022//栄光の国で_2
「ぎゃーーっ、何コレ―――!!」
そんな叫び声でKとグールは公主サマのお部屋に召喚させられた。
「何だい大きな声で」
城に上がるに際し、グーラーの粘り勝ちで公主サマの側に居られる事になったK達は、流石にTシャツジーパンは咎められ、堅苦しい格好にお化粧までさせられてしまっている。
Kは臙脂のドレス。ジャラジャラした首飾りにヒールの高い靴。何よりスカートと化粧が非常に気持ちが悪い。顔が擦りたいよー、顔!
グールは何かいい感じ。っていうか美形は何でも似合うよな。羨ましい。凄い細かい刺繍の入ったサーコートを着せられている。格別に高そうなんだけど…女中さん達、興奮気味だったしな。女性陣に囲まれて嬉しいかと思いきや、グールは大変不機嫌だ。
今はグーラーの濁点付きの悲鳴に溜息を吐いていた。
何を驚く事があったのか、涙目に近い。曰く。
「アタ、アタシちゃう、コレッ。何が起こっとるん!??」
はああ?
「大丈夫大丈夫、似合ってるよ」
「おー似合うてるー」
双方やる気無さ気に持ち上げる。だが彼女が言いたいのはそういう事じゃないらしい。
「ありがとっ、でもそやなくてな! この体、アタシのちゃうねん!」
「「は?」」
落ち着いて聞いてみると、こういう事だ。
まず紋が違う。位置は同じだが、模様が違うと言う。ツェク・マーナである徴ともいえる痣。男性は硬角紋といって少し固くなった半立体的な物だが、女性のそれは薄っすらとしたただの痣なのだそうな。紋が出る場所は個体により異なるらしい。
服も違った。巻き込まれた前後の記憶が曖昧なので思い違いかもしれないと口にはしなかったが、クリーム色のワンピースを着ていた筈が何時の間にか藤色になっていたと。
それに何より顔や体のバランスなどが違う。
………気付かないもんかね。
「そもそもその体からは」
ちょっと呆れていた処にグールが言った。
「人を喰っとる匂いがせぇへん。人喰わんのやったらそらただのホーマサスや」
ただの、というには美形が過ぎる。って言うかそう言えば、グーラー人喰にしては地味だもんね。成程、体が別物だからって事?
「でも…この体にも紋あんで? 人喰うてへんて…」
あれ? ホントだ。この体もツェク・マーナなんだよね? この、地味顔で? …だから狩りが成功しなくて食べれてない、とか。
なんて考えていると、グーラーにお迎えが来た。今から婚約者との逢瀬のお時間らしい。舌打ちして適当にぶっ壊してきてやると呟いた。流石にその呟きまでは聞こえなかったようだが、即座に叱咤が飛んだ。公主様(仮)はそれにまた暴言で返すと、イライラと大股で部屋を出て行った。
「ねーねーグール。ホントにホラン…えっとー…にあんの?」
卓上の不可思議なお菓子を楊枝で突付きながら尋ねる。ターミナルの所在地の事だ。
流石に見合いにまで着いてはいけないのでココでお留守番中なのである。
蜜柑似の果物を口に放り込みながらグールは答えた。
「ホランダラット。あの赤いのが言っとったで、『首都』やて」
「aが何で知ってんの?」
我ながらどうかと思うけど、「赤いの」で解るヤツ。
顔を上げる。グールは構わず蜜柑似の果物の筋を取ってる。
「さあ? あいつに聞いたんちゃう」
この餅に似た菓子、歯に詰まる。楊枝の使い道が変わる。
「ふ~ん…でもさぁ、さっき違う名前聞いた気がするんだけどな。しかも聞いた事あるような」
なんだっけな、確か酒の神にも似た感じの。
「ほら~、」
「はあー?」
グールにも考えさせようと楊枝を向けるが、蜜柑を抓んでそっぽを向きやがった。
「…グールaが居ないと態度悪いよね」
なんかムカツクな。Kだって強いんだからね。
「喧し。こんなようけ餌が居てんのに喰われへんとか…」
あー、成程。それでさっきからご機嫌斜めか。大量のご馳走を目の前にお預け喰らってるんだもんね。どうにも忘れがちだけど、グールは人喰なんだ。なんかあんましだけど…
「人って不味そうだけどなぁ。どうなの」
硬そうだし、栄養無さそうだし。雑食動物だから、臭みがあるのではなかろうか。味が良さそうにも思えない。
「そこらの動物とそんなに変わらんで。そりゃファングやらとは違うけどな。ただ喰うトコ少ないくらい違う」
ファングってあの、シール襲ってた大ウサギだ。食べられたんだ? しかも美味しいらしい言い振り。
「へぇ、じゃあなんで人狙って狩るんだい? ファング狩ったほうが有用じゃん?」
「まぁ、味で見りゃそうやけど。手間がちゃうし」
「ははぁ」
成程、わざわざ闘ったりしなくても、色仕掛けでコロっと引っ掛かる人間狙った方が労力が少ない、と。数も多いし?
