023//栄光の国で_3

「「…!」」

突然の落下と衝撃。地面に叩きつけられた二人は息を詰まらせてすぐには声も出せなかった。

「いっ……たぁ―――っ。痛ぁ~――ッ」

aが声を取り戻し、シールも強かに打ち付けた腰を擦る。幸いにも何某かの上に落下したらしく、それが緩衝材になってくれた様なのだが、その緩衝材も凸凹していて所々痛い。

痛い腰を抑えながらもシールは顔を上げて状況を確認しようとする。

「ここは―…」

「ご、ゴミ捨て場よ? そこは…」

目の前には両手にゴミ袋を携えた見知らぬ女性が困り顔で立ち尽くしていた。



「…」

あのゴミ捨場は彼女の家のすぐ裏だったらしく、お招きに預かり腰の手当てをして貰った。

「えっと…大丈夫?」

背を丸めて御傷心のシールに手当てをしてくれた女性が心配そうに言葉をかける。

「腰は男の命…」

ばこっ!

「ぃッ」

「心配ないです。ありがとうございます」

aが社交辞令的に微笑む後ろで叩かれたシールは大きく溜息を吐いている。

あまりに落ち込んでいる様なので、自分で叩いておきながら少し心配になったのかaがその肩を叩く。

「大丈夫? あんた幾つよ…」

「16」

aの腰はもう治っているが、痛みに慣れていない王子様には相当きつかったらしい。

「帰ったぞー」

「はーい、お帰りなさい」

遠くで新婚夫婦のような遣り取りを聞いてaが顔を上げる。

入ってきたのは何とも可愛い顔をした青年。まだ少年と呼べるような外見で、背も高くない。随分と華奢だ。

「!」

彼は室内に客人を認めた瞬間顔色を変えた。

「おまえ、自分で狩ってきたのか?」

「え? 狩る? 何の事?」

言われた女性はきょとんとするばかりで、意味を取りかねているらしい。

青年はじれったそうに客人を指した。

「そこの男だよ! おまえ狩り嫌ってたじゃないか」

「えっと――…」

話についていけないaが横から小さく声をかけるが

「しかも二匹も!」

二人?

