003//opening_3

騎乗の練習に思ったよりも時間を取られてしまった。羽ばたく邪魔にならないように且つ落ちないように鳥に乗るのも、うねる流線形フォルムにしがみつくのも、案外結構難しい。

漸くなんとかコツを掴んで、長距離飛行に挑戦中だ。

「K、見ろアレ」

「え でっか え 待ってデカい」

aが示す先、広大な草原のただ中に信じ難いものを見た。

ウサギだ。フォルムはどう見てもウサギだ。茶色くてふさふさしていて耳が長くてケツがデカい。でもサイズがおかしい。ホルスタインくらいある。こわい。

最初は背中しか見えていなかったが、少し位置を変えると、ウサギの背で隠れていたものが見えるようになった。

人間だ。浮いてない。

「あれって、襲われてるんじゃない?」

「ウサギは肉食しないよ」

とは言ってみたものの、ウサギの顔を見て察した。これウサギじゃないわ。目が正面についてるもの。捕食者の造りだ。ついでに複眼みたいなのも付いてる。きめぇ。

「一応助けてあげようか、居合わせたのも縁ってことで」

「そうだねぇ。援けて貰えるかも知れないしね」

なにせ今後の当てがまったくない。恩を売っておくのは損にならないだろう。

改めて観察してみると、捕食されかけているのは少年のようだ。薄い灰色のセミロングの髪が少しの風でもさらさらと揺れている。服装から見ると男性的だが、華奢なシルエットだし、女性という可能性もある。長い襟巻にウサギの爪が掛かっている。あれは首しまってるんじゃなかろうか。

