…」

身構えたままaと寄り添う。

食卓に並ぶソレは、どうみても―――イモムシ、なのだ。

怯むK達にシールが小声で告げる。

「エキンムの蒸し焼き。高級食材だぞエキンムは。ティフェレトの名物の一つだな」

「いやいやムリ」

「うん、ムリ」

せめて形を…、と呟くa。何せ丸々原形が残っている。エキンムはかなり大きなイモムシで、皿に一匹丸々乗せられている。サラダで可愛く飾付けてある所がもう何とも言えない…


「むちゃくちゃ美味しい」

もくもくと口を動かすa。そんなaを横目に見る。

「よく喰えるね…」

「いや、喰ってみろって。うまいよ」

「いや」

さすが高級食材、なんとエキンムはちゃんと美味しかったらしい。とは言え手を出す勇気はない。マツタケやキャビアが美味しくなかったように、高級食材ってのはKのお口には合わないらしい。だからきっとコレも口に合わない、うん。

「食わず嫌いめ」

「何とでも」

横から綺麗なおねぇさんが如何にも酒が入っていそうな小さな瓶を差し出してきた。

「どうですか?」

お姉さんが綺麗なので思わずグラスを空ける。

「貰う。何?」

グラスを差し出しながら、瓶を傾けるお姉さんに尋ねる。

たんまりと注がれたそれを口に運び、金色の液体を口に含んだ瞬間。

「花幼虫を蜂蜜で漬けたお酒です」

ブッ――――――!!

虫!!

「けへっ、グヘ、ガフッ…!!」

「ど、どうなさいました? 大丈夫ですか?」

気管に入った! ちょっと大仰に驚きすぎたよ! お姉さん御免。

しかも甘すぎてちょっと舌に合わない。なんだか度数も高そうな熱さがあったし。く、苦しい…。

しかしまぁ、なんだってそんなに虫ばっかりなのさ…。

呼吸が落ち着いてきて、普通に果実酒を頼んでお姉さんには下がって貰った。


「しっかしさぁ――」

果実酒は良かった、普通に美味しい。

グラスを傾けながら静かに周囲に目を配る。

…ジズフ様、ジズフ様…、ジズフ様!

… 辛ッ! 何この視線! カミサマやるのも、大変そうだね。



夜。

食後割とすぐ日が落ちて、4人はそれぞれお部屋で休んでいる。Kは風呂上り。ティフェレトは風呂のある国でよかった。

というか、流石に宿場街なので一応幅広い施設が揃っていて助かる。ネツァクなんかは湯に浸かる習慣が無いみたいだったし。まぁ、暑い国だからなのかな…? だからって…いや、だからこそ、やっぱ水浴びだけじゃあねぇ。

それはともかく、風呂から上がってちょっとした暇なわけなんだけど…。

aも誘って野郎どもの所へ遊びに行くか。


「やぁやぁ男ども。お

「邪魔するよー」

aとふたりでドアを開く。

シールとグールは会話もなくそれぞれのベッドでだれていた。

「寂しいねアンタたち」

呆れたaがグールのベッドに腰を降ろす。じゃあKはシールの座ってる横に寝転がる事にする。

「…」

男どもはふたりして何か言いた気だがまぁいい。

「で、ジズフ是非見てみたいよね!どうしたら会えるかな?」

「「…」」

沈黙の男ども。

ええーと。

「どう、グール」

指名を受けたグールは面倒臭そうな顔で一蹴する。

「気軽に神呼び付けた奴が何言うとん」

「あー、成程。訊いてみますか。たくちゃ――――ん」

空に向って呼びかける。

「そんな風に呼ばんでも」

いつもの如くaは呆れ顔です。

「―――何だ」

現れたカミサマもa同様の顔をしておる。

「度々ゴメンね。ジズフに会ってみたくってさ」

「…解った。次に会った時スカルティの月第二オク宵の八時に神殿で待つように伝えておこう」

タクちゃんは「神使いの荒い…」なんて呟きながらもことづけを承ってくれた。

しかしその面倒臭い言い回し…

「時を越えてるね?」

「まだ会った事がないと言っただろう」

そうだったっけね。


「約束は取り付けたけど…」

「なんかもう、呪文のようだった」

「うん。宵の8時しか理解できなかった。いつ行けばいいって言ってた?」

頼りのシールに顔を向ける。

「スカルティの月第二オク宵の八時。つまり、今夜8時だな」

「神殿、とは?」

「ジズフ神殿だろ」

カミサマに会うなら神殿で。なるほど、理に適っている。

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