008//王国で_2
勝負はたったの二分でついた。
血だらけのツェク・マーナは戦意を完全喪失し、止めを刺されるのを待つばかりだ。
「ヒ…、」
彼はかなりボロボロだが、首より上に傷はない。そこは微妙な女心で。
一歩近付くと、怯えきった食人鬼は命乞いに出た。即ち、もう二度とK達は狙わないから、助けてくれと。うーん…狙う者は狙われる覚悟を持って生きよと教わらなかったのかい?
その様子に、何か考えているシールがみえた。
?
いい加減聞き飽きた命乞いにaと二人で
「「い――――」」「いだろう」
「「えっ」」
…ヤだ、と、続けたかったんだけど。途中でキレイに台詞をさらってくれたオージサマは、非難の視線もなんのその、言葉を続けた。
「条件は、俺に従う事」
「ちょっとシールッ! なに勝手に」
殺されかけた身としては、納得のいかない処遇だ。怒りも露わにaと二人、雇い主に牙を剥く。しかし再度彼はK達の台詞を遮った。
「おまえらを」
人を従わせる事に慣れた、オージサマの瞳で言う。
「助けたのは俺だな? それを踏まえて、文句あるか?」
それを言われては弱い。まったく返せる言葉もなく押し黙る。
「どうする?」
いつも通りの顔で食人鬼に問うシール。髪にはケテルの王紋がしっかりと留められていた。
「し…従うッ」
唯一血を流していないその顔を勢い良く振り上げて、見下すように立つシールを仰いだ。
「なら契約だ。ゼファルに誓え」
また解らない単語が出てきたが、その瞬間躊躇うように食人鬼は顔を伏せた。
「―――――――」
暫らく躊躇ったあと、更に深く俯いてぼそぼそと何かの詠唱を始めた。意を決したと言うより、諦めやヤケクソ感が強そうだ。
燐光が放たれ、静かに収束していった。
「うっわー光ったー…」
「今の呪文?」
よし、とKには良く解らない了解をして、新たな下僕を眺めるシールに二人して問う。
「ああ。誓約文。……おい、」
そして漸くこっちを振り返ったシールは、なんとなく衝撃的な一言を放った。
「腕輪とか首輪とかサークレットとか無いか?」
「へ?」
aと目が合う。恐らくふたりとも同じようなカオをしてるだろう。苦いような、にやけたような。だって、「首輪」って!
ブスっとした下僕。結局気が引けたのでチョーカー風にしてみました。
「いや~、
よかった。これで少しは楽が出来る。
「一度取り寄せたら還せはしないみたいだけど」
aは赤い首輪を手に持ったまま嫌そうに見つめて、「…なんでホントに『首輪』入ってんの…?」なんて言ってたけど独り言のようなので無視してシールを振り返る。
「そうだシール、それ何て呼ぶの?」
考えてもいなかったらしく、呟くように「名前…」と繰り返してから、本人に訊いた。
「おまえ、何ていうんだ」
下僕はその分際を弁えずプイと顔を背けた。教える気はないらしい。
「じゃあグールだ」
言い切る。
「グール」ってのは『アラビアンナイト』とかに出てくる人喰い幽鬼だ。つまり、人喰いだからっていう安直な名前なんだけどね。
「じゃあグールな」
由来も意味も興味はないらしく、説明反論他のアイデア何もなしで本案は可決されました。
「よし、次はイェソドだって?」
「無理だろ今からじゃ」
話について行けていない、徒名を貰ったばかりの人喰種を残して三人は歩き出す。
「マルクトからイェソドまで5千km。歩いていく気か?」
先に説明しておいたのだが、マスターしたとは言っても力不足は否めず、時越えは1日1回が限界だ。故に今日はもう使えない。
「む」
Kも苦い顔をしていると、aが小首を傾げる。
「音速で飛べるっていってなかった? それなら間に合うでしょ」
う~ん…。
「頭千切れんのは嫌だよ?」
「千切れんの!? 頭?」
「嵌りきらないと。失禁するのも嫌です」
aは渋い顔で首を振った。
「全然意味が解らないけど、止めた方がいいって言いたいのは解った」
それだけ伝われば十分です。
困り笑いのまま、いたずらっ子な笑みも加えてクルンと振り返る。
「てことだから、今日はグールん家だね!」
「は!?」
そもそも話について来れていなかったグールは、突然振られて思った以上のリアクションを返してくれた。
「早く案内して」
誰一人異を唱える者のいない中、彼は必死に抵抗を試みた。
「アホか、村の宿とったらええやろ。うちはムリ…ッ!」
言い終らない内に、喉を掻き毟るようにして苦しみ始めた。
「…何したの?」
「どうしたの」とかではないところがコワイ。
「首締め」
「成程」
首輪の使用法が判明した瞬間でした。
そういうことなら、本当に首輪の方が良かったのかも知れない。なにせ今着けてるのは紐状だから、食い込ませるとかなりキツイと思う。
息も絶え絶えに、人権とプライドを奪われた哀れな男は主人一行を家へ招待する事に決めたようだ。
「こ……、こちらですッ!」
やけっぱちという言葉以外思い浮かばない。
「うむ」
シールはシールで然も当たり前だし。
「明日は少し歩こうか」
「あ、うんっ」
aの提案に喜んで頷く。
空はもう陽の栄光を失って、途方も無い虚像の粒の拡がる時間になっていた。異世界、なんて言ってもこの空は然して変わり映えも無い。
「あれ、よく見ると月がある…? 満月なのに暗い」
その辺りを指差しながら眼を眇める。
「え~、何処?」
aとあそこあそこ、なんて見えない月見をやっていると、シールがポツリと呟いた。
「あぁ、今は静天宮か」
「静天宮?」
「二つの月が共に輝く夜は煌天宮。二つの月が共に輝きを失う夜を静天宮。翁月のみが輝く夜は湊月宮、煌月のみが輝く夜は輝月宮…」
話を要約すると――
この世界には二つの月がある。ひとつは、チキュウと同じような衛星、翁月。チキュウのツキより少し大きく見える。もうひとつが煌月。煌月はこの星の内側に――つまり大気圏内に存在する魔力塊だ。力の塊であるからには月より寧ろ太陽だと思うのだが「満ち欠けするから月」らしい。煌月はツキより少し小さいくらいだ。煌月は静月時、つまりチキュウでいう新月の時でも、うっすらとその影を残す。やっぱり近いから見えるんだろうか。あの暗い藤色の淡すぎる燐光が、なにか落ち着かなかった。
シールの講義を物珍しげに聴いていると、怪訝な顔でグールが訊いて来た。
「異世界人か?」
それ程、今シールが語った話は常識的な事だったのだろう。
「そうだよ」
あっさり認めるKとaに、グールはつまらない冗句がウケた時のような笑いを浮かべて手を振った。
「なんや、真顔で返さんといてや。冗談、冗談」
「……………………」
二人して真顔で見つめ続ける。
「……え、マジで?」
コクリ。
「……………………はぁ」
グールは首の力を抜いて頭を垂らし、魂が洩れそうな顔で疲れた息を吐いた。
シールもそうだったが、グールも意外とあっさり受け入れる。この世界では異世界からの来訪者というのは稀にあるという認識なのかも知れない。
「さ、今日は早く寝たい。早く案内して」
誰かさんに殺され掛けたりして気持ち的にも疲れているのだ。
グールの背をグイグイ押して急かす。
「あーもう解った! 観念したから! 押すな、触んな!」
不快げに牙を剥かれるが既に首輪のついた獣だ。恐いとは思わなかった。
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