017//勝利の国で_2

街に出て騒ぎに気付いた。

どうにも活気がありすぎると思ったら様子がおかしい。

「――? 何か、おかしくない?」

「これはー…」

商品の箱をひっくり返して回る男達。散らばり転がる果物らしき物や野菜たち。

「……暴動……」

「…の、ようだな」

タイミングが悪い、とシールは静かに舌打ちした。確かに。何も今日起きなくても良かった。

暴動は激しく、しかし始まったばかりなのか警備兵もやって来ない。

「あ」

地面に叩きつけられた木箱。砕けて跳ね返った破片が、巻き込まれたらしい小柄な女性に襲い掛かる。

ぶつかるなぁと。

目で追えてしまえたから。

「―――……っ…」

つい咄嗟に腕を伸ばしてしまっていた。結構大きな破片が激突し、大げさな擦り傷をつくった。着替えをしたのが災いした。剥き出しの腕に直接当たったから、被害も範囲もそれなりに大きかった。彼女の手を引くとか、もっとやりようはあったろうに。

「ってぇ~」

ぶんぶんと腕を振ってみてから、傷口を確かめる。うん、ただの掠り傷。痣が残りそうではあるけど。

aも走り寄って来て、ちらとKの腕に目を遣ってからすぐに女性に声をかけた。

「大丈夫ですか」

――まぁ、いいけど。

振り返ると、シールにじっと見られていた。

「―? なにか?」

「すぐに治療しとけよ」

あぁ、心配してくれたか。

「掠り傷だし。すぐ治るっしょ」

派手に付いたけど、大した傷でもないんだし。

――あ、いや待てよ。この世界の菌に対する耐性なんかは不明だし、用心しといた方がいいかな。K達の世界の消毒液使って平気だろうか。

「あの」

「え?」

そんなことを考えていたら、さっき庇った女の人に声を掛けられた。

よく見るとすごい可愛い。それに溢れる凛々しさがある。黒髪美人には大変弱い。

見惚れている内に彼女はKの手を取った。

「ありがとうございました。旅の方ですよね。お怪我、治療させて頂くのでついていらして下さい」

……なんだか…この雰囲気は……

「はぁ。じゃあお願いします」

結構この勘、当たるんだよねぇ。



案内されたのは神殿。

彼女は神兵たちの見守る中ずかずかと歩を進めていく。その後ろに続くK達も咎められる事はない。ただし正門ではなく裏口からだった。

今は通された先で手当てをして貰っているところだ。

「ー!っ、なんか、無茶苦茶沁みるんですがそれっ!!?」

当てられた、薬が染み込んだ布に殺意を覚える。

「特効薬です。こんな掠り傷数十分で完治しますよ」

手当てにあたってくれているお姉さんはしれっと言い放ち、布をきつく巻きつける。

「ひ~! お姉さんソレわざと! わざとやってるでしょう!?」

「このくらいで何を。女の子でしょう!」

そんなカルチャーショック!K達の世界じゃ女の子は護られる方、弱音を吐いてもいい生き物なんだよぅ!!

aはaで「お姉さんぎゅ~っと。ぎゅ~っとやっちゃって下さい」なんて言ってるし!

