026//美の国で_1

ティフェレト最大の繁華街、ウォンダミール商街道。少女は銘菓キッカロッカを齧りながら隣を歩く友人に力説を続けていた。

「だーかーらぁー、本当だって! 昨日ネツァクの友達から電話あって、オチガミを倒した人がいるんだって!」

キッカロッカを力強く握り締め、その形を失わせていく。

「え~~~? そんなことあるワケないじゃん~」

もう何度もこんな遣り取りをしてきたのだろう、隣の少女は疲れた様子で呆れ返っている。

オチガミというのは古来からの世界の天敵だ。絶対に倒す事なんて出来ないのだというのが世間一般の常識なのだ。

「その人たち、ファイアードレイクとコルードを操ってて、神さまみたいに消えたり現れたりするんだって!」

例えこの少女が言うように、近年では稀なカルキストが世に現れたとして、所詮神の力の執行者である以上オチガミの前には無力な筈だ。その程度の見解を持つ程には、この友人は一般教養が身に着いていた。

そろそろ不毛な遣り取りに嫌気が差して来た頃だったが、まだ続きがあるらしい。

「それでね、話を聞いていくと、どうにも怪しくて」

この娘のとんでもない所は、カルキストが現れたと言っている事でもオチガミが倒されたと言っている事でもない。そこから何故か、

「ね! きっとジズフだよ! 神秘の神は人に化身するって聞いたコトあるし!」

という、思考回路の読めない結論を導き出した処にある。

「だから、それはないでしょ」

「なんで~」

などと馬鹿騒ぎをしているうちに、少女たちは周囲のざわめきと異様な空の暗さに気付いた。

「…あれ? なに、急に暗く……」

「!!!」

「あ、あれ…」

見上げた空、太陽を隠すように浮かぶもの。それは、新たな太陽のような

「ファイアードレイク!!?」

燃え盛る、巨大な玄鳥だった。

街の上に突如として現れたドレイクは、皆が見上げる中、その巨体を一瞬にして掻き消した。

「き、消えた…」

代わりに何か、声のようなものが聞こえてくる。

「…何か落ちてくるよ!?」

ざわめきの街目掛けて落下してくる未確認物体。

微かにその姿を捉えた人々が叫びだす。

「ひとじゃないか…?」

「人、ほんとだ人だ」

「2、4…4人だな」

4体の人影は速度を緩めることなく落下し、2番街の方に物凄い音を立てて墜落した。

「落ちた、あっちに落ちたぞ!」

「あれじゃもう死んだんじゃ…」

「見に行かなきゃ!」

少女は友人の手を取って、野次馬の中をその中心へ向かって駆け出した。



「成功ー! 巨大クッション法~!」

大きなクッションの上で青褪める3つの死体を背に、きゃらきゃらと身を揺らす。

ここはフェニックス君が間違えてなければティフェレトで一番賑やかな場所の筈だ。ターミナル参拝の前に観光を済ませようと、転移先を「一番賑やかな場所で!」とお願いしたんだけど、ここは確かに凄い人の量。上空から見た限りではフェニックス君が降り立つスペースが無かったので、取り敢えず飛び降りてみた。着地に際し何を緩衝材にするかで迷ったのだが、巨大クッションは成功した。次こそ巨大トランポリンを試してみよう。

なんて考えて楽しんでたら、人込みを掻き分けて数人近寄ってきて。

「え?」



「くそぉ~、交通違反で罰金取られるとかぁ~っ」

交通法とかあんのかよ、このファンタジー世界!

「俺は言ったからな、違反行為だって」

「あたしも止めたからね」

く、皆敵か!

「グール…」

「俺は知らん」

くそ…髪が乱れたからって機嫌悪いな…。

「ファイアードレイクのカルキスト!! あのっ! ジズフですよね!?」

「じ…ずふ?」

突然の声にふと人だかりに目を落とす。

見るからに頭の弱そうな可愛らしい女の子が一人、目をキラキラさせてこっちを見上げていた。

はてなマークのKとa。背後で肩を揺らす男どもの気配。次の瞬間。彼らは盛大に、

吹き出した。

「ジ…、ジズフ…ッ!!」

「な、何??」

「さぁ」

どんな意味だとしてもここまで二人が爆笑するのは、初めて見るような。そして恐らく珍しいような。何なんだ、ジズフって。

「…ジズフ…」

「…ジズフ?」

「ジズフか…」

騒ぎ出す民衆。

「あたし聞いたもん。ネツァクの友達が言ってた通り! 突然現れてファイアードレイクを使う橙髪青目のちっちゃい子! オチガミ倒したんですよね!!」

民衆に波紋を投げかけてくれちゃった少女は更に波を広げていく。

「ネツァクで…オチガミ…?」

あのカゲの事だよね?

「倒したけど…」

なんで知ってんの? 友達に聞いたって言っても…その友達、時越えでも出来る…? ネツァクはターミナルも転移機能使えないって言ってたし…それとももしかして電話みたいなのあるのかな?

