1-54 記憶の邂逅


「グハッ…」


「始める気になったかしら?」


「まだま…だ…元気だぜ…俺は…ガハッ」


「なかなか頑張るじゃない…!」


「はっ…春樹…!」



ミカエリスに殴られ続ける春樹を、秋人は心配そうに見つめていた。


なぜ、ミカエリスはこんな酷いことをするのか…それが秋人には理解ができなかった。


自分たちに協力してほしいと言ったくせに、この扱いはひどい…


ましてや、春樹は仲間を裏切ってまで、ここにいるのに…


ときおり、秋人の頭には春樹の優しい笑顔が浮かんでくる。大丈夫だと笑うその顔を思い出す。


その笑顔が浮かんぶと心が痛い…締め付けられるように痛い…だが、その痛みの理由は分からなかった。


そもそも、自分はなぜこんなことをしているのだろう。


なぜこの世界に来たのだろう。

なぜ記憶を失ったのだろう。


元の世界の記憶はない…思い出そうとすると頭に痛みが走るし。


痛いのは嫌だから、今まで思い出さないようにしてきた。どうせろくな思い出などないのだから。


…なぜ…?なぜそう思う?

なぜ、ろくな思い出がないと知っている?


もしかすると、自分自身、心の奥底で思い出すことを拒んでいるのかもしれない。


秋人はため息をついた。


横では春樹がミカエリスに殴られている。



「ミカエリス…そろそろ…やめてあげてよ。」



その言葉を聞いて、ミカエリスは秋人へと向き直った。



「秋人…?あなたは気にせず陰の力をしっかり使ってちょうだい。」


「だっ…だけどさ…!」


「あっ…秋人…自分で…自分で考えていいんだ…」



その瞬間、春樹の顔に平手打ちが入る。

パンと乾いた音でなく、重く鈍い音が響き渡った。



「あなたは黙っておいてくれる?」


「ぐ…ハァハァ…秋人、考えろ…!」


「また…!わからない子…ね!!」



再び、春樹への拷問が始まる。


秋人はそれから目を逸らした。



(考えろって言ったって…何を…)



春樹の言葉を思い返す。

考えろと言われても、何を考えたらいいのかわからない。


自分がここにいる理由?

この世界に来た理由?

失った記憶について?


どれも考えたって答えなんかでないものばかりじゃないか。


なんでこんなことをしているんだろう…

その瞬間、頭に痛みが走った。


頭の中にノイズが走っているようだ。

意識が散っているのがわかる。


そのノイズの間に、知らない記憶が顔を出す。


それはこの世界にきてからの秋人の記憶だった。



(あっ…頭が…痛い…なんだこれ…?これは…俺?)



魔物に襲われ、腹を弄られ、復讐し、裏切られ、苦しんできた記憶。


それらが一気に秋人の頭に滑り込んできたのだ。



(なんなんだ…こんな…こんなひどい…これは俺か…?この世界にきてからの…俺の記憶?こっ…これは!?)



秋人の中で、歯抜けの笑顔の少女が映る。


忘れられない笑顔。

自分を信じてくれた笑顔。

一緒に笑い合った笑顔。


忘れたくなかった笑顔だ…



(思い出した…俺は…ミカエリスの手のひらで…くそっ…くそくそくそくそっ…!)



秋人は陰の力を注ぐことをやめた。

その行動に、ミカエリスは疑問を投げかける。



「秋人…?急に力を止めちゃダメじゃない…」


「……せ…」


「え…?何か言ったかしら…」


「うるせぇって言ったんだ!!!」



秋人はギロリとミカエリスを睨みつけた。その眼には黒い双眸が現れていたのだ。



「なっ…秋人…あなた!」



秋人の変化に驚きを隠さずにいるミカエリス。その横では、かすむ視界に映った秋人見て春樹も驚いていた。



(あき…と…君は…まさか…)



異変に気づいたクロスが、ミカエリスの横に来て口を開く。



「なんだなんだ…?何がどうなってんだ…」


「…予定外ね。彼が再び覚醒するなんて…」


「おっ!アキト、お前覚醒したのかよ!ハハハハ!」


「笑い事じゃないわ…アキト…気分はどうかしら…?」



クロスとは反対に、ミカエリスは暗い表情を浮かべつつ、秋人に声をかけた。



「気分か…?そうだな…」



それに対して秋人は一つ間を置くと、口元にニヤリと笑みをこぼしてこう告げた。



「すこぶる…気分は悪い…よ!!!!」



その言葉とともに二人に対して法陣を放つ秋人を、春樹はただ見つめていた。


秋人はそこ視線に気づいて春樹に顔を向ける。



「春樹、君にはお礼を言わなきゃな…」


「おっ…お礼?それよりも秋人…君は…その眼はいったい…」


「…これね…これを思い出させてくれたことに感謝してるんだ…忘れちゃダメな感情も…ね。」


「忘れちゃダメな感情って…君の記憶に…なにか関係してるのか!?」



その問いには秋人は答えなかった。代わりに否定の言葉を口にする。



「この世界で楽しんでいた君にはわからないよ…」


「そんなことない…」


「あるさ…だって君には助けに来る友達がいるじゃないか…そんなもの僕にはいない…」



気づけば、少し離れたところにミカエリスたちが立っている。春樹はそれを一瞥して秋人に話しかける。



「そうかもしれないけど…俺は君のことを知りたいんだ!俺たちは、この世界で唯一の異世界人だから!」


「もう遅いよ…」


「何が遅いんだ…?そんなことない、まだ遅いことなんて…」


「遅いんだって!!」



話を遮られ、春樹は口をつぐんだ。秋人はうつむき、悲しげな表紙を浮かべている。



「君には絶対わからない…わかり得ないよ…」


「秋人…!」



春樹の言葉に振り向かず、秋人はゆっくりと前へと歩き出した。そして、ミカエリスとクロスの前で立ち止まる。



「すべての元凶はお前だ…ミカエリス…この前の続き…いや、今度こそ殺してやる…」


「あらあら、威勢が良いのは嫌いでないけど、今は悪い子は嫌いよ?」


「だまれ…!話は殺してからいくらでも聞いてやる。」



鋭い目つきでミカエリスを睨みつける秋人。それに対して、口を開いたのはクロスだった。



「おいおい、俺を忘れんなよ!」


「お前には関係ない…消えてろ。」


「俺には…関係ない…か…ハハハハ…ククククク…」


「何がおかしい…?」



笑い続けるクロス。

だんだんとイラ立ち始めた秋人は、声を荒げてクロスに問いかける。



「何がおかしいんだ!関係ないやつは消えてろよ!」


「…ハハハハ…お前の相手は俺がする…」


「なんでお前が…」


「お前は…俺の姉ちゃんの仇だからな…」


「…っ!?」



その言葉を聞いて、秋人は驚きが隠せない。クロスの横ではミカエリスが笑っている。



「…殺しちゃだめよ。」


「そこだけが残念だな…」



そう言うと、クロスは真っ黒なオーラを発現させた。



「ちぃーとばっかり、遊んでやるからさっさと来い。出来損ない…!」


「なっ…舐めるなよぉぉぉぉぉ!!」



挑発にのった秋人は、声を上げてクロスへと飛びかかったのであった。

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