024//栄光の国で_4

「…え? シールの知り合い?」

シールは無感動な表情で彼と挨拶をしてから、Kに紹介してくれた。

「あぁ。彼はザクサス・カムシャ・スメシア。ゼクトゥーズ現王母の―――甥だ」

後ろでお行儀良く頭を垂れて見せるカムシャ公。今の話から行くと頭下げられるような身分じゃないんだけど。

シールは今度は彼の方を向いてKを紹介してくれる。

「こっちは新任のカルキストです」

「ああやはり。知っています、有名ですよ。しかし、二人だったのでは?」

「ああそうだ、aさんは?」

言われて漸く思い出して、穴に顔だけ突っ込んでaと会話する。

「よう、aさん。荷物届いたよ」

「K。そうか、成功だな」

「うん。で、aさんは来ないの?」

「悪い、今ちょっと立て込んでて…後で呼ぶから」

「そう、解った。気を付けとく」

穴を閉じて、振り返る。

シールとグールにaは後から来る旨を伝えた。

「なんや、来ぉへんのか」

見るからにやる気の失せた顔をされても。残念でしたね。

「凄いな、今のは何ですか」

「へっ? つ、通信です…?」

興奮した様子のカムシャ公に詰め寄られる。

でけぇな、くそぅ。態度も相まってちょっと恐いんだけど。カムシャ公180cmくらいあるでしょ。K140cmしかないんだからね!

「いや失礼しました。実は私はカルキストに大変興味がありまして」

実に爽やかに手を広げてみせるカムシャ公。やっぱりコワイ。

「ミーハーなのね」

…忘れてた。地の底から響くようなこの声の主を…。

現れた人物を見てシールの眉が怪訝さを示した。かすかな変化だったが、乏しい表情筋でよくやった方だ。

「グーラー」

お怒りの公主(偽)に目を移す。

「一応私、婚約者なんですけど」

そうだそうだ。婚約者放っておいてカルキストに感けるとは何事ですか。

「私はクィーリと婚約したんだ。…貴女と婚約した覚えは無い」

うわぁ、手厳しい! コレ泣くし! Kだったら。

っていうか、あれ? てことは、バレたの?? 意外に凄いね、カムシャ公。

「ー―――――ッ、!!」

あーあ。グーラー走り去ってっちゃった。まあ今のじゃ仕方ないよね。

「――で。何考えてんの、シール?」

「あ? いや。べつに」

「そう? あ、今の彼女はここの公主役だよ」

別にという割には怪訝そうだったので、公主見てからこんな様子だったのを思い出して紹介してみる。本人居ない処でなんだけど。

「役」

「うん」

K的にはもっと混乱するかなーと思ったんだけど、意外にも怪訝さが薄らいだ気がする。グールも「それじゃ解らんやろ」って顔してたのに。

「妙なヤツだなぁ。どうかしたの」

「なにがだ?」

全くそんな事を言われる筋合いは無いという顔のシール。

「役ってどういう意味? とか訊こうよ、ここは」

「大体見当はついた」

「エケルット公」

いつの間にか場を離れていたカムシャ公が帰ってきた。

ちょっと…話途中だったのに…まあいいけど。

「エケルット公、やはり彼女達がマスカ」「カムシャ公。今それはちょっと」

「え、はぁ、解りました。すみません」

「いえ」

……。

彼女達って、K達だよね。展開と視線から言って。

なんだか面白くないねぇ。

散歩行こ。



……。

なんか付いてきてた。

「――――――――――あの」

歩みを止めて、そこまで言ってから思いっきり振り返る。

「鬱陶しいよ!!」

「お気になさらず」

するよ。こんだけストレートに言ってやったのに顔色一つ変えずにお気になさらずってどういうこと!

正面からカムシャ公に向かい正式に文句をいう姿勢をとる。

「付いて来ないでよね。カルキストが珍しいならaさんにでも…わあぁっもう!」

「へ?」

人が! 丁度タイミングも良くKとカムシャ公の間に突然人が現れた。

あんまりにもビックリしたので思わず苛付いたが、現れた人物を確認して幾分落ち着きを取り戻す。

「え、あれ? aさん? あぁ、あーびっくりした。どうしたの。何で来た?」

確か後で呼ぶって言ってた筈だ。自由転移が完成したからK用無しなのかしら。くすん。

「えっと、届け物です」

aはKの正装姿をまじまじと見てからコレ、と隣に立つ「荷物」に注目を集めた。

「気持ちワル…何よ今のは…あ~ビックリした…」

? 誰??