「やっぱり! 伝説にもあるもんねっ」

「ジズフ…そう言えば…」

「ジズフ…言われてみれば……」

「…ジズフ……」

ざわめきが際限なく広がっていく。それは催眠に罹るように。人々はうわ言のようにジズフの名を呟きながら好奇の目をこちらへ向ける。

「ね、シール…なんかこわいんだけど…」

反応が無いので振り返ると

「――――――~っ、――ッ!!」

…まだ笑ってやがった。

「Kが解んない事でいつまでも笑うなぁッ!!」



「ジズフは神の一人だ。『神秘』を司る」

いつもの無表情で腹を抑えながら説明してくれるシール。

手加減はした。それでも痛みに慣れていないオージサマには痛かったろう。

「成程? で、何故笑う」

「聞くか?」

「聞くよッ!!」

張り付かせた笑顔を脱ぎ捨ててグールを連蹴。

「俺は何も言うてへんがな!」

「るさい」

くそ、ちょっとaにいいって言われたからってその髪形キープしやがって。

「で? 伝説って何?」

「ジズフは特殊な神で…あ――――(略)時として人の体を持つ、と。結構古い神だが、ジズフに関する伝承はそんなに残ってはいないな」

そろそろグールを蹴り飽きたので、なにやら始まっていた講義に顔を出す。

「どんなの伝承?」

「…めんどくせぇ。グール、説明してやれ」

「はっ?」

いつもは雰囲気放つだけだったのに、遂に口にしちゃったねこのコ。突然指名されたグールも驚いてるが

「簡潔に頼むよ」

「ぐっ」

aにまで指されて引き下がれなくなった様子。

ホントaに弱いなこいつは。

で、かったるそうな説明が始まる。

「あ~~…何やったかなぁ。ジズフが現れたんは確か、神が現れ始めた初期の頃やな。女神や言う説もあるけど一般的には男神っちゅー事になっとる。現れた場所はティフェレト=ネツァク間。言うてもその時代まだそんな名の国もあらへんかったらしいけど。何や見た事も無い生物従えて、物を消したり出したりしとったらしいで。俺そんくらいしか知らんわ。ちゃんとした伝承なんてあんのかい」

「似てる…かねぇ」

「K神だったのか?」

「あはは、実は?」

そんなやる気の無い遣り取りの後、今の状況を忘れていた事を思い出させる少女の声がざわめきの中から響く。

「って事で、私の代で現れてくれて感激です!」

ラッキー♪と手を絡める少女の目はキッラキラ。なんか、伝承も余り残ってないと言う割りに、随分人気者なのか、ジズフ神?

そんな少女に野次馬の中からまた声が。

「しかしお嬢さん、知らんのかね。ジズフは破壊の神としても知られている。あの伝説が伝えるのはジズフの神秘とともに破壊の惨劇でもあるのだよ」

とたん。

「「「おまえ、神だったのか」」」

「それどーよ皆して!!?」

失敬な! aはともかく、Kまだこっちでそんなに破壊活動してなくない!?

「…あながち…」

シールが真顔に戻ってそう呟いた時、本格的に今の状況を思い出した。ここは、相変わらずジズフジズフと呟く民衆の群れの中心。

しまった。超寛いでたよ。

「取り敢えず、参拝終わらせて宿だな。話はそれからだ」

「うん…。すっげ見られてるし」



ぴたりとドアに耳を当てて外の様子を窺う。

居る。確実にたくさん居る。この部屋は張られている!

(いる)

口パクで背後の二人に伝える。

(コルードとか使って追い払っちまえ)

GoAwayのジェスチャーでベッドに座ったまま指示を下すシール。

(人遣い荒!)

シールの腰を降ろしているのとは別のベッドで寝転がったaがシールを見上げている。

参拝はかつてないほどスムーズで、多分順番とか譲られてた。その後ウォンダミールの外れに宿を取ったんだけど、先刻の騒ぎの所為で野次馬につけられたり宿屋の人がドアの前で待機してたり非ッ常にやりにくい状況になってます。

あ。そうだ。

はい、と挙手で提案を示す。ふたりに近付いて小声で相談。

『この部屋張られてんだからさ、グールの居る方に転移すりゃいーんだよね』

甦る惨劇に青褪めるシールに構うことなく。

レッツゴ~!




「―――――…」

グールは一人ベッドに仰向けになっていた。

いつものように2部屋とって、話に付き合う為にK達の部屋に残ったシールに全て任せて、興味の無いグールは自分の部屋に真っ直ぐ来ていた。

静かに息を吐く。

ホドの公主の瞳の色がまだ気になっていた。自分と同じ月色の瞳のツェク・マーナ。マルクトでは逢った事は無い。感情が高まると金に近付く処まで同じだった。そして、置かれた境遇も。

『―…おまえのその瞳の色は、おまえが特別な証だ。おまえがここに居られる理由だ…―』

いつか聞いた、誰かの言葉が頭を過ぎる。もう細かく思い出せない。今思い出せただけでも驚きだ。もうずっと昔に捨て去った記憶。破棄された過去。

…。

なのに、自分は今ここに居る。


もう一度溜息を吐こうとして―

…突然の悪寒に、目を見開いて身体を捻った。

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