007//王国で_1

上空から、落ちてきた時と何も変わらないその異様な光景を眺める。

「はぁ。マルクトってここかぁ」

K達の初期落下地点が、ちょうどマルクトの国土の中心に位置する湖。っていうかやっぱり原地の人たちは海扱いしてるらしいんだけど。

そしてその側に樹が―─物凄い大樹が生えていて、その九州一個分くらいありそうな湖が普通に見える。何だあの樹。

降下して、巨木の根元に降りた。

「でっけぇ~…」

呆れるほどに。ここまででかいと、ちゃんとこの土地の養分は足りているのか心配になる。

ポカンと天空へ続くその枝の先を見つめていると、シールガイドの解説が入る。

「これがこの世界の由来と言われる生命の樹、セフィロートだ」

聞きながら巨大な鱗のような樹皮を撫でる。デカイ、硬い。

「誰が数えたか忘れたが、枝は23本しかないらしい」

どっちが大地だか判らないような、太いと言うレベルではない大きな根に腰を降ろす。

「一年に一種づつ、十年で十種の実をつける。そこから暦が作られたらしいぞ」

………実? つまり種……! って事はこれ育てられるのか……

「コワ………」

「K? 顔が嬉しそうだぞ?」

「正確には“実”とは違うんだが。種ではなく土を肥沃にする成分が豊富に含まれているそうだ」

aの不審気なツッコミに加えてシール教授の解説により夢は費えた。そりゃそうか。こんなのいっぱい生えてきたら土が死ぬ。世界の危機だ。それにしても自分を生かすために自分で養分を作ってるのか。こんな大きくなっちゃったが為に。難儀な奴だ。興味深い。

「城戻ったら研究したい事メモっとこ」

取り出したメモ帳に書き込む。

―――「き」、と。


「アレは…ほこら?」

? aの不審気な視線を辿る。

そこにあったのは…あれは……………一番近いものを捜すと…公衆便所、なんだけど。公園とかの。

「…」

祠って言えるaもすごいな。Kあれピンチだったら絶対駆け込んでたよ?

「アレがターミナル。回廊への入口にして転送装置だな」

あれが――――――――!!?

ショ、ショック…。何がって、何かがだよ!!

「回廊って?」

ショックを受けているKをスルーしてaが話を続けるが、シールから返ってきたのは舌打ちだった。

「めんどくせぇ。歴史学ばせてから来りゃ良かった」

「しょーがないでしょー! 雇い主責任持って世話してよねー」

不承不承、説明を始めるシール。

「回廊ってのは~――あ――――――(略)地下にある古代遺跡だな。現在も使われる事もある広大な地下通路だ」

「ふ~ん」

地下か。ダンジョンって感じかな。楽しそうではあるけど、狭いところとかはちょっとな。フェニックス君も使えなさそうだし。

Kもあんまり興味ないけど、聞いた本人も興味薄そうに聞き流してた。

「で、何すんの何処行くの?」

それを合図に、シールがターミナルへ向かう。

何事かぶつぶつと呟きながら壁に直進し、消えた。

え。

え?

「………」

消えた。

壁が。

シールが入れる分だけの壁が一瞬消えて、迷い無くその中に進んでいった。あっけに取られたまま、Kもおずおずと手を伸ばしてみる。


―――シャ。


「???」

手は壁に触れる事無く、その向こう側の空間へ届いていた。手を引っ込めると、またシャッと音を立てて壁が現れる。

「?????」

意味が解らない。ほんとにどうなっているんだか、触れようとすると、その部分だけ壁が四角くシャッと消えてしまうのだ。

メモ帳を取り出して書き込む。

―――「かべ」っと。

気が付くとaがいなかったので、Kも頭だけ突っ込んで中を覗く。

「どう?」

「全身で来い」

呆れ顔のaの背後でシールが何か触っている。

ピ―――、という電子音に続いて読み込み中のカタカタいう音が聞こえる。

『マルクトターミナルへ ヨウコソ。 ゴヨウケンヲ』

……え?