その言葉に遠慮を失くした。

「せっかく狩り能力があるのに… !?」

まだ話の途中の彼の頭を鷲掴む。

「二匹ってのはアタシとアレでかい? お嬢ちゃん?」

ギリギリと締め付ける。

「ぎゃぁーッ、いたたたたたたたたっ、痛い!こら放せッ!」

突き飛ばすように解放してやる。

「気にしてる事を軽々言いやがって!」

お互い様だ。aが男に見えるのなら、彼は女に見える。

しかし、狩り云々の話からして彼はきっとツェク・マーナなのだろう。その言葉遣いに違和感を覚える。

「…あれ? そう言えば二人とも標準語じゃん。人喰いは西言葉なんじゃ…?」

「…俺は…」

俯いてそれだけ呟くと、彼は話を摩り替えられかけている事に気が付いた。

「それよりおまえらだ! 何なんだ?」

言い争っている内に出されていたお茶を悠々と啜っているシールとaを指してまた怒鳴る。

「その人達、ゴミ捨て場に落ちてきたの。で、腰を痛めたみたいだったから…」

「落ちてきた? 落馬でもしたのか?」

「ら、落馬?」

「まあそうだな」

飛竜からの落下も落馬扱いらしく、馴染みない表現にaが怯む。

「馬持ちか…」

馬とはやはり竜も指す。

野生馬を飼い馴らすのは大変難しく、業者から購入するのが普通だ。かなりの高額となるので、結果、馬持ちと言うと高身分の者か悪徳商人などの金持ちを指すようになった。

「で、ここは何処だ。テラメルコへ行きたいんだが」

考え込むように黙り込んだ青年に構わずシールが尋ねる。

「ああ、此処がテラメルコだ。よかったな」

意外にもあっさり答える青年。

「此処が? どの辺りだ?」

「リンカ」

「リンカか。ソーまで遠くはないな」

解らない単語の羅列に置いてけぼりのaが口を開く。

「ソー? 首都?」

「首都はホランダラット」

「え゛ーっ。やっべ~、あたしグールに首都にあるって言っちゃったよ…」

ターミナルは首都にあるものだとばかり思い込んでいた。そういえばネツァクではとても辺鄙な場所にあったっけと思い出しても、後の祭だ。

「大丈夫だろ。あいつも居るし」

「グール世情に疎いじゃんっ」

「…確かに」

ちょっと、いや、かなり心配だ。早々に連絡を取らないととaは思った。




a達のそんな会話の後ろで女性の視線はシールの髪留に奪われていた。


幾重に羽ばたく翼。その鳥を模した紋章。

「どうした?」

「えっ、ぁ…いいえ」

青年の声で意識が戻る。

彼はシャーィ。この家の主で、この『身体の』幼馴染。

今日の朝突然意識が途絶えて、気が付いた時には私は違う身体になっていた。居た場所も格好も何もかも違う。

これが何処かで習った『神の悪戯』という現象か、なんてどこか冷静に考えながら、決して取り乱す事はなかった。

寧ろ、夢の様に待ち望んだ機会。

身分も柵もない、私を知っている人も誰一人としていない新しい生活。隣には『私』を大切に思ってくれる『私』の幼馴染。なるべくならこのままでいたい。

だから、私は彼に「記憶を失くしてしまった」と嘘を吐いた。記憶を失くしただけの、変わらず貴方の大切な幼馴染だと思わせたかった。

「おまえさ…本当に記憶失くしちまっただけなのか?」

「え…」

それなのに、彼には解ってしまうのか。

「その…、さ。なんつーのかな」

言い辛そうに、それでも言わなきゃいけないみたいな顔で。

やめて。

その先は聞きたくない。

私はまだ、このままでいたい。


「今のおまえの中に、俺の知ってるおまえの姿が見つけられないんだ」




え、何の話。

少しシールが話している間に、彼らの中では随分と話が展開していたようだ。お客さんの前でそういう会話は控えて欲しいと望む事しきりだ。


「だめだ。気付かないぞK」

何とか連絡を取ろうとコンタクトを試みるのだが、幾ら呼んでもKが気付かないのでは意味がない。シールは小さく舌打ちして「使えん奴」と呟いた。

「しょうがない、迎えに行く?」

「めんどくせぇ。おまえ行ってきて」

行ってもどーせ戻って来んだし、と投遣りな態度で手を振るシール。それを聞いて、aは唐突に話題を変えた。

「こないだKと話しててさ、自由転移できないかなって」

嫌な予感がシールに過る。

「はぁ?」

「ちょっとややこしいから説明省くけど、『中』から好きな場所にゲートを開けられたらいいんだって話で、『中』に人が入ってられるのかって処から実証したいんだよね」

ヴぉん、と低く振動する空間にシールが多少焦りを見せる。

「…おい……おまえ……」

次に何が来るかを予測して、完全に腰が引けている。

「アタシが行くともしもの時どうしようもないからさ」

その笑顔と共に、恐るべき闇が打ち寄せる。

「…ッ」

プライドに賭けて、悲鳴を上げる事はなかった。



ぐるぐるぐるぐる。

コルードや荷物の山が流れていく。偶に何か判らない…解りたくもない…物体も流れている。

「…」

ぐるぐるぐるぐる。

上の方にぽっかり開いた穴からa…恐らくaが、覗き込んでいる。

「何か解るー?」

「…おまえがウニに見える」

「えー」

「音が一定しない」

耳元で聞こえたかと思ったら、次の瞬間には聞き取れない程遠くに感じたりする。それは聴覚だけではなくて。

「遠近法も通じん。早く出せ気持ちが悪い」

それでもaにはまだシールを解放する気は更々無いらしく、質問を続ける。

「外の様子は? 感覚とか視覚とか」

「…何も」

もう本当に気持ちが悪い。酔うとかそんなレベルの話じゃない。

「念じてみるとか何とかして見つけて。Kの居場所」

「このウニめ」

―マジでおまえが入ってみろ、くそ。

悪態を吐きながらも言われた通り念じて居場所を探ってみる。

―あーちくしょう気持ち悪ぃ。

 そもそもあのバカが時越え失敗なんぞするからこんな事に。何処行ったんだあいつら!!

「――――見つけた」

「よし、じゃあ開くよ」



―多分こう、二重に内側から開く感じ…

aは目を瞑って集中する。取り敢えず、シールの存在が懸かっている。

………

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