025//閑話4

時越えに失敗してグールとふたりでホドを探索したら人格の入れ替わったオヒメサマたちとお近付きになった。


そんなこんなで本日の宿はホランダラット領主邸。もう遅いので折角だしと泊めて貰える事になりました。



「逸れて連絡つかなくなった時はちょっとビビッたよ」

用意して貰った部屋でaと漸くの情報交換を行う。

「うん、何で連絡つかなかったんだ?」

「多分ね、離れ過ぎ」

「離れ過ぎ?」

「国レベルで離れた事ないじゃん。そんな距離には対応してなかったんじゃないかなと」

「成程…。そう言えば遠いんだったね」

時越えしゅんかんいどう音速マッハ飛行が主な移動手段の身としては、確かに距離感は狂う。5千キロの距離を行き来した自覚は薄い。因みに5千キロというと…日本からならインドやオーストラリアにギリギリ届かないくらいの距離だろうか。知らんけど。

「でも帝国内では大丈夫だったじゃん?」

「波長の合ったアンテナや衛星といった便利な品がないからねぇ、この自然大国」

「そうか」

「まあ、改良の余地アリって事で。空間指定自体は出来たんだし、中からなら座標の特定も出来たみたいだから良いとしましょう」

「そうだね。随分と中は居心地悪いみたいだけど」

「その辺も順次対応していきましょう」

話に一区切りつけて息を吐く。

「もうさ、人のうだうだに付き合うのは嫌だねぇ」

「まあね。チキュウじゃお目にかかれない厄介事だったね」

「あー、前に何度かやったね」

「ああ、あの催眠…」

人格が入れ替わりましたよって暗示を互いに斯ける。すると、皆面白いようにかかってくれて、

「あれ楽しかったね。誰が誰の目にどう映ってるのか顕著に解るから」

「そこが怖い所なんだけどね」

つまり、暗示にかかった人物が「自分の中にある入れ替わった筈の人物像」を演じるのだ。当然「違う体に入っていた時の自分の記憶」など存在しない筈だが、これがあるのがまた面白い。自分の体が見ていた「他人が演じた自分」の様と「自分ならどう動いたか」という想像で補ってしまうらしい。勿論、親しい仲の者同士の方が成り立ちやすい。感じる矛盾が多いほど暗示が解け易くなってしまう。

