018//勝利の国で_3

泣く泣く別室へ移動していくKを見送って、三人で広間へ戻る。

「で…何? ホンマにオチガミ来るん?」

「来るんだろうな」

はーい、単語が解りませーん。

二人の隙間でそろそろと手を上げてアピールしてみる。

「そのまんまだ。堕ち神。あ―――(略)―、人の邪気にやられた神のことだな」

アタシの背後をじっと見つめながら素っ気無い回答をくれる。

「えらい略すなぁ」

いつもの事のような。ああ、つまりこれについてはグールも珍しく略された部分を知っているということ。

そんな事よりシールの視線の先が気になるんだけど…

「ふーん、どうなるの? そいつが来ると」

「邪気が人に還る」

グールも何かに気が付き小さく声を漏らす。

「え…それはつまり…」

そう。アタシも漸く振り返る。さっきから背後に渦巻く不穏な気配。

「まあ、こういう事だ」

「こ…こわ~っ」

背後には、目も虚ろな操り人形のようになった人々が多数押し寄せて来ていた。明らかな殺気を放っている事を確認して、戦闘に備え身体を揺する。シールは厳しい顔で身を引く。グールはアタシの横で手首を回している。

正気を失った神兵&市民達。 何であろうと、挑んでくるならば問答無用だ。




広間に戻ると血の海だった。

「なんやコイツら! 倒れへんで!!」

「き~も~い~っ! ゾンビかな!?」

う、うわぁ?? aとグールが一般市民や神兵相手に大量虐殺を…。

うんまぁ、グールはともかく、aは手加減しようとして体力をムダに消費してる。

取り敢えずふたりは暫く保ちそうだ。戦闘力皆無のオージサマを探す。

「あ、いた」

一人安全な高台から騒ぎを傍観するシールを見つけた。

血の海を突っ切ってこっそりと近付く。

スカートで胡坐をかくシールの横に寝転がって下の騒ぎを覗き込む。まだ気付かれた様子はない。

情け容赦なく人々を切り刻むグールとaを眺めながら、ある事に気が付いた。

「あの娘いないね、そういや」

「…。あのこ? ああ…」

「シールつまんね――。驚いたことってある?」

「…悪いな、顔に出なくて」

えー。もしかして気付かれてたかと思う程に反応が薄かった。顔に出ないとかそんなレベルかなぁ。

「あのニアミなら開けた穴から出てったぞ。あの後すぐに」

「え゛っ、すっげー…」

Kがだいたい140cmだから、天井まで…14。19.6m程ある計算だ。垂直跳び記録20mってこと!!?って言うかそんな高さから、しかもガラスと一緒に飛び降りてきて死なないどころか無傷なのがそもそもおかしい!

「てかさー、どんどん増えてない?」

「そろそろ危ないな」

下を眺めていたシールが溜め息を吐いて額を押さえる。

「全てのタイミングが悪すぎた。こんな、暴動が起こった日にオチガミなんかが来たら魔徒も増えるだろうさ。そりゃ」

「 ? 元々は古代精霊が来るとか言ってなかった? そういやどうしてカミサマ居なく?」

見渡してみるとさっきまで付いて来ていた火のカミサマが居なくなっている。

「古代精霊が神を眠らすんだ。眠った神を狙ってオチガミが来る。引き摺り落とそうとしてな。そしてオチガミが人に邪気を植え付けていく。邪気を植え付けられた状態を魔徒と化したというな」

「ふーん…。オチガミってのぁ殺せないの?」

シールは少し考えてから顔を上げた。

「…浄化の炎…で、滅せると言う噂だが…例が無いから解らんな」

「例が無いのに何でそんな噂が」

「オチガミの末端を聖火で払ったという話が各国にある」

各国に…ねぇ?じゃあなんでロイザさんは動かないんだろう。仮にも国の最高権力者。教育は最高級の筈。その話も知っている筈だ。

「焼けばいいじゃん」

そんな簡単な事なら何を怯える必要があるのか。

するとシールは馬鹿めと言った。

「神が眠っているから術が使えん。オチガミを焼き払える程の炎が作れない」

あんまり納得がいかない。人間は大きな焚き火だって作り出せる。オチガミ進攻に気が付いた時にはもう間に合わないという事だろうか。火を大きくするのに時間が掛かるし、人々は魔徒と化していってしまうし?

