015//勝利の国で_1

「うわ! すっげーバラ園!!」

なんだか高級そうな敷地の一角、そこは広大な薔薇園だった。赤も赤、立派な真紅の大輪が乱れなく咲き揃っている。

「うっひゃー…」

別にバラが好きという訳でもないが、あまりの見事さに見とれたままフラリと庭園に足を踏み入れる。

とたん。

「そこで何をしている!」

「わへ!!?」

厳しい叱責に遭い、素っ頓狂な声を上げてしまった。振り返ると、如何にも戦士然とした女性が一人、腰のモノに手を掛けてこちらを睨んでいる。

「えっと…あ。不法侵入か。申し訳ない。バラがキレイだったからつい」

軽くパニクりながら慌てて一歩戻る。

雰囲気からしてちょっと…いやかなり強そうなその女性は油断なくこちらを監視している。

「バラには触ってないし! いやごめんなさい、」

口にこそ出していないが「もう逃げて良いですか」と続いている事はそこに居る全員にバレているだろう。

強そうなお姉さんは剣から手を離すと、ニヤリと笑ってKを見た。さっきからKだけが警戒されているような気がする。

「薔薇泥棒か、少年。男がこの地域まで来ている事が既に罪に当たるのを解っているか?」

「……少年?」

どう考えてもお姉さんはKを見ているのだが、その言葉に一応背後を振り返る。茶髪の少女と、自然体で下僕感溢れる青年と、銀髪の見事な美少女……!?

「シールいつの間に…」

やだ、キレイ。…じゃなくて。こうなると「少年」に該当する人間が居ない。

眉根を寄せてお姉さんに向き直る。

「少年って…K? K女の子だよ」

その言葉に目を見開いたお姉さんは、じぃ~っとKを値踏みして

「失礼」

がしっ

「うぎょっ!!」

つつつつつつつつ、掴まれた!掴まれた!!

言葉が続かないKと、ともに硬直する三人。aとグールは自分が掴まれた当人であるかのようなお揃いのポーズで固まっている。あわあわと口を動かしているのもKではなくaだった。

流石に納得したのだろう、お姉さんはその手を離してにこやかに詫びた。

「これは申し訳ない。真実女性だったようだ。大変失礼した。お詫びにこの薔薇を差し上げよう。それから、この庭園には足を踏み入れないように」

「…はぁ」

未だショックの抜けやらぬまま、言われるままに花を受け取り、威風堂々と去っていくお姉さんを見送ってしまった。

バラを顔に当て、もう彼女の居ない道を見ながら溜め息を吐く。

「おっとこまえなひとだったねぇ…」

指先でくるるとバラを弄ぶ。

「う、うん。なんだったんだろうね」

皆辛うじて意識を取り戻して、バラ園を去る。

これ以上厄介なことには出会いたくないというのは本音だが、頭が軽く麻痺しているのでただ単に彼女の言葉に従っただけかもしれない。



第一印象からしてこんな感じではあったけど、この国――ネツァクの案内を振り返りましょう。


女達の支配する国、ネツァク。

バラの生産が世界一で、そのバラの多くはティフェレトに買われていくらしい。気候は温暖~亜熱帯。上から見た時、海寄りの方角には熱帯雨林が広がっていた。つまりバラと翻訳されているし花の外見もバラだけど、このバラはKたちの知ってる植物とは違うんじゃないだろうか。詳しくないから知らんけど。

そして日に焼けた黄色肌に黒髪赤茶の瞳っていう人種が国民の大半を構成するらしい。

一応王国だが、執権を持つのは実質女性のみで構成される神殿の神官たち。国王は代々男性だがその権力は無に等しく、その存在も単に国交上の便宜的なものだとか。

国王に仕える騎士のように神殿に仕える神兵がこの国では大きな権力を手にしている。

言うなればイェソドと逆。女尊男卑の激しい国なのだそうだ。

男に人権はないと公然と言い切る国――それがネツァク。


道理でシールが女装しているワケだ。

因みに女尊男卑と聞いてグールがビビってたけど、明らかに下僕の雰囲気放ってるから大丈夫だろうってシールが言ってた。


「ネツァクに来るのは初めてだな」

そりゃあ自らが低く見られる国にわざわざ望んで出向くまい。

バラの花の匂いを嗅ぎながら、なんだか落ち着かない…そわそわした感じがすることに気付いた。

「なんかさっきから、こう…」

aが辺りを見回して呟く。aもか!

「だよね、なんか変な感じするよね! 落ち着かないっつーか」

「へ? ああうん…あたしは…なんていうか、力が有り余るというか。そんな感じなんだけど」

「えぇ? Kはなんか…」

上手く言えずに首を捻る。

「あとは、異様にスクラグスが多いとかな」

何処から続いたんだか、シールが付け足す。

「スクラグス?? 何ソレ」

「炎術師やろ」

答えたのは意外にもグールだった。

「炎術師?」

「一般には火の神をさすな。紛らわしいがその神と契約した者の事もそう呼ぶ。スクラグスなら炎術師と訳すのもいいんじゃないか」

今度はシールが答えた。ふーん。

「じゃあK達はタクリタンかな」

「いや…何故かタクリタンの契約者は『カルキスト』だな。そう言えば」

一瞬だけ首を傾げて、すぐにまあいいかみたいな態度に戻った。

「スクラグスはシセラと結構相性ええねん。せやから知っとる」

成程、欲望と炎だからね。

『よんだあー?』

突然、そんな声が聞こえた。

「呼んでへん」

半ば反射的にグールが返す。…何にさ。

ゴッ、と。グールの右側に赤い渦が湧く。

『うそ!!呼んだでしょ?』

…現れたのは…えっと……少女……少年?? わ、判らん。とりあえず炎を纏って宙に浮くちっこい子だった。おっきな蒼い目の、ボブカット。全体的に黄緑色の印象がある。どっちか判らないので彼と言うことにするけど、その彼を見て男どもは驚いて見せた。

「「スクラグス…ッ!?」」

と。なるほど。彼がスクラグスか。

キュートな顔を綻ばせて彼は笑う。

『タクちゃんが久し振りに気に入ったコがいるっていうから見に来たの。君たちが? ふーん…』

ぐんっとK達に寄るスクラグス。

ビクッと肩が跳ねる。何だろう、何か物凄く落ち着かない。値踏みするように見られていることが原因じゃない。さっきまで感じていた「何か」が何十倍にもなったようだ。

「…」

「?」

もしかしたら「恐い」ような、そんな気さえして、Kはaの後ろに隠れた。

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