そこに居たのは厳しそうな顔をした地味系のでも良くみれば綺麗なお姉さん…

「グーラー…」

に、似てる。

「クィーリ…?」

「…」

挙がった声に目を遣ると、カルキストの御業に感動して静かになっていた男…いや、違うようだ。もうK達なんかそっちのけで感動の瞳はaの荷物である女性に注がれてる。

「クィーリだろ?」

「――――…はぁ」

それまで黙ってその瞳を受けていた女性が、諦めの溜息を吐いた。

「真っ先に会うのが…あんたか。しょうがないなぁ」

カムシャ公の顔がパッと明るくなったのがわかった。

「クィーリッ!! やっぱり!」

「わっ、ばかっ」

「「おー」」

堪らず、といった風に思いっきり彼女に抱きつくカムシャ公。細い女性はあたふたしている。お熱いコトで。

aと目が合って、双方苦笑いで逸らしあった。



邪魔が入らないように、公主の私室に皆集まっていた。

「神の悪戯、か」

「そうですね、珍しい事ですが…」

謎の単語を吐き頷きあうケテルの王族共。

全然解らないので。

「はいはい、説明してくださいよ」

言って、シールに目を遣る。

さっきまでシールにべったりだったカムシャ公は今はaのお荷物としてやって来たクィーリさんとやらにべったりで―や、もう本当に物理的にべったりで―、解放されたシールは随分ほっとしているようだ。多分。

Kも一安心だけど。

ただ心穏やかじゃない人が一人。グーラーの機嫌は大層悪い。そりゃそうだ。惚れた男がこの様では。

ちらとaに目を遣るとaは怪訝な顔でグールを見ていた。

? 特にグールに不自然な様子はない。

「神の悪戯ってのはだな、」「この世の神秘の一つですね。血筋や生まれ、暮らす土地や距離、面識、生星や加護神等に於いても全く関連の無い二人の間で精神の交換が起こる現象です。あ、性別に関しても無関係です。私達は意識しないものなのでつい忘れがちで。原因詳細は未だ解明されてはいませんが、同調説が有力です。全く同じタイミングで全く同じ感情を抱いた、等です。大体の事例では三ヶ月から三年で元に戻れるようですが、戻らなかった事例も報告されています。自然に戻るのを待つ他に今の処手はありません」

シールの台詞を奪って長々と説明してくれるカムシャ公。

「因みに魔風というのは大気中の魔力層の衝突により起こる突風に似た現象です。異なった属性の力が重なり合い摩擦を起こす事でその場に爆発的な力が生まれ弾けるのです。巻き込まれると一瞬にして遠く離れた場所に送られるそうです。一説によると力の暴発により空間に歪みが生じるためと言われます。ただしこちらは交換はしてくれませんので、今回とは関係無いようですね。似ているとは言っても彼女達の体は確かに入れ替わっていますし」

かなり悔しいが、彼の説明には知りたい事は全て含まれているようだ。長かっただけの事はある。

台詞をとられたシールは「まあそういう事だ」と感慨なく呟いた。

「うん、まあ…」

やっぱりKにはシールの説明くらいで丁度いいかな、と。

「つまり、ここの公主サマとグーラーが中身入れ替わっちゃったって事だよね。その、神の悪戯とやらで。で、顔も似てたと」

「そういう事ね。それより、一応色々聞いておきたいんだけどいいかしら」

言って本物の公主サマがグーラーを見る。

わ、グーラーったら公主サマをガン見!!

「貴女がウェステラ?」

「…」

沈黙の後、頷くグーラー。

「そう。お互い大変な目に遭ったわね。これからの事だけど…」

公主サマ(真)は暫し目を閉じて、ゆっくりと開いた。

「このまま公主を続ける気は無いかしら」

「…え?」

らら。

横でaは少し切ない顔で俯いている。何があった?

「私、貴女になりたいわ」

すげーこのお姫さま! 厚かましいっていうか我侭を言い切るなぁ!

「クィーリ!? 何を言うんだ、君の代わりなんか誰にもできるわけ無いだろう!」

「あんたはうるさい」

「クィーリ!」

横から慌てたカムシャ公を叩きのめす公主サマ(真)。強い。

「あんた、何考えとるん?」

「私ね、シャーィの事本気なの。見たところ貴女シャーィに気は無いんでしょう? ならこのまま、交換生活を続けても支障は無いんじゃないかしら?」

眉を顰めて黙り込むグーラー。

「…aさん」

「何」

小声で隣に呼びかける。

「どうなってんの?」

「…込み入ってるのよ」

ウンザリと肩を竦めるa。そこを聞きたいって言ってんのに。

「クィーリっ。シャーィって誰!!?」

取り乱した男が一人。最早涙目かという体で公主サマ(真)に縋り付く。

「だから、あんたはうるさいっ」

蹴飛ばされた。やっぱ強ぇ、この姫さん。

それでも今度は食い下がるカムシャ公。

「だって、だってクィーリ!」

「だってもなにもない、私は恋を知ってしまった。もうあんたとは一緒になれない。それに、ウザいのよ、あんた」

言った! 初対面の人…しかも他国の王子目の前にして! 王子の親戚を此処まで貶すとは。…って、この公主サマ知らないのかも。シールは素知らぬ顔で座っている。聞いてないかも知れないくらい関心無さそうだ。

