012//基盤の国で_3

あたし達はK達と別れて壁の外で待ってる事にした。

思わず零れる溜息もそのままに、道端に腰を降ろしたグールを見下げる。

「壁の外なら大丈夫なの?」

「そうみたいやな」

相当具合が悪そうだ。腰を落として目線を合わせる。

「大丈夫?」

「んー」

ぐるっと視線を逸らせて首を傾ける。具合の悪さとはまた違う居心地の悪さを感じたようだ。

壁の内側あんなか、全域に魔祓の結界が張ってあるんちゃうかな。大層なこっちゃでホンマ」

「え。グールは魔の類なの?」

「効くんやしそうなん違う。知らんけど」

魔って言ったら悪魔とか、なんか肉体のないイメージがあるんだけど。

会話も途切れ、聳える青の世界を見上げながら少しだけ郷愁にふける。自分の居た世界とは違うけど、そんなに大きく違うわけでもなし。言葉が通じていると言うのが大きくてどうにも実感として薄い。解っているのは此処からは城へ帰れないと言う事だけで。

残して来た姫やエリさんに変りはないだろうか……ないだろうけど。心配してくれて…もないだろうな、まだ。城抜け出すのなんかしょっちゅうだし、今回は珍しくKが「長い休みを貰って来た」と言っていたから、許可も下りている。この状況では数ヶ月は経たないと心配はしてくれないだろう。それ迄に還る術を見つけ出せれば問題ないんだけど…。



息を切らして走る人影。白金の長い髪は走る鼓動に合せて揺れる。黒のスレンダーボディは人込みを駆け抜けて壁門から外へと走り抜けようとする。

「おいっ、待て! 通行証を…」

交叉する長柄に行く手を遮られ立ち止まる。

「通行証は」

「――――…っ」

厳しい声を上げる門番にも無言。

「無いのか。大体なんだ、女がそんな格好で一人で… っ!?」

「な…」

軽やかにステップを踏んで後退する。長く伸びた爪を掲げて、髪と同じ白金の長い尾がひゅらっと揺れる。門番の一人の顔には三本の線。指先で傷をなぞる。

「ぅ…」

ぬるりとした感覚。

「…ゎ」

その色を確かめると同時に、彼は大きく叫び声を上げた。

「うわあぁああっ…!」

それを合図に、彼女は再び走り始めた。



「ああ、マシんなってきた」

「そ? でも中入ったらまた気持ち悪くなっちゃうんでしょ? まあここらでゆっくりしてなよ」

座ってるのに疲れたのか、グールが大きく伸びをしながら立ち上がる。

「ああ、そうさせて貰… …!」

突然、険しい顔で動きを止める。

「どうした… って…」

誰か来る。真っ直ぐこっちに向って走ってきているが、大層なスピードだ。このままでは―

案の定。グールにぶつかって、それでもそのまま走り去ろうとする。

「ちょ」

その腕をグールが掴んで引き止める。

反射的に振り返った彼女と目が合う。

くっきりした金色の瞳が印象的で…暫らくふたりとも言葉を忘れた。

その。格好が―

長いプラチナブロンド。身体のラインがバッチリ出るタイトすぎる黒衣。そして長くしなやかな―――尻尾。

未だ魅せられて呆然としているグールの胸元に手を伸ばし―

「いたぞぉー―――っ!!」

後から響いた声に、強くグールを突き飛ばした。

「~~~~っ!」

駆けつけた警備兵の一人がグールを抱き留め――きれずによろめく。

「おい君、大丈夫か!」

「ぃって~…」

「大丈夫?」

警備兵は倒れたグールと逃げていく女性を数度見比べ、彼女を追うのを諦めた。

「ち、逃げられたか。なんて逃げ足の速い!」

もう一人の警備兵が戻ってくる。その時、後からグールを支えていた警備兵が何かに気付いてグールの正面に回りこんだ。

「…」

軽く、やばい。

グールはまだ何が起こったか気が付いていない。

「???」

「おい…こいつ……人喰種じゃ…ないか?」

「…」

バレた。

グールも身体を少し緊張させて戦闘態勢に入ろうとしている。

呼びかけられたもう一人の警備兵も直ぐに駆け寄って眉を顰めた。

「確かに…やけにキレイなカオに……硬角紋…!」

グールの両目尻の辺りにある藤色の紋様は、どうやら種族特徴らしい。それで決まり。彼等は前の「化け物」を始末し損ねた鬱憤をこの弱った獣で晴らそうとしている。

「化け物め。退治してやる」

下卑た笑みを浮かべながらそれぞれの得物に手を掛ける。

はぁ。また下らない…。溜息を隠して彼等の前に歩み出る。

「やめて下さい。これには既に首輪が着けられています。問題は起こしません」

グールは複雑な表情だが特に反論する様子はない。マシになったと口にしてはいたが、まだ具合は相当悪いんじゃないだろうか。突き飛ばされただけであのザマだったのだから。

「そんなことは問題じゃない。化け物は退治されるべきだ」

「私の所有物だと言っています。器物破損で訴えますよ」

「訴える? どこに? だれに?」

決まってんじゃん。

「この拳に」

怒気を解放する。

「は…はは…」

気負けして空笑いを漏らす門兵達。

「女が! 生意気なんだよ!!」

自らを奮い立たせる為かそう叫ぶと勢い良く殴りかかって来た。

「うわ、おい!」

殴りつけて満足したのか必要以上に荒い息を吐く門兵。

馬鹿め。あんたが狙ったのはあたしの顔だろう。ちゃんと確認しろ。あんたが殴ったのはアタシの掌。受け取った拳をずらして敵を睨み付ける。

「ひ…」

青褪める三人。


昼下がりのイェソド・センター近郊。

平和な青空に三つの悲鳴が響き渡った。

「わ~~っ、やりすぎや!! 騒ぎが大きなる!!」



絡んできた門番をぶちのめしたまでは良かったものの、追われる対象があのネコ尾ガールからあたし達に変わってしまった。逃げても逃げても何処かからワラワラと湧いてくる。

「しっつこいなぁ!」

「あいつらからのコールはまだか!?」

「呼んじゃいるんだけどね!」

反応はない。恐らく気付いてないんだろう。

「やば、囲まれた…!」

「げ。…あ!」

どうやら、気付いて貰えたらしい。

「よっしゃ! いくよグール!」

繋がった空間の向こうへと、勢いよく身を投げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る