1-61 アブソルの陰謀
「ミウルさま…ご無事ですか?!」
「ぐっ…無事は無事だけどね…」
ルシファリスは、クロスに吹き飛ばされたミウルの元へ駆けつけていた。ヨロヨロとふらつくミウルを見て、ルシファリスは動揺を隠せない。
復活したばかりとはいえ、ミウルは神だ。この世界を管理する者なのだ。
その神に、これほどまでのダメージを与えたあのクロスという男はいったい何者なのか。
かつてアルフレイムを統治していたウノールたち同様に、ミウルの子孫だと言うことは知っている。
しかし、ウノールたちでさえ、ミウルには敵わない。血を引いてはいるが、そこには言葉の通り、天と地の差ほどの力の差があるからだ。
「ミウルさま…とりあえずあちらへ避難しましょう…」
「あぁ、すまない…ぐ…」
ルシファリスはミウルに肩を貸すと、そのままクラージュ達のところへと戻った。
「少しずつですが、アキトが押され始めてますね。」
ルシファリスが戻ってくると、クラージュがつぶやいた。
その視線の先では、いまだに秋人とクロスが命の削り合いを行っていた。
「あのクロスという男だが…」
ルシファリスに手を取られて座り込むミウルをアルコは一瞥すると、再びその戦いを見つめたまま、唐突に口を開いた。
ルシファリスとクラージュはそちらに目を向ける。
「おそらく何者かに力を供給されているな…さっきの黒い玉を媒介にゆっくりとだが…やつの体に我々と同じ匂いを感じる。」
「あんたたちと同じ匂いってことは…神々の誰かってこと!?」
「おそらくな…」
「そんな…誰がいったい…」
ルシファリスが怒りをあらわにし、歯をギリっと食いしばる。その様子を見て今度はミウルが口を開いた。
「…誰かはもうわかっているよ…」
「…ほう。さすがは我が弟だ…して、それはいったい誰なのだ。」
「はぁ…あにじのその感じ、めちゃくちゃ久々で、怒りどころか喜びが感じられるね!…イテテ…」
「ミウルさま!大丈夫ですか?」
「ありがとう、ルシファリス…ふぅ、大丈夫だから。」
ミウルはお腹を抑えながら顔を上げ、ゆっくりと話し始めた。
「さっきの黒い玉は魔力の塊なんだ…神々が自分の力を封じ込めて作るものなんだけど、あれはアブソルのだ。」
「なっ…!?」
アルコは驚愕する。
それを尻目にミウルは話を続ける。
「ルシファリスが魔族の記憶を取り戻した時、僕はアブソルにその処遇について嘆願しに行ったんだ。その時、彼は快く承諾してくれたよ。だけど裏でミカイルを惑わせ、あの球を渡し、僕の世界を破滅させようとしてたんだ。」
「なぜ…アブソルさまがそんなことを?!」
アルコは珍しく動揺していた。
しかし、それも無理もないとミウルは思う。なぜならば、アブソルはアルコにとって師であるのだから。
アルコが闘神と呼ばれるまで、彼を指導したのが、絶対神であるアブソルであったのだから。
「ミウル…弟とて言っていいことと悪いことがあるぞ…」
怒りの形相でミウルを見るアルコのこめかみには青筋が立っている。
ルシファリスとクラージュは、恐ろしい殺気の中に立たされていて、背中に冷たいものが流れ落ちていくのを感じている。
しかし、ミウルはそんなことには慣れた様子で淡々と話を進める。
「ハルキには伝えてあるんだけどね…はい、これが証拠だよ…」
「なんだこれは…記錄晶か……これは…」
ミウルからその球体を受け取ったアルコは、驚愕の表情を浮かべている。
ルシファリスが恐る恐るアルコのもつ球体を覗き込むと、中には何かの映像が見えた。
目を凝らしてそれを見てみると、中にはアブソルとミカエリスの姿があり、黒い球体を受け取っているところであった。
「わかったかい?ミカイルはアブソルにそそのかされたのさ。いろいろと吹き込まれ、ルシファを憎み、この世界を憎む様になった。そしてこの後、ミカイルは僕らに反旗を翻したんだ。」
呆然と立ち尽くすアルコから球体を回収してしまうと、ミウルは話を続けた。
「アブソルは魔神アスラの娘がいるこの世界を、私ごと崩壊させるつもりだったんだ。まぁ、それは半分成功し、半分失敗したんだけどね…兄者、あなたの協力のおかげで。」
ミウルはアルコにそう告げる。
「あなたが僕から管理権限を受け取ってくれたおかげで、こうして皆がここに集まれたんだ。そして、アブソルの悪巧みも表沙汰にできた…」
「…んぞ。」
「えっ…?」
「私はそんなもの、信用せんぞ!!」
ミウルの話を聞いていたアルコは、自分の師の行いを信じることができず、大きな咆哮を上げた。
「信用しないって言っても、これは事実だぞ!?」
「お前の作り上げたものかもしれんだろう!!確固たる証拠を出せ!!」
「これ以上にどんな証拠があるって言うんだ!!」
法陣を起動し、今にもミウルに飛びがからんとするアルコ。
ミウルは珍しく必死に説得を試みる。
しかし、冷静さを保てなくなったアルコは、聞く耳を持たない。
「だから兄者は嫌いなんだ!!もう少し冷静に物事を見られるようになれよ!!」
「私はいつでも冷静だぁ!」
そんな二人の間に、ルシファリスが入り込んだ。
「お二人とも!落ち着いてください!ここで我々が仲間割れをしている暇はありません!!一人の人間に戦わせておいて、我々は何もできないのでは…なんのために我々はここまで来たのですか!!」
「…うっ」
「ぐ…」
その言葉にミウルもアルコも口をつぐんだ。三人の視線の先は秋人とクロスの戦いへと戻る。
「秋人とクロスの力はほぼ互角です。しかし、クロスの戦闘センスの高さが、少しずつ差となって現れ始めています。このままでは秋人がやられるのも時間の問題…」
「ではどうする。」
「簡単です…我々も加勢します。」
「邪魔にならないかな…」
「ミウルさまは…確かに…では、サポートをお願いしましょう。」
「僕はそれが良いだろうね。」
ミウルは笑う。
「あいかわらず緊張感がない奴め…まぁいい。私とルシファリスで、秋人に合わせるのだな。」
「えぇ…私たちが合わせるのが一番ベストよ。」
「ルシファリスさま、私はどういたしますか?」
「クラージュは…アレの準備をしてちょうだい。」
「アレですな…かしこまりました。」
クラージュはそう言うと少し離れた場所に移動していく。
「アレとはなんのことだ?」
「え…?あぁ…クラージュはこの世界で四聖賢と呼ばれるまで強くなったの。そして、ひとつの技を極めたのよ。」
「ほう…私の元を離れてそんなものを習得したのか。どれ見せてもらうとしよう。」
「なら、準備できるまでやられないでちょうだい。」
「誰にものを言っておるのだ。」
ルシファリスとアルコはそう話すと、腕を振りながら秋人たちの元へとゆっくり歩み始めたのだった。
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