「クィ~リ~…」

「それでウェステラさん、どうなのかしら」

「…」

泣き付くカムシャ公を完全無視してグーラーに向き直る公主サマ(真)。

「こないに想ってくれとる男が居って、良い生活しといて、あんた何が気に入らんの」

「違うわ。公主の生活に嫌気が差していたのも確かだけど、私はそれが嫌だと言っているんじゃないの。シャーィと一緒に居たいと言っているのよ」

あ、何か言う前にまたカムシャ公蹴られた。

凄い形相で公主サマ(真)を睨み付けるグーラー。

ところでさっきから静かだけど…あぁ、グールとシールは二人で仲良く蜜柑剥いてるね。完全に興味無しか。

で、睨まれた公主サマ(真)は不敵に微笑い返す。

「私だって、貴女が羨ましいわ。私じゃ得られない彼の愛を受けながら、それに応えない貴女が憎い」

「…」

Kは触れたaの袖を引っ張って耳を寄せた。

「だから、どうなってんのよ?」

「あのねぇ~…。後で話すよ。あたしだってよく解んないし」

う~、今知りたかった。

「でもさ~、三年かそこらで元に戻っちゃうんでしょう?」

片隅で呟いたKに思いの外視線が集まる。う…続きが言い難い。

「たったそれだけの期間なんだから、いっそ楽しんじゃえばいいじゃん」

「「「……」」」

「…そやな、それもええかもな」

「な…ッ」

暫しの沈黙の後頷いた公主(偽)。

慌てるカムシャ公を尻目にグールが口を挟む。

「そ、そ。なっちまったもんは楽しんだ者勝ちやしな」

「あれ、じゃあグールもその状況楽しめてます?」

首輪に指を絡ます。

「それは別」

「て」

ぺしっと叩かれた手を振る。

グーラーは大きく溜息を吐いて首を振ると、勢い良く顔を上げた。

「よっしゃ、じゃあそれまでに落としたんでカムシャ公」

「いいわね、じゃあ私も負けないようにシャーィにアタックしましょうっと♪」

「覚悟しぃや」

と良い笑顔で脅しかかるグーラーとKの知らない男を落とす為の算段を立てて微笑む公主サマに目を遣ってから、aと目を合わせる。

「女の子って、逞しいねぇ」

「だな。気の毒にね、彼らも」

あたふたとしている、当初の威厳を欠片も残さず失ったカムシャ公に同情しつつ、なんかまぁ解決かなとKは肩を落とした。


それからターミナル参拝ついでに公主サマ(真)をシャーィとやらの元へ送り届け、aとシールが彼に詳細を説明しにいった。


「ね、グール」

「なんや」

「ターミナルやっぱ場所違ったね」

「せやったな」

シャーィの家を横目に、二人の帰りをグールと共に門外で待つ。

「何かツェク・マーナいっぱい出てきたけど…地味だよね」

確かに良く見れば美人だけど、ふたりとも地味だった。グールが特別にキレイ顔なのかとも思ったけど…

「あれは女やし。他ではどうか知らへんけど、俺らは男だけしか狩りせぇへんから」

ええと。多分、こういう事。

女の人は狩りをしないから、人目を引くような外見をする必要はない、と。そうして地味になったのか。


「あれ、公主サマ? Kたちにまだ何か?」

「ごめんなさいね、たいしたお構いも出来ないで…」

シャーィが嫌がるからと家に上げて貰えないKとグールに気を使ってくれたらしい。

「全然大丈夫。そういや、クィーリさん知ってた? シールってさ…」

「ええ、ケテル王家の関係者ね。随分上の方なんでしょう?」

「あ、うん。彼はゼクトゥーズのオージサマだよ」

「え」

恐らく髪留で察したんだろうけど、詳細な身分までは判らなかったようだ。

目を見開いた彼女に悪戯に笑ってみせる。

「あの子放浪癖あるから」

「成程。だから貴女達のような特殊な護衛が付いているのね」

護衛って言うか。今回は逆にシールが案内係のような。まあいいか。

「因みに、カムシャ公と血近いらしいよ」

「…え」

「本人気にしてないみたいだったけど」

「そ、そう」

よかったわ、とも、悪い事したわ、とも言えない公主サマ。でもこっちとしてはよかった。知ってってあの暴言じゃ救われない。

「と、とにかく、そろそろ失礼するわね。御免なさい」

「あ、いえいえ。それじゃあ良い入れ替わり生活を」

入れ違いで出てきたaたちと合流して、Kたちはホランダラットの公主邸に戻った。

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