降下して、その頭上から声を掛ける。

「助けてあげよっか?」

…。

返事がない。

聞こえなかっただろうか。もし言葉が通じないんだとしても、声がしたら何某か反応があってもいいと思う。

aと目配せをしてそれぞれ召喚獣から降りる。

「なんだ、おまえら」

この声ならどうやら少年で合っていたっぽい。

漸く反応があったが、少年はウサギから目を離さないままだ。ウサギもこの状況で動かないということは、目を離した方が負けになるんだろう。

「ウサギ追っ払うくらいなら出来ると思うんだ」

「その代わり、ちょーっと援けて欲しいんだよね」

「おまえら、この紋見て言ってんのか?」

「?」

どれの事だろう。

目につく範囲で紋っぽいのは、髪留だ。長めの前髪を留めている大きな髪飾りには、大翼の鳥の意匠が刻まれている。高価そう。態度もデカいし、こいつはきっと金持ってる。

「ハ、まぁいい。助けられてやる」

ジリ、と少年が後退る。

「任せて」

aが素早く器用にウサギの爪から襟巻を外す。

驚いたウサギも素早く態勢を切り替え、獲物を“3匹”と認識し直し襲い掛かる―

「よし、任せた!」

Kの合図にフェニックス君は一度大きく胸を膨らませ、

火を噴いた。

「ふぉ~! すげー!」

ウサギは慌てふためいて逃げていく。

「マスター! 私は! 物理的な攻撃でしたらそいつより得意ですので…!」

フェニックス君の技に大興奮していたら青龍ちゃんに張り合われた。本当に、何故だか仲が悪いらしい。


少年から大層解り辛い謝辞を受けて、とにもかくにも宿のアテを手に入れた。

「いやはや良かった。それじゃ、どちらまで?」

「大雑把に言うと北へ」

そう言って当然のように青龍ちゃんに跨がった。乗りこなすのにそれなりに苦労したaが目を丸くしている。

「…いいけど。飛び始めるとあんまり声届かないから、先にもうちょっと訊いておいていい?」

「マスター、差し出がましいようですが、地名を教えて頂ければそちらへ向かうことが出来ます」

自動運転機能搭載。便利だ。

青龍ちゃんの言を受けて少年に視線をやる。

「じゃ、ゼクトゥズ迄」

「ゼクトゥズ! ケテルのですか!?」

他にあるのか? と少年は片眉をあげてみせる。

「なんか問題あるの?」

「遠すぎるんです。背に乗せたまま安全に飛行していくには、何日か掛かります」

青龍ちゃんの言葉に少年が目を逸らす。

「飛竜で2日ちょっとくらいだろ」

「我々は籠も鞍も持っていませんし、何より先程契約を交わしたばかりです。そんなに――」

「あっ、じゃあオレ時越え出来るわ」

「!!?」

台詞を遮って放たれたフェニックス君の発言に、青龍ちゃんがもの凄い勢いで振り返る。

「ゼクトゥズだな! よし寄れ」

「バ」


ぐあん


gijbdxgygnkjbxseu8tedvmop#○)hbj#i……














大きく周囲の空間が歪み、何も解らない内に外の風景だけが移り変わった。

「な、何今の…」

何処までも続くかのような草原は最早なく、建物が立ち並ぶ…ここはどう見ても街だ。

「此処は…一応、ケテルだな」

後で辺りを見回していた少年がそう言いながら青龍ちゃんから降りた。

「え?」

アタシが聞き返しても返事もせず、Kの方へと向かっていった。

その姿を目で追って―そして漸く、Kの様子がおかしい事にアタシも気付いた。

「K、だいじょうぶか!」

Kは民家の塀に凭れ掛かって項垂れていた。

「ぁー、aさん? なんか…ぅ…キモ…ぉぇ」

立ち上がろうとしたらしいがすぐにダウンする。

「ちょ…。おいー。いい、暫く休んでな」

取り敢えずKと少年に背を向けて、元凶の元へと向かう。

見ると、既に青龍ちゃんにお叱りを受けた後のようだ。

「フェニックス君。どういうこと?」

「いや~その~…意外と弱かったな、あいつ」

鳥の分際で「てへぺろ★」みたいな雰囲気出してくる。

「契約後数時間であんな大技耐えられるワケないでしょう!!」

青龍ちゃんの剣幕に思わずアタシの背も伸びる。

事の次第を問い質すとつまりこういう事だった。

召喚獣が術を使用する際、その術による負担はその召喚獣の使役者に掛かる。本来ならKが命じたとしてもフェニックス君が使った術の負担はアタシに掛かる筈だったのだが、何だかアタシには理解できない特殊な契約が働いたようで、今後もKが命じた分はKへ、アタシが命じた分はアタシへと掛かってくるらしい。…本当に良かった。Kの分を受け持っていたらすぐに倒れてしまう。

今使った、フェニックス君が「時越え」と呼ぶ術は上級者用の大術である。初心者の分際でいきなり多大な負担を掛けられて、Kはへばってしまっているワケだ。

因みに此処はまだ目的地ではなく、その近郊であるらしい。

「生きていただけでも奇跡のようなものです。目的地まで着いていないということは、無意識でしょうがこの馬鹿の術に干渉して制御したのでしょう。自分の正式な契約獣でもないというのに。私の主は素晴らしい才能の持主のようです!」

嬉しそうに語る青龍ちゃんの言葉を愛想笑いで受け流す。…性格知って、失望すんなよー。




Kはそのまま大人しくaの背を見送った。

フェニックス君が叱られている声が遠くに聞こえる。aと青龍ちゃんのW攻撃だ。

少年は、横に立っていた。

「やあ、悪いね」

「何が?」

最初から思っていたが、少年には表情がない。

感情の読み難い顔でそう訊かれると、自分でもよく解らなくなった。

「いや、なんとなく? 謝り癖はあるかもしれない」

「ふーん。面倒臭い奴」

「そういうこと言う」

暫く呆っと体力の回復を待つ。

下げたままの視界に、ボロボロに裂けた布が見えた。なんとなくそれを見つめて、ウサギに引っ掛けられていたのを思い出す。あの時も少年に表情は見られず、襲われてるのにやけに冷静だなと思っていた。

「もしかしてさぁ、」

落ち着いてきた呼吸を数える。

気になっていたし、訊いてしまおう。

「邪魔した?」

「……」

無返答。

やっぱり訊くべきじゃなかったかなと顔をあげる。

憮然としてる…と取れなくもない。ほんの少しだけ、片眉が上がっている気もした。

「ごめん、別にいいんだけど」

また視線を下げる。穴の開いた襟巻が揺れた。

「助けられたことなら感謝してる」

「え?」

「聞こえなかったならいい」

聞こえた。

聞こえはしたけど、その言葉は少しばかり意外だった。

―もしかしてその表情は、照れてんのか?

「――――は」

なんだ、カワイイ奴め。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る