1-58 クロス覚醒


「今の…マジで見えなかった…しかも、ミカエリスのやつを一撃とは…」



クロスは秋人の力に感動を覚えていた。そして、ついつい本音をこぼしてしまう。



「やっぱり…あれは俺がいただく。」



クロスはニヤリと笑った。





横たわるミカエリス。

その横で佇む秋人の手には、黒い球体が掴まれていた。


ミウルはそれを見て、驚きの声を上げる。



「あれは…アブソルがミカエリスに渡した魔力玉か…それを取り出したのか!」



秋人は持っているそれを少し眺めると、興味なさげに手から離し、足元に落とす。


そして、一瞬でミウルのところに来ると、声をかけた。



「ミウルさま…すみません。春樹を救えませんでした。」


「いや…君のせいじゃないさ…ハルキをここまで導いたのは僕だからね。責任は僕にある。それより…」



ミウルはミカエリスに視線を移した。未だに横たわった彼女を見るミウルに、秋人は口を開く。



「じきに目を覚まします。あの魔力玉との繋がりはきれいに断ちましたから。」


「すまないね…彼女の過ちについても、責任は僕にあるからね…償うチャンスをくれた事に、本当に感謝するよ。」


「その話はまた後でですね。まだ彼がいますから…」



秋人はそう言ってクロスを見た。

クロスも秋人を見つめている。



「ミウルさま…彼には手加減できそうにないのですが…」


「…結果は、君に任せるよ。」


「わかりました…」



秋人はそう言って立ち上がると、クロスがいる方へと歩き出した。そのまま、近くまで歩み寄ると、クロスに話しかける。



「そろそろ終わりにしよう…」


「カカカ…簡単には終わらねぇぜ!俺はよ!」


「君の本当の目的を教えてくれないか?」


「……」



その問いに、クロスは一瞬だけ口をつぐんだが、すぐにいつもの口調で話し出した。



「俺を倒したら教えてやるよ…」


「そうか…」



そこまで話して、クロスは足を広げて構える。対する秋人は特に何もしないで立ったままだ。



「余裕かよ…」


「…いや、格闘技とかした事ないだけだよ。」


「ちっ…!!」



笑顔の秋人にイラついて、クロスが飛びかかる。単純な右ストレートを秋人の顔めがけて撃ち抜くが、秋人は最小限の動きでそれをかわした。


クロスはその反動を利用して、左足で回し蹴りを放つ。


しかし、秋人は体を左に回転させながら、クロスの左足を受け止めて、受け流すように地面へ叩きつけた。



「グハッ…!?」



クロスがめり込んだ衝撃で辺りの地面にひび割れが走っていく。


うつ伏せのクロスは、両手を地面に置いて力を入れると、秋人の拘束から左足を引っ張り抜く。


それと同時に前転すると、再び地面を蹴って秋人に向かって飛びかかった。


クロスが秋人の顔めがけて右足で蹴りを放つが、秋人はそれを左手で軽々と受け止める。


今度は受け流さず、力を込めて蹴りを受け止めると、その足を引き寄せると同時に、クロスのみぞおちに右ストレートをぶち込んだ。



「ゴッハッ!!」



血反吐を吐きながら、吹っ飛んでいくクロス。まるで水切り石のように地面を転がると、そのまま壁に激突した。


その様子を見ていたルシファリスとクラージュは、驚きを隠せない。



「なんなのよ…あいつ…」


「私が敗れた相手を赤子扱いとは…少々ショックですな…」


「当たり前だ…あれは我ら神と同等の力だぞ…」



驚く二人の元に、アルコがやってきてそう話す。



「神の力ですって…?」


「あぁ…陰陽の力は生成消失を司っているのだ…ハルキとあの小僧は、陽の力と陰の力をそれぞれが持っていた。ハルキは死んでしまったが…奴は死してなお、その強い想いをあの小僧に繋いだのだ…力を譲渡するほどにな…」


