002//opening_2

浮いてる。

目の前の浮いてる人物は、にこにこと優し気な笑みを湛えたままこちらの出方を待っている。

「えーと…、………え、何?」

最早何から聞けばいいかも解らない。

おんなじカタチのヒトが居た事に喜んでいいのか? 何故言葉が通じるのか? ひょっとして帝国よりも技術の発展した世界なのか? 転移に理解があるようだが、試験管が戻ってきた理由が解るのか? 湖の成分は危険はないのか?

大渋滞を起こした脳から命令が届かず、開いた口から出た言葉がそれだった。

何を問われたかも解らないだろうに、彼――たぶん彼―は小首を傾げて頷いた。

「私はこの世界に数多存在する鬼神のひとり。名をタクリタンという」

「か…カミサマ??」

「ああ。7の時と召喚を司っている」

カミサマ。

いやまだ解らない。「鬼神」とやらも、何某かの役職名かも知れない。そう。ちょっと浮いてるからって簡単に神を自称するものを信じてはいけない。

「ふぅむ」

険しい顔で自分を見返す異邦人ふたりをじぃっと見つめている。

「えっと…それより、この子たちを還したいんだけど…」

aが遠慮がちに、こどもたちを指差して言う。

「ムリだな」

「え」

あっさりと、長い名前のカミサマはそう言った。

「おまえたちも還ることはできない。大湖の水に浸かっただろう」

「えっ」

まるで大した事じゃないかのようにさらっと続けられた。

「マルクトの大湖は『扉』だ。招かれたモノをこの世界のモノとして書き換える作用がある。マルクトの人間がこちらに招かれることは多々あるが、その逆は容易ではない」

「どーすんだよK! あんま空けるとエリさんに殺されるぞ!!」

「おち、お、おちついて、落ち着いて。『容易ではない』は『不可能』ではない」

がっくんがっくん揺さ振られながらなんとか言葉を発する。そこで漸く、カミサマは少し驚いた表情をした。

「還るつもりか」

「そりゃあね。自分で来ようとして来たんだし、メンツに懸けて還りますとも」

こちとら帝国最高の科学者ですよ。実験失敗として亡き者にされるのも癪に障るし。無敵の称号を持つaもついてるし。なんとかなる、なんとかする。

「うん。おもしろい。気に入った。何処までいけるか見守らせて貰おう」



「巻物を頂きました」

aとKで一本ずつ。ふたりとも適性があるようだ、とか言って渡された。

因みにこどもたちはカミサマがなんとかしてくれると言っていたので信じて託した。還せない以上、彼らはあそこで死んだと思っておく。申し訳ない。

今はまずこの巻物だ。

「一度こう、ぱあっとやってみたかったんだよね~!」

そういって巻物を盛大に広げた瞬間――


どうやら意識を失った。



「ぷはっ」

やっとのことで辿り着いた空気を肺いっぱいに吸い込―

「…?」

夢か。

よかった、夢だ。

さっき湖に落ちたからだろうか。すごく水難な夢を見ていた。疲れた。

青い空に緑の絨毯、穏やかな日差し。こんな快眠できそうなシチュエーションで悪夢を見るとかどうかしてる。

頭を振って上半身を起こす。

巻物が掛布団のようになっていた。

傍に、魘されて眠るaがいた。

ちょっとつっついてやろうと気配を殺して手を伸ばす。触れるか否かの瞬間に、

「うわぁあぁあッ」「わああああ!?」

aが跳ね起きた! ビビった、マジビビった!!

「K…?」

振り返ったaもKを見て驚いていた。でしょうよ、かなり芸術的な『仰天』ポーズ取れてるよ今!

「えぇKですとも。…aさん? 瞳が赤いよ?」

「Kは青い」

「青?」

ミラーを取り出し確認する。

「あらホント」

見慣れぬオレンジ色の髪と、強めの青色の瞳。

ぽいっとミラーをaに投げ渡す。それを覗き込んでaも「うわー」とか「えー…」とか言ってる。

Kは大きく伸びをして草の上に倒れ込んだ。

「あー、溺れる夢みてさ~」

「アタシは火責めだった」

見るとaは巻物を拾ってくれていた。

「どうすんのそれ」

「んー、とりあえずしまっとくね」

そう言って『穴』を開くと――


――ぎゃあああぁぁああぁす!


「っきゃー!??」

「え、なに…」

開くと同時に甲高い雄叫びが上がり、何かが飛び出してきた。

鳥だ。でっかい、朱色の鳥。燃え上がるようなその朱は不死鳥を髣髴とさせた。

「なんか、今『穴』の反応が妙だった…」

aは飛び出してきた鳥と自らの掌を見比べている。

そういえばさっき、カミサマはこの世界での召喚の術を与えてくれると言っていた。Kたちの『穴』とは違う次元が開いたのかも知れない。

「Kのも何か入ってるかな!」

試しにKも『穴』を開いてみる。確かに少し違和感のある、馴染みのない感覚がした。


――ぎゃぅおぅぅ…!


入ってた。

低い唸り声と共にKの『穴』から出て来たのは、長い肢体をくねらせた巨大な蒼い龍だった。龍だ。竜ではなく。

空に現れた鳥と龍は、互いを認識した瞬間―

ケンカをはじめた。

「えっ。ちょ、おーい!??」

けん制どころじゃない絡み合いに、思わず声を張り上げる。

するとハッとした様子で龍がKの元へ降りてきた。

「はじめましてマスター。貴方の守護獣として顕現致しました。どうぞ名前をお与え下さい」

「「『青龍ちゃん』!」」

恭しく頭を垂れる龍に、ほぼ脳直で返事をした。それは見事にaと重なった。

だよねだよね。これは青龍ちゃんだよね。

「セイリュウチャン…畏まりました。宜しくお願い致します、マスター」

よく解らないままひとつ頷く。

守護獣…? とにかく多分、召喚獣がひとつ増えた…という事でいいのだろう。

aの方に降り立った鳥は長い首を逸らせて、主人を見下すようにして言った。

「おまえの守護は俺が務めてやる。ありがたく思いな。さあ、名を付けやがれ」

「フェニックス君~~!」

思わずしゃしゃった。しまった。

呆気にとられた風のフェニックス君に、aは

「うん、まぁ。でも。『フェニックス君』」

採用された。

「いいな、鳥さんいいな!」

「いいじゃん龍。かっこいいじゃん」

ふたり揃ってちらりと守護獣たちに目を向ける。

「…まぁ、互いにその方に従えと命じて頂ければ…」

「前代未聞」

こうしてKとaは守護獣を交換した。

「ただ…私の真の主は貴方である事、お忘れになりませんよう」

「ん」

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