「またやってみる?」

「いいねぇ~。シールに暗示斯けるの難しそうだけど」

「確かに」

なんて懐かしい話題で盛り上がった後、Kは少し彼女の様子を見に行くことにした。


「えーと…グーラー?」

「なんや、あんたか。どうした?」

「ちょっと様子見に」

「そ。全く…面倒な事になったわ」

「公主の代役だもんねー。まずは言葉か?」

「あー。あの最初にアタシ捕まえたイケ好かん男が付くんやて。勘弁やわ」

あー、あの…。大変そうだ。

公主サマ(真)は一応公務が滞らないよう最低限の手配はしていってくれた。そのひとつが、代役への教育指導係の手配だ。

「まあ頑張ってね。K達世界に馴染むのに忙しいからあんまり見に来れないけど、気が向いたらまた様子見に来るよ」

「は? なんや、行ってまうんか」

「うん。次はえーと…ティフェレト?」

「知らんけど…。じゃあ次会う時までに絶対カムシャ公落しとくわ。見とき」

「そりゃ楽しみにしとくよ。あぁでも、身体的接触は控えるんだよ。その体で子を成したら元も子もないからね」

「ブッ!! ま、ませたこと抜かしてへんと早寝ぇ!!」


公主(偽)に追い出され邸内を散策していると書庫のような部屋があった。

読めないけれど本は好き。ということで入ってみるとそこに居たのは……

「ようシール。何読んでんの」

「本」

「……驚かせちゃった?」

「少し」

やはり全然そうは見えない。

「そりゃ悪かった。で、何読んでんの。…図鑑?」

「ああ、薬草の」

「ふーん。あ、これ知ってる」

「ヤノカズラソウ。幻覚を見せる呪術用の薬草だな」

「へぇヤバ気。どんなの?」

「此処に説明が載ってる」

「あ、ごめん文字読めないから」

「なに?」

シールは目をパッチリ開いて顔を上げた。今度は解る。驚かせた。

「文字。識字が出来ないの」

「けどおまえ、割と図書館に入り浸ってたよな」

「映像資料って便利よね」

「ぁあ…マルクトの大湖の言語組換も識字能までは与えてくれないんだな」

「そうみたい。シール文字教えてくれる?」

「構わんが」

「じゃあお願いしようかな」

「ああ。なら…これでやるか」

「え」

今すぐ教えてくれるんだ。しかもそれ、薬草図鑑ですけど。

「どうした」

「あ、いやいや。お願いします」

「現代文字は大抵が表意文字だ。まず単語を覚える事だな。これが『行う』等の意を示す文字。で、こっちが…」

うわぁ。しっかり教えてくれそう…。


「………。解っちゃった…」

教材図鑑なのに。

「別に難しい事じゃないだろ」

「うん…どうだろう。とにかくシールは物教えるの上手いって事は判ったよ。物教えるの好き?」

「好きとかは思わんが、従弟に偶に教えさせて貰ってるな」

「そうなんだ。何か言い回し微妙なんだけど? 従弟可愛い?」

「可愛くない」

言い切った。

「新しいもの、珍しいもの好きだからな。王城に居ればいつか会うさ」

「そっか…楽しみ…? で、今何してんの? それ、薬草図鑑って事は…」

「何か役立つ植物が無いか調べてるんだ。なかなか見つからん」

「どんな効用? 他にも調べられる本あるなら手伝うけど」

「…あー、いい。明確に目的を持って探してるワケでもないからな」

「えーと、もしかして例の実に関する…? 特に決めてないけど、改良効果を付けようって事?」

「まあそんな処だ」

「ふーん。こっち見てないやつ? 見てていい?」

「ああ」


復習がてら図鑑を暫く読んだ後、目が疲れたので庭に出た。夜に灯で文字を読むのはやはり目に悪い。

シールも同じタイミングで切り上げ、Kに「早く休めよ」と言い付けて退室した。

「K。まだ休まないのか?」

「うーん。ちょっと夜空でも見てからと」

ふわりと舞い降りたカミサマを見上げる。実を言うと、そろそろ来るかと思ったんです。

「星空綺麗だからね、この世界。チキュウは…て言うかKの住んでた所じゃ、こんなたくさん星は見えないんだよね」

「そうなのか」

「山の中とか行ったら綺麗だけどさ。それでもここまでじゃないかも」

まさに満天。眩しすぎるくらいの星空だ。

「ね、星座とか無いの?」

「星座?」

「そう。星座。星繋げて形作って、お話作るの」

「そういうのは…どうだろうな。あるのかも知れないが」

「ふーん。じゃ今度シールにでも訊いてみようっと」

人間の文化に詳しくないんじゃ仕方ない。

「それより、吃驚したよ。ホドの女の子達は強すぎる」

「神の悪戯か…」

「そうそう、凄いね。でも結局さ、解らないんだけど…」

公主サマとグーラー。あんなに似てて紋まであるのに、公主サマは人間だ…その筈だ、公主なんだから。ならなんで紋があったんだ?とか。目の色もグールと一緒だから、絶対人喰だと思ったのに。

「ホランダラット公主か…」

「 ? なんかあるの?」

「彼女は恐らく、ツェク・マーナだろう」

「え…でもさ」

グール曰く公主サマは人喰ってないらしいんだけど…。

「お前達が巧くやれている様に、此処にもそんな例があった。そういう事だ」

「…本人知らず?」

「そういう事もあるんだろう」

カミサマが言うんなら…まあ、そうかもね。


「それで、エケルット公。やはりそういうおつもりですか?」

 !

「…そうですね」

庭から戻り、寝る前にお茶でも頂こうかと立ち寄った部屋には先客が居た。

…シールとカムシャ公。何話してんだろ、こんな時間に。

「…」

「珍しい、迷っておいでですか」

「若干」

「確かに、随分と才能をお持ちだとか。もっと鍛えてからの方が良かったかも知れません」

「ええ、確かにあの才能を失うとすると惜しい。ですが…」

これって…、昼の。

聞いちゃって良いものか。

「ですが、それだけではなくて。自分でもよく解らない。ここで失うのは、違うと思うんですよ」

「本当に珍しいですね。エケルット公。でもきっとそれは貴方にとって良い事ですよ」

「…」

「まだ時期ではないと思ったなら延期すればいい。急ぐ事ではありませんし、何も貴方の仕事ではない。それと、知らせないというのは…どう出るか判りかねますよ。それでは私はそろそろ失礼します」

「ああ、また明日」

「おやすみなさい」

! やべ、こっち来んじゃん!


出て来たカムシャ公を蔭に引きずり込む。

「ねねね、何の話?」

驚いた顔をしつつも大人しく引きずり込まれてくれたカムシャ公は、悪戯に微笑む。

「いけませんね盗み聞きとは」

「不可抗力。こういうのは聞かれた方が悪いの」

「成程…」

子供の理論に対する大人の苦笑い。さっきまで散々情けない姿を見せられているので少々癪だがまぁそれは置いといて。

「時期がくればエケルット公の方から話があるでしょう。それまで今の事は忘れて差し上げては如何です?」

「…ぐ。……解った、解ったよ」

仕方ない、此処は聞かなかった事にしといてやるよ。




空は紺碧。

森は深く眠る時。

ただ、二種類の生き物だけが鼓動する闇。



私達は約束をしよう。

この名に賭けて。

この瞳を証に。


俺達はあんたを信じよう。

私達は裏切らない。


それならば。

命を預ける。

この力を預けよう。



藤色の月の記憶をみる。

遥か彼方の刻の記憶。

誰かの遺伝子に組み込まれた、本当に昔の物語。

目が覚めたら忘れてしまう、共有意識の深淵に迷い込み偶然みた夢。

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