「……」



ルシファリスが無言で春樹の遺体を見つめる中、アルコは話を続けた。



「貴様らは知らないだろうが、そもそも陰陽の力は宇宙の理だ。その太極図は円であり、円は波形を表している。そして、その波は増進と減退を繰り返すものだ。」


「…よくわからないわね…それがなんなのよ。」



ルシファリスはその話に耳を傾けると、アルコに皮肉めいた疑問を投げる。



「これは万物の生成消失の本質となり得るのだ… 生は死を生み、死は生につながる。

創造と消失は常に共にある。これらの力を極めたものが神となるのだ。」


「なるほどね…で、あいつは神様なったわけ?」



目の前でクロスを圧倒している秋人を指してルシファリスは問う。



「異世界人が神になったなど聞いたことはないがな…今の小僧は、それと同等の力を持っていると言っていい…」



アルコもまた、秋人を見つめているのである。



ガラガラと崩れる壁際に、立ち上がるクロスの姿がある。


彼は口の中に溜まった血をぺッと吐き出すと、再びニンマリと笑った。



「全然通用しねぇ…ゾクゾクだせ…」


「もう諦めたら?」


「そりゃ無理だぜ!!」



そう言うと同時に、再びクロスは秋人に飛びかかる。


今度もまた、右ストレートを秋人の顔めがけて放つ。秋人はそれをかわそうとしてやめた。


そのまま後ろを向いて左手を顔の横に添えた瞬間、クロスの右足が飛んでくる。



「なんだその反応速度はっ!!」



フェイントを簡単に見破られて、クロスは苦笑いしながら、すぐに距離を取る。

そして、今度は法陣を両手にまとって駆け出した。


秋人はあいかわらず、構えずに立っている。



「そのすまし顔に驚きを添えてやるぜ!」



クロスはそう言うと、自身の分身を作り出した。


八方から秋人に向かって駆けていくクロス。しかし、秋人は微動だにせず、静かに正面のクロスを見ている。


何人ものクロスが秋人を中心に囲ったまま、全方位から攻撃を仕掛けたのだが…


パチンッ


秋人が指を鳴らした瞬間、七人のクロスは突如として消え、本体だけが残された。



「なんだと…!!?」


「驚きを添えてあげられたかな?」



気づけば、クロスの真横に秋人がいて、耳元でそうつぶやいたのだ。



「くそったれがっ!!」



それに気づいて、クロスはとっさに法陣を秋人に向けて放つが、それも簡単にかわされてしまう。


秋人はすでに後ろに回り込んでいて、素早く蹴りを放った。



「……っ!?」



後ろからの突然の衝撃に驚きながら、クロスは再び吹き飛ばされたが、先ほどとは違って途中で受け身をとることに成功した。



「……」



肩で息をするクロスを、秋人は無言で見つめている。



(完全に舐められてんな…ハァハァ…なんか手はねぇもんかな…あっ…!)



クロスの視線の先に、秋人がミカエリスから取り出した魔力玉が映る。



(癪だけど…あれを使ってみるか…)



クロスはそう考えるとすぐに行動に移す。両手に法陣を構え、秋人に向けて放ったのだ。



「…悪あがきなのか?…っ!?」



秋人はそれを簡単に打ち消すのだが、その後のクロスの行動に気づいてとっさに駆け出した。


しかし、すでにクロスはミカエリスのそばに到着していて、そばに落ちた魔力玉を持ち上げていた。



「遅ぇよ!!」


「しまった…!」



驚く秋人を尻目に、そうつぶやいたクロスは、魔力玉を飲み込んでしまった。



「…う…ぐ…がぁぁぁ…」



苦しみ出すクロスの体から、漆黒なオーラが溢れ出していく。



「がぁぁぁぁぁ…!!…いいぜ、溢れてくる…力が…カカカカカ!!」



どす黒い…重々しいオーラをまとい、苦しみに耐えながらクロスは笑う。


そして…



「…うぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



苦しそうな叫びの後、クロスは覚醒したのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る