1-59 謎の声
黒い双眸の中に光る真紅の瞳。
体からは少しのオーラが漏れ出している。
秋人はそんなクロスに、少しながら脅威を感じていた。
(雰囲気が…さっきまでとは別人だ…)
先ほどからの苦しんでいた様子はなくなり、静かに秋人を見つめるクロス。
「…ハァハァ…いい気分だぜ…」
目を閉じると、大きく深呼吸をする。
「ミカエリスはよ…飲み込まれちまったが、俺にはよく馴染むぜ…」
「……」
クロスは大きく息を吐き出した後に、そう言葉をこぼして秋人に話しかけた。
秋人は無言でその言葉を聞いている。
「第二ラウンドと行こうや…」
クロスが構えると、秋人も身構えるように腰を落とす。それを見たクロスはニヤリと笑うと、秋人に向かって飛びかかった。
「…っ!?」
「カカカカカ!」
明らかに先ほどまたまた違う動きに、少しとまどう秋人。
(なんだ…さっきより早い…)
「どうしたよ…なんか驚くことでもあったか!?」
先ほどと同様に、クロスは右ストレートを秋人の顔めがけて放つと、その拳は秋人の頬をかすめた。
辛うじてかわした秋人は、クロスを下から蹴り上げる。
「グハッ…!」
真上に蹴り上げられたクロスだが、先ほどとは違い、両手でガードをしている。
勢いは殺せず天井に叩きつけられるが、その顔には笑みが浮かんでいた。
「いいねいいね!反応できるようになってきた…ぜぇ!!」
「……っ!」
天井を蹴り、再び秋人に向かって一直線に
飛びかかるクロス。
先ほどまでとは違うクロスの動きに、秋人は少し動揺する。
クロスは落下の勢いを利用して、ひねりを加えた蹴りを秋人の真上から放った。
秋人は今までのようにかわすのではなく、両手でそれを受け止める。
衝撃で秋人の足が地面へめり込むと、足元には亀裂が走り、足のすね辺りまで体を沈めるが、途中で踏みとどまった秋人は、逆にクロスの足を掴んで地面へと叩きつけた。
砂ほこりを巻き上げて、地面と激突するクロス。
しかし、今回は一度ではなく何度も何度も叩きつけたのだ。
「がっ…ぐっ……」
「……」
無言で数十回ほど叩きつけた後、そのままクロスを放り投げた。
まるでボロ雑巾のように、頭から地面に落ちるクロスをじっと見つめる秋人。
クロスはフラフラと立ち上がろうとするが、ダメージを受けすぎたのか足に力が入らず片膝をついた。
「ハァハァ…なんでだ…急に攻撃が通りやがる…」
「……」
疑問を口にしたクロスに対して、秋人はまったく言葉を発さない。
「急にクロスがダメージを受け始めたわね。」
「簡単な話だ…先ほどまであの小僧は普通に戦ってただけ…法陣など使わずにな。今は使って戦っている…それだけだ。」
「普通にですって!?法陣も使わずに…?!」
ルシファリスは驚愕する。
法陣をまとった拳や蹴りを、生身の体で受けているなど、ルシファリスやクラージュでもできない。
普通はそんなことすれば、すぐに勝敗はつくはずだ。ましてや、クロスほどの力を持ったものが相手なら、一瞬でバラバラにされてしまうはず…
「それだけでこんなにも変わるのですか?」
驚くルシファリスの横から、クラージュが質問する。
アルコはそれに静かに答えた。
「生成消失の力を法陣にのせてるんだろう…さっきまで、あの黒毛は攻撃を受ける瞬間に、その衝撃を逃す法陣を組んで体に発現させていたようだが、小僧はそれを相殺し、攻撃しているからこういう結果になった…」
アルコはそう言いながら秋人を見る。
(あれほどまで精度高く使いこなせるとは…な。私でも勝てんかもしれん…)
ルシファリスたち三人が、驚きつつ戦いの行く末を見守っている横で、秋人とクロスは戦いを続けていた。