ピ、ピ、ピ。

繰り返される電子的操作音。

「登録」

混ざって聞こえてくるのはシールの明瞭な声。

『ショウショウオマチクダサイ』

「って……、それ…」

おいおい、ファンタジーな世界じゃないのかここは。

「コンピューター?」

しかもタッチパネル。

「こんぴゅーたぁ?」

なんだそれ、とシールが振り向いた。

「だよ。しかも音声認識システム搭載…」

「あ、ホントだ」

aと二人で画面を覗き込む。タッチパネル式なんて、未だATMくらいしか見たことない。

すごいすごいと言い合っていると、シールの憮然とした声が降る。

「だから、何だそれは」

「えぇ…?パソコンってのは…ぁ――…、」

え――っと…なんと言ったものか。便利機械で…あー、ダメだ、説明できない!! なんとなく頑張ってみたが…

「…よく解からんな」

伝わらなかった。

その間ずっとパソを弄っていたらしいaが驚愕の声を漏らした。

「…これ…いつからあるの? 他のターミナルとやらにもあるの?」

「他のターミナルは皆石碑だ」

石碑…急に退化したな。

「どのターミナルストーンも…勿論それも、中世に造られて以来だから――――― とりあえずもう何百年も昔から存在する。一度も修理や取替えはされていないと聞く」

「こんな高性能な機械がそんな何百年も前から…? ……信じられない」

驚くaの横でタッチパネルを叩く。

「あっほんとだ、はやーい。すごーい。電気とかあってホント良かったー」

ベタベタと触りまくる。面白い。是非タッチパネル式のパソコンを研究・推奨しよう。

「電気か。ある事にはあるが、かなり普及してないぞ」

なんだ。でも電気があるならよかった。無いともう生活出来ない体になっちゃってるし、研究にも支障があるし。

「こんな機械があるのも、世界中で恐らくはこのマルクトターミナルのみだろうな」

あ、そうなのか。そりゃ残念だ。


機械的なアナウンスが、手続きの終わりを告げる。

「よし、全て終了しましたってさ」

「そうか。じゃあ早く発つぞ。次はイェソドだ」

「「はーいっ」」

シール先生の合図にふたりで元気にお返事して、

「――って、広ッ!!」

辺りを始めて認識した。内部は、無限に広がっていた。

「何この空間、出口ないよ?」

「ああ…、これはな『ここから出よう』と思いながら歩け」

そう言いながらさっさと出て行くシール。な、なんて異次元空間だ!くそ、メモに変更が必要だな。→「たーみなる」と。

書き換えるべくメモを召喚したところへ、出てそのままUターンしてきたとしか思えないタイミングでシールが戻ってきた。 非常に面倒そうな顔をして曰く。

「おい戦闘狂、出番」

なにかね戦闘狂って… K見てるし。aめ、何を吹き込んだ。

「なに? なに?」

外を覗こうと首を伸ばすと、本当に首だけターミナルから出た。

「……………―――」

直前。いや、顔面、眼前、真正面。

とにかく物凄い近くになんかあった。それが物凄い綺麗な人間の顔だと気付くのにかなりの時間を要してしまった。

人の顔。

「ぎょあ~~~ッ!!」

視覚に収めてから4秒後、正常に作用し始めた脳たちが、悲鳴をあげる、という行為の存在を思い出した。

「び…びびび・びっくりしたぁ~~~~」

後ろからビックリしたのはこっちだと言わんばかりのaの声が聞こえる。ただ正確に何を言っているのかは判然としない。シールとも何か話してるようだがどうやら頭を外側に出すと身体は内部にあっても、内部の話は聞こえないらしい。




「…この世界には人型の生物が多々居るが、その中でもツェク・マーナと呼ばれる高山族・平地族・海洋族の3種は、俺達ホーマサス種を好んで喰らう傾向にある。まあつまり、天敵ってヤツだ」

Kの叫び声を聞いたシールがポツリと語りだした。あの…。それを今言うって事は…?

aは恐る恐る視線をKに―意識をその向こう側へと向けた。




顔を戻して、やけに青い顔のaに状況を報告。

「やー、びっくりしたーぁ。いきなり目の前に顔があってさー」

「大丈夫だったか!」

aの声に混ざって先ほどからの話の続きか、シールの声も聞こえた。

「その中でも人里近くに住むとされる平地族は」

とりあえずaに「ただの人だったよー」と返す。

「擬態が進んですげー美人だという」

…ぎたい? 何の話をしてたか知らないけど

「あ、うん。すごくキレーな人だったー」

「そらどうも」

シャ、という不吉な音と共に、ごくごく近く、そう、Kの背後から男の声がした。

「――――――――」

無言で仰け反る。

「お、ええ反応やん」

少し長めの、乳白色の艶やかな髪に同色の長い睫毛。形のいい眉と唇。ヒトじゃないと言われても納得できる。

「ここは狩場にはちょい不向きやなぁ」

「いぇ… か、狩りッ!?」

なんだ狩りって。先程の話コレか! 擬態ってそういう意味か!!?