「じゃちょっと焼いてくる」

「やめろ」

ひょいっと下に飛び降りようとすると、即座に制止の声が掛かった。腕の筋肉がビクビクいう中、無理矢理飛び降りようとした姿勢を維持してシールの言葉を待つ。

彼はもう一度、ゆっくりと言った。

「やめろ。直接会ってないから意識があるだけだ。お前が堕ちる。守護獣は招べないんだぞ」

神が眠るという事は、神から授かった力が使えなくなるという事だ。つまりタクリタンから貰った空間も、そこから出てきた契約獣も使えないという事。

笑みが浮かんだ。

「行ってくる!」

「おいっ」

シールの声を無視して、Kは悲鳴をあげる腕を解放してやった。


じぃ~~~~~んと痺れる足を堪えて、aの横に着地した。思ったよりもダメージがあった…

「うぉっ、K!!」

「よっaさん、苦戦してるね」

「るせ。覚醒して来たの?」

aが相変わらず切れのいいパンチを繰り出す。

こっちも負けじと蹴りを繰り出しながら答えた。

「バラの話だったよ」

「そうなの?」

蹴っても殴っても、魔徒はそのまま向かってくる。気持ちが悪い。どうやら痛覚はないみたいだ。

「ねえaさ!ん、これから…ッげんきょっ!チ!」

これから元凶を倒しに行く旨をaに伝えようとするのだが、魔徒どもが激しく鬱陶しい。イライラが最高潮に達して、我慢できずに叫んだ。

「えーい! 寄るなッ!!」


「……おぉ~――」

ジャラリと手の中で鳴る鎖音。いつの間にか手の中には、なんだかカッコよさ気な鎖鎌。そうか…これがローズ・ウィップ…。

「すっげ――――…」

ドキドキと感動して手元の武器を眺めていると、避難していたaが空中から戻ってきた。傍らにグールを抱えている。

「K、それ使用禁止ね」

この武器はトリックと名付けよう。

トリックはKを中心に半径3m程の地上空中を凄まじい威力で薙ぎ払っていた。

「それから、」

グールを下ろしたaはKの言いたい事を推測したらしく手元に何か取り出してみせた。

「オチガミは神を狙ってくるんでしょ? なら、ここに来る筈だよね。待ってりゃいいじゃん」

それは黄緑の光。…眠りについた火のカミサマだ。

「そっか、だからこんなにいっぱい居たんだ、魔徒とやらが」

「待つ必要は無い。すぐ発つぞ」

いつの間に降りて来てたのか、シールが姿を現した。

だが、グールが掠れた声で呟いた。

「あかん、もう来てる…」

3、2、1…

「ファイア!」

勢い良くイノクンを放つ。

そう、K達はそもそも自力召喚なのだ。この世界の人のように神に頼りきって生きてはいない。大量の火だって自分達で作ってみせる。K達の神の名は『科学』だ。

炎を身に纏った炎猪は高速でオチガミを穿つ。

が。

「あいつ…今の、避けたんだ」

オチガミは、靄のような外見をしていた。

イノクンは確かにその土手っ腹を貫いたように見えたが、貫くより一瞬早く、既に穴が空いていた。

憎々しい。タイミング的には良かったと思ったんだけど。

「でも――」

避け切れなかった処、炎が掠った処が玉になって落ちたのを見逃さなかった。跳ねて転がって来た玉を拾い上げる。なんだろう。眺めてみても何か解らない。

「ま、いいや」

Kはその玉を後ろに投げ捨てた。音がしなかったから誰かの死体の上に落ちたんだろう。

それよりも、避けられないようにするには…

「えー、単純にィー」

手元でジャラリと存在を主張するトリックに眼を移す。

「…、…、やっぱし?」

これで動きを封じるか。

かなり使い易くて強くて攻撃範囲広くて気に入った武器だったんだけど、仕方ないか…。

その時。

「が…ッ!」

背中に強撃を喰らって、恐る恐る振り返る。

「あ…らさ…」

魔徒と化したaが、戦闘体制に入っていた。

やばい。やばいそれはやばい。

「くそっ、早くっ」

痛い。殴られた背中が痛い。

とっととケリを付けようとオチガミに向かってトリックを振り――……aがトリックを叩き落とした。

「戦闘能力そのまんまかよ~~…。aさんに邪魔されちゃ何も出来ない…」

とにかくオチガミを倒さないと…いや…そうなのか? オチガミを倒せば魔徒が解放されるとは聞いていない。

「…まを、つ…れ」

「…あれ?」

なんか聞こえたような。

よくよく耳を澄ますと、やっぱり何か聞こえる。

声のする方を探す。

Kの後ろで、床に這い蹲った神兵が息も絶え絶えにKを見上げていた。

「玉を作れ。少しの間…正気を、保てる…ようだ…」

あ、さっき投げたヤツ。

成程。それくらいなら。

「おいでっ、イノクン―…ファイア!!」

今度は先程よりも当たって、数粒の玉が転がる。適当に拾ってa目掛けて投げつける。

「喰らえっaさん!」

えや!

力一杯叩き付けた玉は実に軽く受け取られた。それが狙いだったとはいえ軽くへこむ。どうせ威力のある球なんか投げられないけどさ。

玉を手にした瞬間、突如として『表情』が現れた。どうやら正気に戻ったようだ。

よかった。じゃあ後はaに任せよう。

「aさん! グールとシールとロイザさんとか他の神官さん達に玉あげて! 皆狂ってるから!」

「え? 玉?? コレの事?」

小パニックを起こしているaに構っている暇は無い。トリックを構えて今度こそオチガミに向かって振り上げた。

「…ぃよしっ! できたっ」

トリックはしっかりとオチガミに絡み付いてその動きを止めてくれた。思わず柄を握り締めてガッツポーズ。

左手を突き出して構える。

ぐんっと力が溜まるのが解る。

後は勢い良く、暴れ猪を開放した。

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