『スパイの妻』 狂っていないことが、狂っているのかもしれない

 1940年代、夫にスパイ容疑をかけられて。


 貿易会社の経営者を夫に持つ主人公は、夫が満州から連れ帰ってきた女に不信感を持つ。


 後日、女が勤め先の旅館で水死体となって発見され、作家となった甥に容疑がかかる。


 そこで、主人公は甥から書類を手渡された。

「英訳は済んだから」といえばわかる、と。


 夫に渡すも、それは日本が満州で人体実験を行っているというノートだった。


 彼女は夫の秘密を軍に密告するが……。



 劇中のセリフではないが、「お見事!」といいたくなる作品。


 国家転覆スパイという役割を、夫婦という枠で収められている。

 一応、日本でそういった実験は行われていたらしい。


 主人公は最初、嫉妬にかられて夫の秘密に触れそうになる。

 だが、その内容は日本を揺るがすものだった。


 夫も夫で、主人公が用意した氷から来客があったと知り、氷倉庫に置かれたチェス盤の配置から、書類が盗まれたことに気づく。

 

 解説しないで真相にたどり着くあたりが「お見事!」と思える。


 だが、まったく違う理由で夫は女性を保護していた。



 台詞回しも独特ながら、当時の時代背景とマッチしていて、まったく違和感がない。


『クリーピー』のときにはやたら芝居じみていた黒沢清の言い回しが、自然と耳に入っていく。


 内容的にも、戦争映画的な「誰が悪いんだ!」みたいなメッセージ性の強い作品ではない。

 また、戦争を狂気的に描いた反戦映画の形とも違う。


「こういった世界に対抗しようとした夫婦の物語」

 といえるだろう。



 真相に気づいた後に、主人公が取った行動がまた、狂気じみている。

 実は劇中で、最も不憫な思いをした人間を、主人公は見殺しにする。

 気丈に振る舞う妻の姿に、うっかり彼女を応援しそうになるが、実際彼女の行為はえげつない。

「ヒエ……!」と思わされる。


「狂っていないことが、狂っているのかもしれない」

 という主人公のセリフが、ちょっとドキッとさせられる。

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