1-53 謝罪も後悔も


「ぐぁぁぁぁぁ!ぐ…うぐ…あぁぁぁぁ…」



春樹から吸い出される白いオーラはその量をどんどん増やしていき、秋人の黒いオーラと合わさって、床に敷かれた法陣へ吸い込まれていく。


それらを吸い込んだ法陣は、徐々に陰陽の太極図のようにその形を形成し始めている。



「フフフ…もう少しで…もう少しで叶うのね!」



相変わらず狂気に満ちた笑みを浮かべるミカエリスを、クロスは無言で見つめている。


チラリとミウルを見れば、何かを考えるように顎に手を置いて目を閉じている。


クロスはミウルの元へと移動した。



「あんた…本物なんだよな?」


「…ん?なんだい?僕は今、忙しいんだよ。」


「そうは見えねぇが…?」



静かに片目を開けると、ミウルはクロスを一瞥する。



「悪いとは思ってるけどね…今君らとは敵同士なんだ…気安く声をかけるなよ。」


「あっ…そ…」



クロスは興味なさそうにこぼした。



ドスッーーー!



「かっ…は…」


「恨んじゃねぇけどよ…イラついてはいるんだぜ…神さまよ!」



クロスはそう言うとミウルのみぞおちに置いた手に法陣を発動させた。


そのままそれを放つと、ミウルは壁の方へと吹き飛ばされる。


鈍い音とともに、壁際で砂煙を巻き上げるミウル。それを見たミカエリスが声を上げた。



「クロス!?大事に扱ってちょうだい!それは大切なミウルさまの神体なのだから!」


「別に壊しゃしねぇよ!ただ少しわからせてやらねぇと…」



ヒラヒラと手を振るクロスを一瞥すると、ミカエリスは春樹たちに視線を戻した。



「とっ…突然…なんだい…ぐ…」



壁際でミウルがふらふらと立ち上がり、そうこぼす。



「特に理由はねぇよ…ただの八つ当たりだな…うん。」



そう言うと、クロスはミウルをいたぶり始めたのだ。


春樹は苦しみの中、その様子を一瞥した。



(…くそっ、このままだと…グッ…まずいな…アルコたちは…何をしてるんだ…)


「よそ見はしなくても大丈夫。あなたはあなたの仕事に集中して…」


「ぐっ…ぐぁぁぁぁぁぁ!」



よそ見をする春樹に対して、ミカエリスが再び指を鳴らすと、吸い取るオーラの量が多くなる。


春樹は意識が遠くなるのを感じた。


このままではミカエリスの思惑とおりだ。しかし、すでに自分にあがなう術はない。


横では秋人が陰の力を使いながら、心配そうな目でこちらを見ている。


同じ異世界人である彼と、もっと話しておくべきだった。


春樹はそう思った。


ここまでの経緯は、同じではないと思う。

しかし、見知らぬ世界に連れてこられたという部分では同じのはずだ。


そんな彼と、もっと話しておくべきだった。現世界のこと、この異世界に来てからのこと。


自分は秋人のことを何も知らないのだ。


苦しかったことなどを共有できたはずだ。

もしかしたら、失った記憶も取り戻せたかもしれない。


自分は彼と話すことより、別のことを優先したのだ。



「秋人…ごめん。」


「…え?」


「もっと…君と…話しておくべきだった…」



突然の謝罪に、キョトンとする秋人を眺めながら、口元に小さく笑みを浮かべたその時であった。


春樹の頭の中に、とてつもなく膨大な量の情報が流れ込んできたのだ。



「ぐっ…これは…」



魔物に襲われ、必死に逃げる秋人。その手には小指がない。どうやらこの時に指を失ったらしい。


場面が変わる。


手術台のようなものに載せられて、見知らぬ少女にはらわたを弄られている秋人。


少女の顔には、狂気に満ちた愉悦の表情。反対に秋人は生気の無い表情。



(なっ…なんだこれ!)