「似合わんことしたなぁ。おまえそういう事するような奴と違うやろ」

「まあそうですね」

いや、自分でも馬鹿だったとは思うけどさ。

グールは隣にしゃがみ込んで、椅子に座るKを見上げていた。

「他人庇うんは自分が安全な時だけ。よりによってなんで見ず知らずの奴を自分傷付いてまで助けた?」

「おう…そりゃそうだね」

仰る通り。自らに不安のない者に、他人に手を伸ばす資格はあると思う。自分が傷付くなんて解ってたらきっと助けない。それは非情でも冷酷でもない。当然であるべきだ。

まあコレは。傷付いてまで助けたというよりは、考えなしに動いた結果怪我をしてしまっただけの話。

「そうだなぁ。女の子は助けるもんだよ、てことでひとつ」

「はぁあ?」

うははははと笑いながらグールの頭を撫で回して、そう言う事にしておいた。うん、そんな大層な話じゃないんだよ。


「こんなもんですね。よし。じゃあ案内します。ついてきて」

手当てしてくれたお姉さんに従って救護室を出る。 煌びやかな、バラの花弁が散った噴水のある広間に通された。

ここで待てと言い残してさっきのお姉さんは退室して行った。

「「…」」

aとともに窓の外に目をやる。

大河の向こう岸にうっすらと古めかしい宮殿が見える。あれは位置的にも多分王城だ。遠目にもわかるボロさに言葉もない。

「待たせたわね」

カツ…と硬い床に靴音を反響させながら、お姉さんが現れた。

幾重にも薄布を纏っている。高貴さがすごい。

彼女はその思わず見惚れる程の美貌で妖然と微笑んだ。

「ようこそ、神の加護を受ける者よ。このネツァクを統べる者として歓迎するわ」

勘は大正解だ。どうにもKは権力と縁がある。

そして忘れかけてたけどスクラグスはまだ後ろにいたようだ。そのカミサマの加護を受けてるわけじゃないんです。

「私はロイザ。ネツァクの最高神官を務めています」

しかしこの人、やっぱりなんかひっかかる。さっき助けたお姉さんの筈なんだけど…

こっそりとシールに話し掛ける。

「あのさ、かなり自信ないけどさっきの人と違わない?」

「あ? 鋭いな、別人だ。ついでに言うと性別も違うな」

「えっ?」

人差し指を口に当てて「keep quiet」のポーズ。

そう言われて見るとそんな気もする。いや嘘。そんな解んないや。

「一体何…」

「…の音」

台詞は途中で変わってしまった。

突如響き鳴ったガラスの砕ける音に全員天井を振り仰ぐ。

砕け散り舞い落ちるガラスの欠片。光を虹色に乱反射させて粉雪のように舞う。

その中を、影が落ちてきた。

絹のような白金の髪を大きく揺らして着地する。

全員静かに見守る中、グールが小さく声をあげた。

落ちてきた人物はその声に反応して顔を上げた。

「金目…」

タイトな全身黒タイツに短い毛皮の上着を着ているみたいな格好で…

で、尻尾が生えている。

…えと、あ、そうかアレが…

「獣人族ってヤツ?」

シールに訊ねる。

「だろうな。あの外見は恐らくニアミだろう」

「猫又サンだね。ふーん、あれがねぇ」

長い尻尾以外に、一見して人外的な要素はない。いや待て、この距離落ちてきて無傷か。人外だわ。

「神が鎮まる」

「え…?」

ロイザさんがポツリと漏らしたそれはとても静かな呟きだったのに、全員に聞こえた。

ざわめきは一瞬にして収まり、Kはそわそわと落ち着かない気持ちに支配された。

「古代精霊か」

厳しい目付きでシールが洩らす。

途端空気がざわめき始めた。

「警告! 古代精霊出現! 全員厳戒態勢に入れ!繰り返す!…」

ロイザさんが何かに向かって叫び始める。恐らくは通信機の類だろう。

神官達やシールは何だか焦ってるみたいだが、Kもaも何が起こったかとかどうヤバイのかとかが解らないので、割と落ち着いたまま辺りを見回す。

「…ん?」

よく見るとロイザさんが、最初に会った方のロイザさんだ。

aの襟首を捕まえる。

「ほらaさん、見て、やっぱ」

「こら、やめぃ!! って、K! 中から何か聞こえるっ」

中…勿論、“穴”の中からだ。


『くりかえすこだいせいれいがしゅつげんしんでんにしんこうちゅうぜんいんげんかいたいせいにはいれのちのおちがみしんこうにそなえる』

「繰り返す!」

『くりかえす』

「「「……」」」

側でロイザさんが言ってる台詞が丸々そのまま、貰ったバラから聞こえてくる。Kとaとグールは三人で膝を抱えてバラを囲んでいた。

バラを摘み上げてどうしたことかと弄ぶ。

それに気が付いたロイザさんが勢い良く詰め寄ってきた。

「貴女その薔薇どうしたの!?」

「へ?」


「そう。リステアに」

とりあえずこれまでの経緯を説明してみた。バラ園のあたりからね?

リステアというのが多分あの男前なお姉さんのことだろう。

納得したような悩んだような仕種の後、ロイザさんは顔を上げた。

「覚醒の手伝いをさせて貰います。橙髪の貴女、ケイさんでしたね。こちらへ」

はい? 覚醒?? 何のことやらさっぱりだ。

「他の皆さんはここでお待ち下さい」

嘘でしょ。え、やだ。

強く促されてしぶしぶひとりロイザさんの後に続く。

「うぅ~…」

なんだよー。いいじゃん皆で行っても。


「…なにここ」

案内された部屋の中央にはひどく透明なキレイな水が張られていた。その上に道が作ってあって、泉中央に設けられた祭壇に続いている。そこには下の泉から汲み上げた水が湧き出している。

「薔薇を」

ロイザさんに求められるままバラを差し出す。

ロイザさんは受け取らずに、泉の上の水場を指した。

「その中央に、薔薇を浮かべて」

「おおぉ」

明滅する水面。

何が起こるのがわくわくする。

ところが特に何も起きない内に、バラを手に取るように指示があった。

「え…変わってない!」

摘まみ上げてみてもやっぱりただのバラだ。何も変わったようには思えない。何だよ期待させといて。

「いいえ。ただの薔薇ではないの。次に貴女が強く望んだ時、その薔薇は望みを叶える手助けをする武器に成る」

この薔薇が? 薔薇が?? 武器に、ねぇ。ローズ・ウィップ!しか思い出せなかったり。

「ふーん?」

暫らく不信気にバラをくりくり回しているとロイザさんから声が掛かった。

「さぁ行きましょう。神殿の中にまで来たようだわ」

「え?何が?」

ロイザさんは厳しい顔付きで、何かを睨むように口にした。

「オチガミよ」

Kにはさっぱり解らなかったが、とにかく彼女に続いてa達の待つ筈の広間へ戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る