「美味しいんだったらあのファング狩っときゃよかった」
「おまえ、ファングと戦った事あるん?」
漸くグールがこっちを向いた。
「あるよ? でも殺しはしなかったから」
「勿体な」
「知らなかったんだもん。次は狩ろう」
お断り会のつもりの公主(偽)と事後承諾会のつもりだったザグサスは、顔を合わせた瞬間互いに異なった意味合いの驚いた顔を浮かべた。
「…公主は?」
「は?」
婚約者の思いの外整った顔に見惚れていた公主(偽)も、相手から出たその一言に意識を戻した。幾ら中身が違かろうと、この身体は紛れも無くホランダラット公主のものだ。
「ああ、失礼」
彼は唐突な質問を詫びて、尚且つ不服そうに呟いた。
「昨日まではそこそこ乗り気だったようなのに、替え玉とは…」
「な、何を仰います。彼女こそホドの公主ですよザグサス様」
従者にはバレていない。突然彼女が替え玉だと言い出したザグサスを奇怪な目で見ている。
「公主?」
反論無く黙り込んで小さく震えている公主に気付く。
「ほらザグサス様、謝って」
慌ててフォローしようとする従者には目もくれず、公主のその様を見ていたザグサスは立ち上がる。
「では公主、二人で庭にでも」
「どうして泣く?」
その涙を隠す事もなく、公主はザグサスを振り返る。
「多分、嬉しくて」
「嬉しい? 替え玉がばれて?」
ザグサスには理解できない。突然公主と呼ばれ、この身体が公主であるからといって誰一人中身を疑わず、いや寧ろ、中身がなんであろうと公主の身体を持つ者が公主役をやらなくてはいけないと引き立てられ、此処で初めて、『中身』を見てくれる者がいた。それはまるで奇跡のようで。感情の整理も出来ないままに、ただ涙が流れた。
「あ、おかえりー。どうだった?」
「めっちゃ…えぇ」
うわ。公爵令嬢(仮)は、しっかり魅了かけられて帰ってきた。ハート乱舞を繰り出している。グールも呆れ顔だ。
暫らくうっとりしてたグーラーだが正気を取り戻すと同時に突然怒り出した。情緒不安定だなぁ。
「あんなええ男が他人のもんやなんて!! しかも愛されてるコイツ~! くそーっ、このまま公主役続けてやるッ!」
随分良い男だったようだ。コレは見てみねばなるまいよ。
「次、夜会? 招待してよ。ってか紹介して」
「つまんねー」
皆何笑ってんだ。ホホホ、ウフフとご婦人方の笑い声が満ちる夜会場は、退屈極まりなかった。
「出たい言うたんはお前やろ」
そうだけどさ。ココまでつまらないとは思ってなかったんだもん。Kダンスなんか出来ないし、二人でほけぇーっとしてるしかない。
仕方ないのでココに来た目的を思い出してみる。きょろきょろと首を動かすとそれっぽい人物を発見した。
「あ。アレかい、え――――――――っと…………………………婚約者」
不機嫌そうな美丈夫が一人、人々の中から一つ分高い頭を突き出している。
「お前、記憶って知っとる?」
「失礼な! あー――――っと、うー―――っと…ザク…ザクス…」
「ザクサス。やったと思うで」
ち。知らないよそんなの。一回かそこら聞いただけで会ったこともない人の名前覚えてるわけないじゃん。
名前を呼ばれたのに気が付いたのか視線を感じたからか単に煩かったからなのか、ザクサスさんがこっちを見た。一瞬目を見開いたように見えたけど。
「あ、こっち来る」
人込みを掻き分けてザグサスさんが寄ってくる。視線を逸らして逃げ出したい衝動を、グールを盾にする事で抑える。
ああ、間違いじゃないみたい。Kの前で止まっちゃった。
「貴女は、失礼ですがもしや」
やっぱりKか。話し掛けられる謂れは無いよ??
「エケルット公の」
「ッ!」
なんか目の前に降って来た。
「シール!」
落ちてきたのはなんとシールだ。
「え、どうやって来たの? aさんは?」
「前話してた事が成功、って言って解るか」
青い顔で腰を押さえてKを見上げるシール。
前話してた事…えーっと、多分今シールは突如として眼前に開いた『穴』から出てきたんだろう。
「あの…」
a無しで一人で来たし、そもそもKが開いてないのに来れたってコトは、そうか、いつかaと話してた『自由転移』が成功したんだ。
「おい…」
何か目印になる物がある処とか一度行った事がある処に、自由に転移出来ないかって話。
「あー! “記憶”があるからね」
「……」
「それより腰…」
グールの冷たい視線を無視して腰痛のシールを起こそうと近付く。
「おぶっ」
「エケルット公!」
ひひひ、酷い、なんて事を。女の子の顔押して退かすなんて!
「久し振りですね………カムシャ公。久々の再開がこれで申し訳ない」
「いえいえ。どのような場でもお会いできれば光栄です」
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