1-60 心の死
秋人とミウルは目を疑った。
今まで目の前にいたクロスが、突然消えたのだ。
「なっ…どこへ…」
「…あそこです。」
辛うじてクロスの動きを捉えていた秋人の視線の先に、真っ直ぐと立ち、うつむくクロスの姿があった。
「何が起きたんだい…?」
「…さぁ、突然消えたので…」
そう話しつつ、秋人はクロスへの警戒を解いていないようだ。ミウルはそれを感じて、クロスに目を向けた。
俯いたまま動かないクロス。
しかし、少しずつゆらゆらと左右に揺れ始めた。
「なんだい…?あいつは何を…がっ!!」
ミウルそこまで話した瞬間、突如として彼が吹き飛ばされた。秋人は何が起きたのか一瞬分からず、ミウルいた場所に顔を向ける。
「よう…第二ラウンドと行こうか。」
そこには、先ほどとは雰囲気がまるで別人のクロスがいたのである。
「……っ!」
秋人は寒気を感じた。
そして、本能的に両手に法陣をまとい、クロスに向けてそれを放ったのだ。
目の前で直線上に大きな爆発が連鎖していく。
まともに受ければ、跡形も無くなりそうなほどの爆撃により、広間全体が大きく揺れた。
さらに驚いたのはルシファリスたちだ。
秋人がクロスを圧倒し、安心し切っていた矢先にミウルが吹き飛ばされたのだ。
「何が起きたの?!」
「わかりません…突然、奴が移動したかと思えば、ミウル様が吹き飛ばされました…」
「あいつ…力を隠していたようには見えなかったけど…」
「ですな…しかしながら、アキト殿のあの威力の法陣を受けたのにも関わらず、彼は余裕のようです。」
「あんな不自然に強くなることあるわけない…何かやつにあったはずね…」
「……」
ルシファリスとクラージュが話す中で、アルコは何かを考えるようにクロスを見ていた。
「カカカカカ…やっと本気を出してくれたな。」
「……」
渾身の一撃だったが、見事にかわされた。あの至近距離で避けるとは…
秋人はすました表情のままでいるが、内心は動揺していた。
(なんだよ、こいつ…さっきとはまるで別人じゃないか…!!)
「今の攻撃は良かったぜ…次も楽しみだな!!」
「……っ!!」
言い切った瞬間に目の前に現れるクロス。秋人はクロスが放った拳をガードしたが、勢いを殺さずに後ろに吹き飛ばされた。
なんとか足で踏ん張り体を止めるが、クロスは更に追い討ちをかけてくる。
クロスの右足による蹴りが、秋人の頭めがけて一直線に飛んでくる。それを左手で防いだ秋人は、右手で法陣を放った。
しかし、クロスは体を捻って、秋人に掴まれた右足の拘束を解いてそれをかわす。
放った法陣が空振りに終わり、悔しそうな表情を浮かべながら、秋人はクロスへ攻撃をしようとするが、突然目の前にクロスの足の裏が見え、咄嗟にガードした。
「……っちぃ!」
「カカカカカ!楽しいぜぇ…そう思わないか?」
「…思うわけ…ないだろ」
秋人はそう言うと、自分から仕掛けた。
クロスもそれを見て、楽しげに応戦するのであった。
◆
秋人とクロスが戦いを続けている時、春樹の意思は秋人の心の中にいた。
秋人の心にある辛い記憶をゆっくりと受け止めていたのだ。
秋人の心は黒い渦に飲み込まれていて、真っ黒だ。
渦の中には辛い記憶が蔓延し、少しずつ彼の心を蝕んでいる。
イジメに対する怒り…
人に対する憎悪…
引きこもりになった惨めさ…
親への罪悪感…
幼馴染みへの後ろめたさ…
自分への怒り…
社会に対する絶望感…
そして、死に対する羨望。
心がさまざまな感情に変化しては、小さく縮んでいく。
(ここは秋人の心の中なんだ…)
春樹の意思はその渦へと近づいていく。
そして、その一部にそっと触れてみると、辛く悲しい感情が春樹に流れ込んできた。
こんなに辛い思いを一人で背負っているなんて…
春樹の目から涙が流れ落ちる。
人は誰しも孤独では生きられない。
みんなが誰かと繋がっている。
そうでないと生きていけないのだ。
孤独の先に待つものは、自分自身の死。
肉体ではなく、心の死だ。
死は誰にでも訪れる。
死は生きている限り、常に人に寄り添っている。
ミウルが以前言っていた"家路に着いたものを優しく迎え入れる存在"というのは、間違ってはいない。
人は人生という長い旅路を経て、最後に死の待つ家に帰り着くのだから。
しかし、心が死ねば家に帰るための道がわからなくなる。そして、家に帰りつけずに途中でのたれ死ぬのだ。
秋人はすでに帰り方を見失っている。
このままでは、彼には悲しい最後しかないだろう。親にも友人にも会えずに、本当の気持ちを話せぬまま、死んでいくことになる。
そんなことは看過することはできない。
春樹はそう感じた。
春樹はそっと手を伸ばし、再び渦に手を触れた。
悲しさ、苦しさ、もどかしさ、悔しさ…
いろんな感情が春樹に流れ込んでいく。
(ひとりでこんなにたくさんの辛い気持ちを背負い込んで…秋人、今の俺は君と一緒だ。俺も君の気持ちを一緒に背負うよ…)
春樹は目を瞑ると、自分の意思ごと渦に飛び込んだ。
そして、春樹は秋人の核心を探して、その一つ一つの心をゆっくりと受け止めていった。
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