「いきなり狩るんならその擬態の意味は…!!」

どうにもKの頭は先刻の驚きからパニック状態を維持し続けているらしい。

「なんや騙されたかったん? そら悪かったなぁ」

白い男は余裕気に自らの髪を撫でながら話す。チラリと視線を向けると、多分同じ点が気になってるaと目が合った。こっそりと、内緒話のポーズで互いに顔を寄せ合う。

「なんで西方喋り?」

「言語はひとつって言ってたけど、方言はあるんだね?」

だよね。それが気になってた。

なんてやってた、その一瞬が隙だった。

「ほな、そろそろええか?」

「え?」

軽く掌をにぎにぎしていた男が表記しきれない発音で何か呟いた。

―――――――びき。

肺は動いてる。脳も眼球も舌も動く。けど、手足や首、胴体が動かせない。

「大概は魅了チャームにしてから喰うんやけどな~。魅了出来ひん奴は緊縛バインドで」

…って事はやっぱりそういう事か。人型の、人を喰う生き物がいるとは、流石は異世界? 正面で食人鬼はそのキレーな顔でニッコリと微笑んだ。

「いや~、今日は大猟や」

ハートでも飛ばしそうな程楽しそうだ。まあ、狩りが成功したらそりゃご機嫌だよね。うん。でも多分今、Kと隣りで内緒話の姿勢のまま固まってるaの気持ちは同じ筈だ。

即ち。

――――いっ、嫌ッ!! こんな初っ端からGAME OVERなんてッッ!

ご機嫌な食人鬼はルンタルンタと近付いてくる。Kとaは完全に金縛り状態。 絶体、絶命―――。



光が。


聞きなれない発音の、流れるリズムのような詩吟のような、呪文の詠唱と共に。

「―っ、ぉ」

前のめりに倒れかけて、慌てて体勢を直す。何かの砕け散るような音と共に放たれた閃光のあと、突然体が自由になった。食人鬼の舌打ちと共に、「聖石か」という苦々しい言が聞こえた。

「聖石?」

この光の出所は…

「この辺りはツェク・マーナ種・平地族の住処だからな。それなりの準備はしてある」

突き出した掌からは未だ砕けた聖石とやらの欠片が舞っていた。

「きゃー~、シールかっこいー~~! 頼れるぅ――う!!」

小花乱舞で飛び跳ねながら、おいしい出方をしやがった命の恩人を崇める。本人は相変わらず憮然としたようにしか見えない顔をしているが――あ、そうか。これって照れてる顔だっけ。思わず笑みがこぼれる。

「さ、て」

aの怒気を孕んだ強大なオーラを感じて現実に引き戻される。あ~、コワ。殺されかけたんだしな…。aに今、容赦と言う言葉が存在するか楽しみだ。

「折角のチャンスでアタシを殺せなかったのは運の尽きだね」

フフン、と。背が明らかに自分よりも高い相手を見下すように顎を上げる。…うん。挑発してる、といいます。相手は見事に乗ってきた。

まあね。食べようとしたナマダコに口の中で新鮮さをアピールされた時は本気で殺意を覚えたもんだよ。Kの場合相手もう死んでたんだけどね。あと噛み切れないモチとか。なんか違う気がしてきた。

「調子乗んな、ホーマサスごときがッ!」

そうこう考えてる内に食人鬼がおキレになられたようなので、フェニックス君を喚び出す。

「なに死にかけてんだよ!?」

うぉ。召喚早々怒られてしまった。

「悪かったよ! よかったじゃん生きてるんだから!」

適当に謝って、隣りに目を遣る。aは既にヤル気満々だ。

じゃあ、ちょっとお仕置きしてやろう。

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