また場面が変わる。


その少女と相対している秋人。

そして、次の瞬間には彼女の胸を後ろから貫く秋人の姿があった。


次々に変わる場面。

それは全て、この世界に来て秋人が経験した記憶たちだった。



(こんな辛い思いを…秋人…)



次の場面では、幼さ残る少女の笑顔が映し出された。歯抜けであるが、明らかに秋人を慕って笑っている。


それを見る秋人も楽しそうだ。



(こんな風に笑えるんだな…)



春樹はしみじみと思う…が…


また場面が変わり、フードの女と相対する秋人がいた。近くには先ほど笑っていた少女が恐ろしいものを見るような表情で秋人を見ている。


そのフードの女を見て春樹は気づく。



(こいつ…ミカエリスか…!)



そのまま行く末を見ていると、巨大な鯨のような魔物に二人は飲み込まれていった。


そのまま記憶の映像は真っ暗になる。



(なんと言うことだ…俺なんかより…めちゃくちゃ大変な思いをしていたんだな…)



春樹がそう思い、涙を浮かべていると、映像にノイズが走った。


そして、今までとは違う風景が映し出されたのだ。



(なんだ…?暗いな…家?)



映像には、薄暗い部屋とその中で明るく光テレビの画面が映し出されている。


そして、その前にゲームのコントローラーを握る秋人らしき人物の姿があった。


ドアが何度も叩かれ、女の子の声がその先から響いてくるが、秋人は無視してゲームを続けている。


やがて、その声は無くなった。


画面が変わる。


スーツに身を包んだ秋人が映る。

少し初々しさを残しつつ、パソコンで何かの資料を作る秋人。


突然、秋人は体勢をを崩す。

視線の先には、ニヤニヤと笑う同僚の姿があった。


秋人は彼らを一瞥すると、体勢を整えて再びパソコンと向き合う。


彼らは笑いながら、秋人の机に大量の資料を置いて、笑いながら去っていった。



(会社で…いじめに…)



その後は会社で嫌がらせを受ける秋人の姿が映し出されていった。



(…こいつら…くそッ…恥ずかしくないのかよ!社会に出てもこんなことするなんて…!!)



それらを見て、春樹は悔しさとイラ立ちを露わにする。


そして…


最後に映し出されたのは、最初に映っていた暗い部屋でひたすらゲームをする秋人の姿であった。



(現世界でこんな辛い目にあったというのに…異世界に来てまでも…)



秋人のことを想い、春樹は唇を噛んだ。

この世界では自分が彼のことを理解できる、唯一の存在だったはず。


記憶をなくすほどの辛い思いをしてきた彼を、気にかけることすらできなかった。


春樹はそんな自分を恥じていた。



(やはり…このまま終わらない!秋人に…!秋人に伝えなくちゃ!!)



春樹がそう思った瞬間、目の前が弾け飛び、記憶の世界から元の世界に戻ってきた。



「あき…秋人っ…!」


「春樹?!よかった、意識が戻ったんだね!!」


「あらあら…なかなか頑張るのね、ハルキ…」


「お前の…好きにはさせない…ぜ…ミカエリス!」


「そんな状況で一体どうするの?助けは来ないわよ、フフフ。」



春樹はその言葉に笑みをこぼす。



「助けは来るんだよ…!それまで俺ができることをする!!」


「フフフ…一体何ができるのか…し…なっ…なに!?」



その瞬間、春樹の体から溢れ出すオーラが減っていく。



「こういうことだ!」


「なっ…何という…くそ!くそ!」



何度も指を鳴らしても、春樹から吸い取る陽のオーラは増えることなく、徐々にその量を減らしていくのだ。



「な…ぜ…なぜなの!?」



理由がわからず、声を上げるミカエリス。

春樹はそれを見て、額に汗を流しながらも、ニヤリと笑った。



「異世界人のこと…舐めんじゃねぇ!!」


「こっ…この…ザコがぁぁぁ!!異世界人ごときが…調子にのるなぁ!!」



今までとは違う凶悪な表情を浮かべて、ミカエリスは春樹をいたぶり始める。



「はっ…春樹!!」


「秋人っ…ガハッ…だっ…大丈夫…グハッ…大丈夫だから!」


「殺しはしないけど…地獄を見せてやる!!」

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