「ぐっ…グハッ…」
よろめくクロスへ、秋人は容赦なく蹴りを放つ。胴体へめり込んだその蹴りはとても鋭く、クロスは一瞬、体が真っ二つに引き裂かれた感覚に陥り、血反吐を撒き散らして吹き飛んでいく。
地面を滑り、倒れ込んだままのクロスの近くへと秋人がやってきて、ゆっくりとクロスへ近づいた。
襟を掴んで、足が届かない位置まで持ち上げると、そこにはボロボロになったクロスの顔があった。
「…そろそろ諦めてよ。」
「へっ…俺はまだまだ…いけ…るぜ!」
「体…動かないでしょ…」
「……」
秋人言う通り、先ほどから体がうまく動かない。クロスはその事に内心焦っていた。
これまでどんな戦いでも、いくら攻撃を受けようが、痛みやダメージを気にすることなく戦ってきたし、それで体が動かなくなることなどなかったのだ。
しかし、今は違う。
体に力が入らず、法陣がうまく使えないのだ。
「てっ…てめぇ、何しやがった…」
手足をだらんッと下げたまま、クロスは力無く秋人へ問いかける。
「君の…魔力核の機能を、最低限まで下げただけだよ…」
「機能を…下げただと…く…」
「うん…もう君は…法陣は使えないし、筋力も同じように下げたから動けないよ…君はもう戦えない。」
「ちっ…なら早く…殺しやがれ…」
「それをするのは僕じゃない…」
虚ろな目で自分を見てくる秋人に、クロスは少し恐怖を感じる。
(まじぃぜ…こりゃ…詰んでるじゃねぇか…このままだと…ミウルに…くそ!)
クロスがそう思った事に合わせるように、ミウルが側にやってきた。
「アキト…くんだったかい?感謝するよ…君のおかげでこの世界は救われたようだね。」
「……」
「…ハルキのことが気になるかい?そうだよね…正直いうと僕にもわからないんだ…けど、いろいろと調べてみる価値はあるよね!君も協力してくれ!」
ミウルの言葉に秋人は無言で頷いた。
春樹を生き返らせることはできないか…秋人は神にも近い力を持ったことで、そう思っていたのだ。
そしてそれは、ミウルの協力がなければできないことだともわかっていた。
「さてと…まずはこいつだね。自分の子孫であるけれど…だからこそ、ケジメをつけなきゃハルキに申し訳ないね…」
「……」
「てめぇ…触んな…」
「君は危険因子だからさ…ごめんよ。僕の世界では、君を放っておくことはできないんだ。」
ミウルはそう言うと、クロスに向かって手を伸ばす。
(やべぇ…くそっ…動け!動けって!)
クロスは秋人の掴まれたまま動けずに、必死に抵抗しようとしたその時であった。
『おい…』
頭の中に誰かの声が響いてくる。
目だけで確認するが、どこにもその姿は確認できない。
しかし、クロスはある事に気づいた。
ミウルと秋人の動きが止まっているのだ…
(んだよ…これ…なにが起きて…)
『お前…力が欲しくないか…?』
(だっ…誰だ…?)
『誰でもよかろう…』
(誰でもよくねぇだろ。ちっ…力ってなんだよ…)
『…こいつらを圧倒できる力だ…考えればわかるだろう…』
(いきなりそんなこと言われてすぐにわかるか!)
『ハハハッ…威勢だけはよいやつだな。』
(ちっ…馬鹿にしやがって…てめぇは何もんだ!)
『それは言えん…』
(…ぐっ…だりぃな!けど、しかたねぇ…!)
『ハハハッ…決まりだな!では、奴らを皆殺しにしてくれよ!!ハハハ!』
声が聞こえなくなると、クロスの心の中に黒いものが溢れ出してくる。
ゴボゴボと音を立てて。
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